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2章

祝祭2 デートじゃない……よね

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 次の日。じっとりねっとり恨めしげな視線をスルーして、マテリオと二人で出てきた。今日の護衛はユーフォーンの騎士に頼んだ。  
 ラドもウォーベルトもみんな休み。北へ向かえば、気兼ねなく飲んで騒ぐのは難しくなると思ったからだ。結果、警護に付いたのはグラントの他に数人だ。だが、グラント以外はなるべく邪魔しない様に離れているという。

「まさか、こんな風に一緒に歩く事になるとは思いませんでした」
「祭りを楽しめなくて悪いな」
「副団長の私は、元々遊ぶ時間はありませんよ。飲んで暴れるバカが多いので。今日は休暇みたいなものです」
「それなら、少しは楽しめば? あと、話し方も普通の方が良いな」

 グラントはまじまじと俺を見た。

「あなたは、あんな目に合わせた俺に嫌味の一つも言わないんですか?」
「ん? 言ったろ? あとコキ使ったし、もうチャラで良いだろう? ネチネチ言うのは嫌いなんだ」
「はぁ……本当に豪胆な方だ」
「ジュンヤは心の強い男なのです。いつまでもしつこく言ったりしない。もう良いと言っているのだから、グラント殿も、もう後ろめたく思うのはお辞めになると良い。私も酷い事をしたが許され、こうして隣を歩いているのですよ」
「へぇ……マテリオ殿までがベタ惚れになるのも分かる気がするな」
「この身を捧げる覚悟です」

 マテリオ! そんなストレートに言われるとこっちが赤くなるじゃないか!!

「それはそれは……お熱い事で」
「私は庇護者だが恋人ではないのです。私が一方的に……」

 えっ、ちょっと。そんな事グラントに言うのか?!

「マテリオ、ちょっと」
「ああ、耐え忍ぶ恋っていうのは、余計に燃えるんだよなぁ」
「あなたも誰かに恋をしているのですか?」
「ん? まぁ、な。ダリウスじゃないのだけは確かですよ、神子様」

 鼻の頭をぽりぽり掻いて、照れながらも答えた。

「え? そうなんだ。身分差があるとか?」
「そう、ですね。どちらかと言うと、相手にされてないってところですかね。でも良いんです。覚悟の上ですから」
「好きになるのは難しいことも多いよな」
「ええ。あ、あっちの屋台、街の有名な出店でしてね。行ってみますか?」
「行くっ!!」

 グラントに最近流行っている店を教えて貰いながら歩いていると、人だかりの店を見つけた。あれはノルヴァンさんの店だったかな?何か呼び込みの声がするような——

「あれは、神子様の香りによく似た香りがしませんか?」
「確かに」
「そう言えば、似せた香りを売りたいとか言ってたなぁ」
「見に行きますか?」
「うーん、どうしよう。気になるけど。騒がせちゃうかな」
「むしろ、神子の名を冠する商品を販売しているなら確認するべきでしょう。我々が付いていますから大丈夫です」

 グラントが請け負ってくれたので、ノルヴァンさんの店に向かう。近寄ると、ようやく店員の呼び込みのセリフもはっきり聞こえた。

「神子ジュンヤ様の香りを模した香水だよ~! 大量生産出来ないから、少数販売だよ一!! 一瓶の購入が難しいお方は、こちらの匂い袋があるよ!!」
「随分色っぽい香りだなぁ。恋人につけて貰いたいねぇ」
「そうだよ! エリアス殿下やダリウス様も、神子様の残り香を漂わせて、愛の証って奴さ。庇護者様達はみんなこの香りを漂わせていて、そりゃもうお熱いんだよ」
「なんてこった!恥ずかし過ぎるだろ……!」

 ノルヴァンさーん! それはやめてくれっ! 近寄るのはやめよう……

「マテリオ、グラント、戻よ」
「そうだな。騒ぎにもなりそうだ」

 気付かれる前にUターンをしようとくるりと背を向けた。しかし。

「あっ!! ジュンヤ様? ジュンヤ様ぁ~~! 見に来てくださったんですかぁ~~?」

 ノルヴァンさん、声が大きい。ワザとだろっ?!

