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3章

再会

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 次の日、テンションの高いアジェンさんが、村で買える穀物を山ほど荷馬車に積んでいた。

「神子様っ!! お、王子殿下が、目ん玉飛び出るような額を前払いしてくれたべ! ほら、これっ! これでオラの村、半年はキールの実を仕入れなくて良いです! あの、後は干し肉を仕入れに行きたいんですけど、ダメだべか……? 隣町なんですけど、ちょっとだけ遠回りになっちまうんです。でも、最近でかい鹿がなかなか取れなくて。牧場をやってる隣町で買ってやりたいなって思って」
「大丈夫だよ。俺達が頼んでついていくんだから合わせるよ」
「ありがとうございます!!」

 欲しい物のリストは聞いていたから、隣町へ行かなきゃいけないというのは分かっていたので問題ない。村長達に見送られ、隣町へと向かう。
 隣町のミルオルはそんなに離れていないので、二時間くらいの移動で済んだ。突然の王子の訪問のせいで隣町は大騒ぎになってしまい、俺も浄化や奉仕をする事になった。そのせいで今夜は急遽宿泊になり、早く帰りたいだろうアジェンさんに申し訳なかった。

「アジェンさん、悪いけど俺は治癒の奉仕をしなきゃいけない。仕入れをゆっくりして貰って良いかな? それと、泊まりになってごめん」
「いえいえ! 予定より早い帰郷ですから大丈夫だべ。それに、神子様の尊いお仕事の邪魔したくないべ」
「そう言ってもらえて助かる」
「そりゃあもう!! あんな奇跡のお力を持つ生き神様みてーな人のお邪魔は出来ねぇです。じゃ、オラの事は気にしなくて良いですから」

 アジェンさんは村を養う為に頑張っているんだな。鹿が取れないのは山に穢れがあるからだろうか。安全な地域に逃げてしまったのかもしれない。

「よし、治療院に行こうか」

 治療院に向かう途中、何やら音楽が鳴っている気がした。

「歌の様ですねぇ」
「吟遊詩人だな」

 マテリオもマナも気になったらしく、みんなで耳を澄ます。この楽器は……リュート?


 神樹の花咲き乱れし時
 麗しの双黒は来たれり
 癒しの御手は民を愛し
 慈悲の心で大地を癒す


「え……これって」
「もしかしなくても、ジュンヤ様の歌ですねぇ」
「ジュンヤ、行ってみようぜ。この声に聞き覚えないか?」

 ダリウスも興味津々だった。

「なんとなく。もしかして?」
「あぁ」
「心当たりがあるんですか?」

 早足で向かうと、少し開けたスペースに人だかりが出来ていた。次に流れて来た歌声で確信する。

「あの時の吟遊詩人さんか」
「あぁ、見た顔だ」

 俺には全く見えないが、ダリウスは余裕があるからムカつく!みんなデカすぎるんだよ。歌が終わり、彼はリクエストを受け始めていた。

「よぉ! 奇遇だな」

 ダリウスが声を掛けると、一斉に道が出来て彼らは軽く頭を下げる。それを当然の様に受け入れるダリウス…公爵の爵位は伊達じゃない。

「これは!! ダリウス様、神子様っ!! 再び御目通り出来るとは、メイリル様の思し召しでございましょう」
「今の歌は、お前が作ったのか?」
「はい。ケローガで皆様とお会いした後、神子の偉業を民に知らしめたいと思い歌を捧げて歩いております」
「ほう。俺達とは会わなかったな。」
「思うところがあり王都方面に向かい、北の各地を回っております」
「ふむ。そなた、後で時間があるか?他の町の様子を知りたい。夜にでも宿へ来てくれ。仕事の邪魔をすることになるから賃金は払おう」
「恐れ多いことです。必要ありません! 是非伺わせて頂きます」
「では、後でよろしくお願いします。えっと、えっと、スフォラさんでしたよね」
「そんな!いくらでも協力致します!名前を覚えていてくださったんですね」
「元の仕事柄、覚えるのが得意なんです」

 治療院へ行かなければならないので、仕方なく一度その場を離れた。治療院には山の民の姿がちらほらとあった。レナッソーではなぜか迫害されているらしいが、この辺りは大丈夫そうだ。

