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一年
しおりを挟むあれから1年――
銀髪が肩に着きそうな長さになった赤い目をして変な言葉使いをする男は、まるで僧侶がするように座禅を組み、背筋を真っ直ぐに伸ばして伊集院家の庭先で本を読んでいた。本というよりは図書館の蔵書コーナーから借りてきたような古い古い書物だ。
後ろから声が掛かる。
「赤乃様、リストの最後の人間の所在が判明しました。明日にでも出向きましょう。」
声を掛けた男の音色には憂いが含まれており、その悲しさが伝わると赤乃と呼ばれた男はその赤い目をゆっくりと閉じて返事をした。
「わかった…。」
心が読める赤乃はその男に声をかけられる度に心を締め付けられていた。
『どうか海静様であってください。どうか海静様のお声でお返事を…。』
毎回声を掛ける前にその男は祈りながら喋る。そしてその祈りは届けられる事なく一年が過ぎていた。
余りにも狂おしく海静を求める彼の心に赤乃はいつも胸を痛める。
健気に主人の影を捜す姿に情が移り、一度海静の声で返事をし海静のフリをしてみたが、同じ声帯を使っているから同じ声を出せている筈が、一瞬目を見開くものの彼にはすぐにそれが想い人のものでない事が分かってしまう。
見抜くとまた悲壮な眼をして、涙を流す。
なんと痛ましい想いをさせてしまっておるのじゃワシは…。
何度も海静に呼びかけておるが、この1年間一度たりとも返事をせず、ワシは意識体に戻れない。海静は意図して返ってこないのか?
それは赤乃にも分からなかった。
あまりに悲しむ染谷の心を軽くしようとそれこそ黒の能力を使って忘れさせようかと思ったが、主人を切に思う彼の心には干渉したくなかった。余りにも勝手なやり方だ。
「今日も海静様は出てこられませんか?」
「その様じゃ…。」
「お声がけは?」
「しておるぞ…毎時間な…良臣よ…」
「そうですか…。」
赤乃の目に映るほんの僅かな緑の瞳の色に主人の心を探し求め、染谷は赤い眼を見つめる。
しかしそこに主人の心が戻っていないのを確認すると、ポロリと声を出さずに涙を一粒落とすのだった。
あぁお前の涙を見るのが辛い。事が終われば想いの丈を海静に打ち明けるつもりでおっただろうに…。
告げることも会うことも叶わず、肉体はそこにあれど、心に会えぬなら、居ないも同然。
何たる哀しみよ…。
ワシの心まで哀しみに狂ってしまいそうじゃ…。
赤乃の胸に染谷の苦しみは刻まれていた。
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