「仕方ない、行かなきゃ雰囲気壊すよな……」
「客ががっかりするだろうな。仕方ない、行こう。グラント殿達もいるし大丈夫だろう。それに、何か用があると言っていなかったか?」
「受け取るものがあるんだけど、さ。あの中に行くのかぁ」

 のろのろと人だかりに近づくと、すんなり道を開けてくれてノルヴァンさんの店に着いた。

「やぁやぁ、ジュンヤ様!! 先日は神々しいお姿を拝見し、このノルヴァン、感激して涙が止まりませんでした」
「ありがとうございます。あまり褒められると、少し恥ずかしいのですが」
「これでもまだ言い足りぬくらいですよ! ところで、先日お願いした香りが出来ました。しかし、こうしてお側にいると、やはりジュンヤ様は特別だとしみじみ感じます。マテリオ神官、こちらを嗅いでみて頂けますか?」

 マテリオにハンカチを渡し、それを嗅がせた。

「いかがでございましょう」
「よく似てはいるが、少し違うな。何かが……足りない気がする」
「そうなんですよね。でも、神子様の香りを完全再現なんて、それこそ神の御業と言うことでしょう!」
「それ、俺にもいいか?」

 グラントが同じように香りを確かめていた。

「ふむ……確かにかなり似ているな。しかし、神子様は時折香りの濃さや雰囲気が変わるから、イメージとしてはいいんじゃないか?」
「えっ? 違うのか?」
「はい。今は穏やかな花の香りで、時々……ごにょごにょ……」
「ん?なに?」
「いえ、濃厚な、ちょっとアレな感じが時々しますね、ええ」

 グラントさん……それ、誰かの言っていた、いやらしい香りって奴ですか? ここは問い詰めない方が身の為だな。

「なるほど!! 神官様と馬車でご一緒だった時と今では、かなり違いますよね!!」
「「ノルヴァンさん(殿)!!」」
「ふっふっふ……私、ますますやる気が出てまいりました!!」

 いや、出さないで!

「現在売り出しているのは、絆が深~い時の香りと言う事ですね……くふふふ。慈愛と熱愛の二つの香りのラインナップを目指します!! こちらは熱愛の香りですね、ふふふ……」
「ノルヴァンさん! 道端なのでそれ以上は~!!」

 そうです。皆さんに囲まれた中、俺達は恥ずかしい事を言われ続けているんだ。

「おっと、失礼いたしました」
「あの、ちょうど良いので頼んだ物を受け取っていいですか?」
「ああ、今日納品で伺う予定でしたのに、来てくださったんですね。予定より遅れてしまい申し訳ありませんでした」
「良いんですよ」
「では、後ろの騎士様に預けましょう」

 いつの間にか別の騎士が後ろに控えていて、代わりに荷物を受け取ってくれた。軽いから持てると思うのだが、俺に荷物を持たせるなんてとんでもない!と止められた。

「では、失礼します」

 周囲を囲う人々が大騒ぎしないのは騎士のお陰だった。

「皆さん、お邪魔してすいませんでした。どうぞ祭りを楽しんでくださいね」

 ニコッと営業スマイルで声をかければ、緊張した面持ちの人々の表情が和らぎ、笑顔で挨拶を返してくれた。
 その場では皆さん穏やかだったのだが、香水や匂い袋が爆売れし、ほくほくのノルヴァンさんにお礼の品を貰う事になるのは、また後のお話。

 ノルヴァンさんの店を後にし、昨日とは違うルートを歩く。

「それにしても、大きな街だよな。しかも、畑も畜産もしてるんだろう? なぁ、グラント、クードラもアズィトもここまでしてなかったろ? 何でだ?」
「領主の館があるからと言うのは勿論ですが、この地に敵を呼び込む役目もあるのです。全ての街が自給自足の城塞都市を築ける訳ではありません。他の街より旨味のある街であると見せつけて、小さな街を守るのです。略奪や強奪をする側も、戦うからには犠牲を払います。リスク覚悟で手に入れるなら、より多く手に入れたいでしょう?」
「なるほどね……」
「この街には様々な物や金が溢れていて、大きな盗賊団でなくても、誘い込まれて来ます。そいつらが入り込んでも、この街では多くの騎士が警備をして捕らえる事が出来ます。引いては、他の街を守る事になるのです」