「神官様。お手伝いをさせて下さい」

 俺達は治療をしながら、どの地域の人なのかも聞いて行く。瘴気の根源を確定させなくてはいけない。本当に山の民の地にあるのか、それとも別な水源か——

「マテリオ殿もマナ殿も、実に魔力の高い神官様ですね」

 治療院の神官が尊敬の眼差しで二人を見た。

「神子様に随行する為にはあれくらいでなければいけないのですか。私も精一杯修行しなければ。それに神子様の加護ですか? 美しい光が薄い膜の様にお身体を覆っておりますね」
「俺には見えないんですが、同行しているみんなに、ですか?」
「ええ。護衛の方にも同じですね。マテリオ殿とダリウス様は一際輝いておられますが」
「そ、そうですか」

 魔石を持たせているからだと思う。でも、無意識だけど贔屓してますって目に見えて分かっちゃうんだ。

「守られるだけじゃなく、守れているのなら嬉しいですね」
「神子様……その、当初神子様の悪い噂を信じてしまいました。ご無礼した事を懺悔いたします。お許し下さい」
「え? 今は普通にしてくれているじゃないですか。許すも何も怒っていませんよ。俺だって力があると知ったのはだいぶ後ですからね」
「噂に違わず慈悲深いお言葉に感謝します。今後の旅の無事をお祈りいたします」
 
 重症者がいない事にホッとしながら治療院を後にし、合流地点の宿に向かう。

「ジュンヤ。少し民の話を聞いてやりたいし、他の町も情報を集めたい」
「分かった」

 徒歩で移動しながら、ダリウスは民の訴えに耳を傾けていた。とある牧場主が必死の形相で前へ進み出てきた。

「ロドリゴ様は領地を隈なく視察し、いつも気にかけて下さいます。しかし、最近はうちの牛に食べさせる牧草も枯れてしまった所がありまして……税の支払いが少々辛いのです。当主様に掛け合ってくださっているのですが、なかなか……」
「減税は簡単だが、戻す為の増税には不満が出るものだ。ロドリゴ殿も視察されて報告されて居るはずだ。当主にも考えがあるのだろう。殿下が面談するだろうから、考えを聞いてくださる様に頼んでおく」
「神子様が浄化してくだされば、この苦境も乗り越えられるのでしょうか」
「そうだろうが、浄化は命がけだ。良いか、皆もよく覚えておいてくれ。神子は突然見知らぬ国に降りてきて、名も知らぬ民へ向ける慈悲の心でこの長旅を耐えているのだ。だからこそ、民の支えが必要だ」

 ダリウスが気遣ってくれる言葉は、俺にかけられるプレッシャーを少しでも楽にしようという思いを感じた。

「ありがとう、あんな風に言ってくれて嬉しい」
「もう十分頑張っているんだ。無理しなくちゃ乗り越えられない時はやるが、手を抜ける時は抜いて温存しろよ」
「へへ……優しいな」

 宿は貸切になってしまい、先に泊まっていた人には大迷惑をかけてしまった。だが、町の人達が民泊させてくれる事になり彼らも無事に宿泊できてホッとした。
 追い出す羽目になって申し訳なかったな。警護の為には仕方ないってみんなはいうけど……予定外の行動で一般市民に迷惑をかける事になってしまったのは不本意だ。

「ジュンヤ、疲れていないか?」
「大丈夫。ティアはあの後ずっと仕事?」
「ああ。町長や町の顔役達と面談や聞き取りをしていた」

 俺達はさっき牧場主から聞いた話をすると、ティアは静かに聞いていた。宰相の息子が領主なんだが、視察に来るのはその息子らしい。ロドリゴ様というその人は、民に人望がある様だ。

「ロドリゴ様はお若い時から名代として各地を回っておられるのです」

 ケーリーさんが答えた。

「お父上のピエトロ様が現当主として差配しております。ですが、あまり本人が視察に出ることは少ないそうです。ロドリゴ様と弟のオネスト様があちこち回られていますね」
「報告しても改善していないんだね。でも、税額はコロコロ変えられないから迷うのは分かるな。元に戻すの為に上げるのだって、安い方が良いから不満が出て当然だ」
「そういう事だ。とは言え、現当主は宰相の息子だ。何か企んでいるやもしれぬ」
「ん……」

 今日の報告をしているうちに、吟遊詩人のスフォラさんが到着したと知らせが入った。

「うむ、通せ」

 食堂を集会所がわりに、みんなが集まってスフォラさんの話を聞く。

「エリアス殿下に拝謁が叶い、望外の喜びでございます。何なりとお尋ね下さいませ」
「うむ。まず、そなたはケローガの前は王都にいたと聞いた。通常なら同じ街へ戻るより他の町を巡るだろう? なぜ同じ街へ舞い戻ったのだ?」

