いずれアヤメかカキツバタ

あわつき

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朱音のいきなりな訪問に結多と綾瀬は驚きを隠せなかった。


「…朱音…?その荷物は……」
「暫くご厄介になるよ」
「は?」
「結多、今度ドラマやるんでしょ?しかもまどか先生の作品なんだってね」
「……え?」


何を言っているのか理解が追いつかず、結多と綾瀬は顔を見合わせた。その直後、2人の携帯が同時に鳴り、2人ともすぐに電話に出た。 


『ーーあぁ、結多?休みの日に何度もごめんな』
「いえ……。どうしたの?」


結多は美丘から、綾瀬は編集部からの電話だった。2人が話している間に朱音は持ってきたトランクを適当に置き、椅子に腰掛けた。


「えっ…!?ドラマ化するまどか先生の作品の主役をオレがやるの…?」
『あぁ、そうだ。監督がお前とやりたいって』
「でも……演技とか高校の文化祭でしかした事ないよ」
『その劇、監督も見てたらしいぞ。で、お前に惚れた訳だ』 
「何て人?」
『会えば分かるよ。演技の指導もちゃんとやるから安心しろ。それとな、脚本もまどか先生がやるみたいだから。良かったな』
「えっ…」
『また明日詳しく説明するから。じゃ』


美丘は急いでいたのか、早口で伝え終わると一方的に電話を切った。綾瀬の方も話が終わったらしく、結多に顔を向けていた。


「そのドラマの主題歌を僕が手掛ける訳。それでまどか先生と話し合って曲創りたいなって」


朱音が楽しそうに説明した。結多はまだ信じられないみたいで戸惑っている。


「タイトルが『怠惰の女神』だから、幻想的な感じにする?」
「だったら、印象に残るものにしたいですね」
「歌いやすい方が姫も楽だよね?となると、キーは少し高めがいいかな」
「ちょっ……待って待って!!」 


サクサクと話の進む2人に結多はストップをかけた。何やら情報が先行している。


「オレが歌うの?朱音じゃなくて?」
「そうだよ。姫が主演なんだから」
「マジか……」
「しかも姫とはイメージ違うキャラだし、受けるんじゃない?」
「えー……」


黒紫まどかの作品『怠惰の女神』はデビュー作の次に出たもので沢山の作家さんから高評価を貰っていた。やる気ゼロの女神が暇潰しに地上に降りた所、出来損ないの保育士・向花(さか)と出会しそのまま居候。いつもミスばかりの彼女にアドバイスをしながら支えていく。不条理な園長や高飛車な主任、我儘な先輩、狡猾な同僚に女神の天罰が下される。というストーリー。


「何で女神役がオレなの?イメージ的には朱音の方が女神って感じするのに」
「僕は演技なんて出来ないからね」
「そうだっけ…」
「もう1人の主演は?決まってるって?」


朱音はノートパソコンを準備しながら綾瀬に聞いた。


「あー……」


綾瀬は視線を逸らしながら言葉を濁した。


「……すみません、先輩。おれとスタッフでキャストを決める筈だったんですけど、主演の女優さんだけ監督の推薦で決まってたらしくて」
「誰になったの?」
「若手女優の凜月葉(りつは)さんです。知ってます?」
「名前はちらっと……。会った事はないかなぁ…」
「僕と姫の2個上だよ。だから、27歳か」
「朱音は面識あるの?」
「歌のSP番組の時にその子が番宣で来てた事があってその時にね。外面が良いだけのバカ女だよ」


さらっと暴言を吐きながら朱音は作曲用のソフトをパソコン画面上に出していた。結多が見ても全く分からない。


「おれも苦手なタイプです。でも、監督とかスタッフ達には受けが良いみたいなので、努力しなくても主演が張れるって」
「うーん……。あんまりそういうの頭に入れたくないなぁ。周りがどう見てても、その子には譲れないものがあるのかもしれないし……」
「先輩は、そのままで臨んで下さいね」 
「ありがと、綾瀬。頑張るよ」 


結多がやる気になっているので綾瀬も余計な事はもう言わなかった。


「朱音、オレの部屋使う?」
「あぁ、必要ないよ。当分ここで作業するから。邪魔なら言って貰えれば」 
「分かった」
「じゃあ、先生。少しずつ始めていこ」
「はい」


綾瀬も作品とメモ用紙をテーブルの上に置きながら朱音と向かい合わせに座った。


「オレ、先に寝てもいいかな?明日早いって言われちゃった」
「大丈夫ですよ。煩かったから言って下さい」
「うん。朱音、綾瀬の事よろしく」
「任された」


結多は眠そうに欠伸をしながら自室へと戻った。


「先生は言葉とか豊富そうだね」
「一応、小説家なので……」
「僕は旋律とか考えるから、先生は歌詞の方お願いね」
「分かりました」
「あのさ。僕にはタメ語でいいよ。姫とは同い年だけど、僕は君の先輩じゃないし、敬語は不要」
「えっ…」
「初対面でもないし、僕は先生の事気に入ってるんだよ。ほら、シェリドが落ち着いたのも先生と姫がいてくれたからだし」
「……なら、遠慮なく。朱音って呼び捨ても?」
「OK。“朱音様”になるのはファンの子達の前だけ」 
「そうなんだ」
「今はオフだからね~」
「蒼鳳は元気?」
「うん。ソロ活動も近々ババーンと華々しくやるよ」
「楽しみだな」


ふっと漏らした優しげな綾瀬の微笑に朱音はじーっと視線を向けていた。


「……ねぇ、先生」 
「なに?」
「姫と付き合ってるんだよね?恋人なんでしょ?」
「そうだよ」
「夜の営みもやってるの?」
「えっ…」 


まさか朱音の口からそんな事を聞かれるとは思わず綾瀬は一瞬キョドってしまった。


「まぁ……それなりに」
「姫が抱かれるパターンか。先生は欲強そうだし」
「お見通しだね、朱音は」
「良いじゃん。僕は偏見しないし、ヤリたい時は遠慮なくどうぞ」
「なら、甘えようかな。朱音は恋人いるの?」
「……いるよ。でも、ずっと前に死んじゃった。心臓が悪くてさ、デートはいつも病室だった。それでも大好きだったんだあ」


哀しい微笑を帯ながら語る朱音に綾瀬は小さく謝った。


「あの子以上に好きになれる子いないなあ……。あ!先生あのさ、そういう曲にしない?」
「えっ…」 
「例えば、天使と人間の恋?とか、好きなのに結ばれないとか切ない感じにしつつ、旋律は幻想的にしてさ」
「あぁ、そういう感じか。でも、先輩が歌うからあまり難しくしない方が良いね」
「そうそう。姫は主演もやるしね。じゃあ、僕は旋律創るから先生は歌詞お願いね。眠くなったら僕に構わず寝ていいから」
「ありがとう」


2人はそれぞれの担当に分かれ、綾瀬は作品を読み返したり、辞書を用いながら言葉の引用を行った。朱音もパソコンソフトを駆使しながら浮かんでくる旋律を譜面に書き記していく。
そんな2人の作業などお構い無しに、結多は安らかな寝息を立てながら爆睡していた。
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