 誇らしげに騎士の役目を語るグラントは、強い信念で騎士の役割を果たしているんだな。

「うん。この街はあんた達がいるから大丈夫だな! 見直したよ」
「お恥ずかしいです。あんな事があったのに、こんな風に話して頂き感謝しています」
「はははっ! 俺さ、ここに居る神官様とも喧嘩したんだ。でも、今ではそんなの気にしていないし、あんたも敬語なんて使わなくて良いのに」
「いいえ。ダリウスの……ダリウス様の伴侶となれば別です。今後も配下としてバンバン使って下さい!」
「ありがとう」

 本当に別人のようだ。まぁ、良い方に変わったんだから良いか。グラントは、俺には縁がないものの、興味があった武器屋も見せてくれた。
 映画みたいな装備が色々あって、俺には扱えないけどワクワクした。そんな風に、いつものメンバーではあまり立ち寄らない所を見て回り、夕暮れが近づいてきた。

「マテリオ、神殿行きたいな。教えてくれた庭がみたいんだ」
「もう日が暮れるぞ? もっと早く言えば良かったのに」
「夜の神殿が見たかったんだ」

 そうして夕闇が迫り、街のあちこちで魔灯が灯始める中、神殿へと向かう。

「少しお待ちください」

 神殿に着いてすぐ、グラントは騎士に一帯の確認をさせた。

「神殿は神聖な場。無骨な騎士は離れた所で警備しています。安全を確認しましたが、何かありましたら大声を出してください」
「わかった」

 マテリオの案内で、神殿奥の庭に進む。中庭になっているそこは、中心に小さな池があり、花々が周囲を囲っていた。神殿の白い壁が茜色に染まって、幻想的な光景だった。

「おおー! 綺麗だなぁ」
「そうだな。そんな風に思った事がなかったが、周りを見ていなかったんだろうな」
「それだけ修行に必死だったんだろ。頑張ったな。みんな、司教が巡行のお供をするもんだと思ってたらしいじゃないか。よほど期待された神官なんだなって言ってたぞ」
「そうなのか?」
「うん。何人かの神官さんに言われたよ」
「——そうか。ジュンヤ、ひとまずあちらに座ろう、疲れていないか?」

 小さなベンチは、無駄を省いたシンプルなデザインだ。神殿自体は豪華な装飾だが、神官や司教の使うプライベートスペースは質素な造りで、自分達は控えめな生活をしてると最近気がついた。

「なーんか、ここ、静かだし落ち着くな。神官達はこう言う所で息抜きするのか?」
「ああ。庭はどの神殿にもあって、少し疲れた時などこうして休むんだ」
「そっか。——なぁ、マテリオ。後一つだと思っていたけど、最後の最後は王都の浄化をしなくちゃいけないんだろうな」
「そうだな。報告だけで私にもはっきり状況は分らないが、もう一度ナトルと会う事になるかもしれない」
「言いたくないけど、ナトルが瘴気で死ぬ可能性は?」
「これは私の推測だ。ラジートを宿したレニドールはあれだけの瘴気を纏っていても生きていただろう? 宿主は死なないのかもしれない。だが、呪詛返しが同じかどうかは行って見なければ分らないだろうな。私も共に行くから、一緒に考えよう」