 一つの街で一定期間仕事をし、客の集まりが減った頃に新しい街へ移動する。その手順なら、また王都ではなく違う街へ行く方が良い筈だ。

「はい。王都でお会いした神子様は、まだ二人神子の告示がない状態でございました。歌声に心惹かれ、ケローガであの時の方が——失礼ながらおまけとされていた神子様だと知りました。そして、ケローガの浄化と奉仕を続けるお姿と、民の喜びも目に焼き付けました。しかしながら、王都ではおまけ扱いと、口さがない噂がまかり通っておりました」

 スフォラさんは、おまけの部分を申し訳なさそうに潜めながら話した。俺は気にしないが、ティアの眉がピクッとしていた。

「祭りの夜に共に歌わせて頂いた後、しばらくケローガに滞在していました。その時、民が神子を讃える言葉を各地に伝聞する事こそ、私に与えられた使命ではと思ったのです。あの場に立ち会った吟遊詩人は私一人。美しくも慈悲深い、勇敢な神子の物語を伝えたい……心からそう思ったのです。すぐに歌を作り、まずはケローガで歌いました。皆は心から喜び聞きいっておりました。そして、口々に神子様の偉業を讃え、守って差し上げて欲しいと頼まれました。神子の苦境を知るからこその心からの言葉で、皆、多くの投げ銭を投じ私を応援してくれました」

 ケローガのみんなが……ヤバイ、ちょっと泣きそう。でも美化し過ぎな気がする。

「ケローガに滞在した後、王都に戻りながら行けそうな町村全てを周り、王都到着の頃は、神子様はユーフォーンにおられましたが、王都では様々な良くない噂が流れていました」
「待て。その噂はどのようなものだ?」
「はい。神子様がアユム様のお力を奪ったとか、その、数多の男をたぶらかしているとかでした。私は必死に歌いましたが、石を投げられ追い払われる始末。なぜこんなにもケローガと噂の内容が違うのか大変驚きました。ですので、少々調べました。幸い路銀は十分でしたので心配ありませんでしたし」

 キラリとその目が鋭く光った気がした。

「続けよ。情報料が必要なら後ほどケーリーに希望を伝えると良い」
「殿下と神子様から頂くつもりはありません。これは心からの忠心です」
「危険を冒したんじゃないですか? 過ぎた事ではありますけど、無理はしないで下さい」
「ありがとうございます。ですが、吟遊詩人は時に情報屋の仕事も致しますので慣れております。お気遣いありがとうございます」

 ぺこりと一つ礼をしてスフォラさんが続ける。

「時折、噂を煽る者を見かけました。その男達を尾行しましたら、姿を変えながらあちこちで悪言をばら撒いておりました。彼らは同じ家に住み、毎日それぞれがいずこかへ行って煽る……そんな日々でした。が、ある時、一人がいつもと違う方向へ行くので後をつけました。その先は貴族街で私は入れませんでしたが、貴族が関わっているのは間違いありません。それでも歌を捧げて歩いておりましたら、狙われるようになりました」
「えっ?!」
「ああ、無事に逃げ切りましたので、ご心配なく。私は逃げ足が速いのです」

 いや、心配するだろう。だが、事も無げに返事をするスフォラさんは慣れている風だった。情報屋の仕事で危険な目にあうのかもしれない。

「そのうち、神子様が各町村での浄化をした噂も多く入り始めました。ユーフォーンで襲撃され、民も騎士も癒やしたとか。王都の住民も、さすがに噂を疑い始めたのです。その頃からでしょうか。王都に病人が増え始めたのです」
「その報告は来ている。そなたは場所を特定しているか?」
「はっきりとは。ですが、牢獄のある塔の付近だと思います。ですから近隣の民は恐れおののいていました。それと、神子様を罵っていた罰をメイリル神が与えたのではないかと、赦しを得たい信者が神殿や教会に祈りを捧げる者が増えました。私の歌を聞きたがり、聞き及んだ殉死した神兵を見送った話や、奉仕の様子を物語にして聞かせました。徐々に神子様への誤解が解け始めましたが、歌を人々が覚え歌い始めた頃、追っ手が激しくなり王都を離れました」
「それは、噂を煽っていた連中か?」
「顔を隠しておりましたので定かではありません。ですが、それで心に決めました。神子様が通るであろう道に、正しい事を伝えようと。ですからテッサを通り、レナッソーを目指しました」

 俺達が今目指している街。ティアも生の声が聞けるとあって、真摯に聞き入っている。道中の様々な噂や、これから行く街の状況……もっと知りたい。

 その場にいる全員の目が、スフォラさん一人に注がれていた。
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