 真剣な瞳で語るマテリオの赤銅色の髪に、沈みゆく太陽の光が背後から当たりキラキラと光が反射した。
 ああ、あんたも綺麗だなぁ……

「ありがとう……あんたはいつも我慢ばかりして、これからも我慢してしまうんだろうけど、俺には本音言っても良いぞ」
「本音、か」

 そう言って、ふと遠くに視線を送る。何を考えているのか——

「あれだけぶつかり合ったから、そういうことも言えるわけでさ」
「ああ、それはと分かるな。だが……怖いんだ」
「怖い? 巡行や浄化が?」
「それは怖くない」

 まっすぐ前を見据えたまま、きっぱり否定した。

「私は……私が、ジュンヤに多くを望んでしまいそうで、怖いんだ」

 多くを望む。その言葉の奥にあるもの。

「俺さ。エルビスに言われた。あんたの事どう思ってるんだ? って。それで考えようと思ってさぁ。普通なら合意じゃなきゃ避けたり、無視したり……するよな。でも、あんたをそういう風に避ける気になれないんだ。それが、どういう意味なのかを考えてる」
「ジュンヤ……そんなことを言われたら付け上がってしまう」
「あのさ。ちょっとだけ……キスしてみて良いか?」
「っ! 何をっ急に?!」

 だってさ。馬車でも、もう少しでキスしそうになってて。今の綺麗な横顔にドキドキしてて。

「知りたいんだ。今のこれが、あんたを好きって事なのか。あ……でも、またお互いにおかしくなっちゃったらまずいか、ハハッ」

 無意識に出た言葉だったが、言ってしまってから猛烈に恥ずかしい事を言ったと気がついた。

「ここでは……騎士達がいる……」
「うん、そうだよな、バカだなぁ~俺!」

 恥ずかしさを誤魔化す為に立ち上がろうとした右手を取られた。

「待ってくれ。頼む」

 もう一度座れば、じっと見つめてくるルビーの瞳。茜色の光より濃く深く、揺らめきながら俺を見ている。

「そっと……触れるだけなら……きっと」

 そう言われ、目を閉じる。ゆっくり近づいてくる気配と、吐息。柔らかな唇が、そっと唇に触れてすぐに離れた。

「——いやか?」
「嫌じゃないよ……」

 それっぽっち、キスじゃない。あんたのキスは、もっと——

「嬉しい……」

 俺の答えに、嬉しそうに柔らかく微笑んだマテリオに、ああ、そうかと思った。こんな風に笑う顔が見たかった。

 俺を問い詰めたエルビスの顔が浮かぶ。
 ティア……俺を独り占めしたいのを耐えている男。
 ダリウスは、本音を言わずに俺の方が愛するから構わないって言いそうだな。

 マテリオは、拒んだら一人でどこかへ消えてしまいそうに感じる。永遠に失いそうな、そんな予感。それは——嫌だ。俺はなぜこんな風になってしまったんだろう。向こうの世界にいた時は、複数を愛するなんて想像もしなかったというのに。神子の力のせい? それとも、俺の本質が淫乱なのかもしれない。

「俺……少なくとも、友達以上みたいだ……失いたくないんだ。最低だな……」
「その言葉で十分だ。愛を返してくれとは言っていない。これは私の勝手な恋心なのだから。今だけ——抱きしめて良いか?」

 黙って頷くと、壊れ物を抱くように抱きしめてきた。いつかのように激情に駆られた抱擁ではなく、無言の中に思いの丈が込められている気がして、ただその腕の中に身を委ねていた。

 本当に? 何もいらない? あの時も今だけだって繰り返していた。俺はこいつをどうしたいんだ? 
 もし受け入れたらどこまでも付いて来るんだろう。でも、それはこいつを束縛してしまう事になる。司教になるのに問題はないのか?

「あのさ……」
「今は何も言わなくて良い。全てが終わる……その日まで」

 遠くに響く祭りの喧騒を聞きながら、この一瞬は二人だけだったあの空間に戻った気がしていた。馬車で激しく求め合ったのとは違う、穏やかな時間。あんなに抱き合ったのに、俺はあんたの事を何も知らない。
 なぜ神官になったのか。家族の事。もっと、もっと知りたい……

「もう少し。もう少しだけ抱きしめさせてくれ。そうしたら、領主の屋敷に帰ろう……」
「うん」

 いなくなるのは嫌だ。でも、受け入れてあの激流に飲み込まれるのも怖い。

 心の中のさざ波が、少しずつ大きな波になるのを感じる。その波に飲まれるギリギリのラインで争いながら、マテリオが満足するまで俺達は抱き合っていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー

楽しい筈がシリアスに……。マテリオが絡むとこうなるみたいです。
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