香月探偵事務所

山本記代 (元:青瀬 理央)

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第二章 波乱

case08. 探偵誘拐事件

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「――ん、む……っ!」

 守樹が目を覚ますと、目の前に広がっていたのは知らない景色だった。

 口は布で塞がれており手足を縛られ身動きはとれない。
それでも何とか身を捩り、僅かに広がった視界から情報を得る。

 守樹は気を失う前の出来事を思い返す。

――確か、夕方パレットで夕食を済ませた後、ばあちゃんの顔を見ようと思って……ああ、そうだ実家うちに足を向けたんだった……そしたら薬品を嗅がされて……。

 薄れ行く意識の中で、双子が自分を覗き込む様子を思い出した。

 湿気を含む木の匂い、隙間風の音、板を打ち付けた小さな窓、そして静か過ぎる空間。

――山? いや、森の中……か?

 恐らく小屋にでも居るのだろう。靴を履いている感覚を確かめながら、守樹は冷静に考える。

 扉が開く音がした。
守樹は再び目を閉じ気を失っているフリをするが、近付いてくる足音の主は恐らくそれに気付いているらしく、守樹が目を覚ましている事を前提に、声を掛けてきた。

「守樹、守樹の大切な人を教えてよ?」

 守樹が目を開く。

――やはりか……。

 座り込んで話し掛けてきた相手は守樹が予想した通り、愛だった。
その後ろには恋が立っている。

 口の自由を奪っていた布を、優しい手つきで愛が取ると、守樹はフン、と鼻を鳴らした。

「以前にも言ったはずだ、は居ない」



 * * *



 一週間前、守樹は愛と恋の二人と接触し、その後マオを帰宅させると事務所に我台を呼び付けた。
 我台は七尾と共に事務所へ現れると、早速本題に入る。

「……それで? その双子の目的ってのが、って事か?」

 話し終えると我台は眉間に深い皺を寄せ、首を傾げながらそう言った。
守樹は「ああ」と頷く。

「双子……恋と愛は恐らく、ベルダである可能性が高い」

「ほぼ確定だろうな。ところで、今日は助手は居ないのか?」

「休ませた」

「じゃあ、を知るはお前だけだな?」

「当然だ」

「しかし、どうやって双子の居場所を突き止めような? お前も双子……いや、落闇愛に狙われているのなら監視下に置かないとなぁ……全く、骨が折れる」

 ガシガシと豪快に頭を掻きながら、我台は大きな溜め息を吐いた。
そして我台の隣に座っている、それまで黙っていた七尾が静かに右手を挙げた。
守樹と我台は七尾に目をやる。

「『囮作戦』はどうでしょうか?」

「囮作戦?」

 守樹と我台の声が同時に発せられた。
七尾は手を下ろしながら頷く。

「はい。そうすれば香月さんと例の双子を監視下に置く事が出来、事件の早期解決に繋がるかも……」

 我台は難しい顔で頭を捻る。

「いや、しかしなぁ……仮にも一般人で、未成年を巻き込むのは本部が許さんだろう」

 守樹が口を開く。

「囮を引き受けるのは構わんが、『いつ』『どこで』奴らが現れるのか、私には皆目検討がつかない。恐らくかなり長期戦になるだろうな」

 守樹のその言葉を聞いた我台は、大きく息を吸い込み「はぁー」という声と共にそれを吐き出した。

「ま、本部には掛け合ってみる……でも、くれぐれも無茶はするなよ。

――ったく、何でお前はこうもこの事件ヤマと縁があるんだろうなぁ?」

 そう言いながら立ち上がり、守樹の頭に大きな手を乱暴に乗せた。
守樹は怪訝そうな顔でそれを振り払う。

「お前、その手綺麗なのか?」



 * * *



 そして冒頭に戻る。

――まさか直ぐに現れるとは……。

 呆れた様に愛を見ると愛はゆっくりと首を傾げ、元々垂れ目だが更に目尻を下げ、うっとりとした表情を浮かべた。

「守樹、やっぱり守樹の瞳はとっても綺麗だね。吸い込まれそうだ……」

「答えろ」

「ん?」

「お前達は、今カロスの模倣犯と騒がれているベルダを知っているか?」

「勿論だよ、だってそれは俺達の事だからね。そう、『ベルダ』か……ふふ、変な名前」

「何故そんな事をしている?」

 守樹の質問に愛は不思議そうな表情を浮かべると、直ぐに楽しそうにクスクスと笑い声を上げた。

余程可笑しかったのだろう、目尻には涙が浮かんでいる。
それを人差し指で拭いながら守樹に向き直った。

「守樹は本当におかしな事ばかり聞くんだね。そんなの、守樹の苦痛に歪む表情が見たいからに決まってるじゃないか! 他にどんな理由が要るんだ!」

――狂ってるな。

「お前は何故そこまで私に拘る?」

「……、守樹は勿論覚えているよね? 君のママが殺された日」

「…………」

 忘れる筈がない。

「前に言ったろ?『俺達はに居た』って。

その時に見た守樹のママの顔が忘れられなくてね。守樹のママよりも若くてクールな守樹が、あの時と同じ表情をその綺麗な顔に浮かべたら……そう思うと身体中がゾクゾクするんだ。

当時俺達はまだ五歳だったけれど、こんなにも鮮明に覚えているんだ。運命だと思わずにはいられないよ!」

 頬を赤らめて守樹を見る愛に、守樹は相変わらず無表情の顔を向けている。

 そして恋は、床を這う小さな虫をぼんやりとつめている。

愛はそんな恋に気付くと人差し指でプチ、と音を立てて虫を潰す。
恋は僅かに眉を下げた。その表情は心無しか残念そうにしている様に思えた。
恋の様子を満足そうに見た後、愛は再び口を開く。

「十年前から、ずっと守樹を見ていたんだよ。やっと……やっと話せた! 目が見れた! れた! こんなに嬉しい事、今まで一つも無かったよ!」

「くだらん。それより、何故お前達はカロスの犯行現場に居たんだ? そして何故、幼いお前達が父親を殺す事が出来たんだ?」

「ああ、それはね、前にダディの話をしたろ?」

 守樹は以前聞いた二人の実父の話を思い出し、一つ頷いた。

「カロスはね、ダディを殺すキッカケをくれたんだよ」



 * * *



――十五年前 十二月二十五日 午前四時二十八分

 元気な二つの産声が、スコットランドのまだ暗い冬の空に響いた。

「産まれましたよ! 元気な双子!」

 看護師の声に、落闇マニカは涙の滲む目を薄ら開き首を捻る。
整わない息と汗ばんだ身体は、彼女の二十六時間に及ぶ激闘の証だ。

 この日、マニカは双子の女児と男児を出産した。
出産に立ち会った夫、落闇和志おちやみかずしは呆然とマニカの隣に立ち竦んでいた。

そんな和志に、マニカが細めた目で優しく声を掛ける。

、よく見てあげて。あなたの子よ」

 マニカの言葉に恐る恐る双子に近付くと、そっと顔を覗き込む。
その様子にマニカは出産直後とは思えない程、明るく元気な笑い声を上げた。

「あははは! 何緊張してるの。……ほら、可愛い私の赤ちゃん? あなた達のパパとママよ?」

 感動も束の間、看護師が双子を取り上げ産湯に浸からせる。
その間、最終処置を済ませたマニカは病室に運ばれて行き、和志も後を追った。

「……よく、頑張ったな」

 やっと口を開いた和志に、マニカはまた可笑しそうに笑う。

「緊張し過ぎよ。ねぇ、名前はどうしよう?」

「さ、さあ? そんな事、お前が決めろよ」

 その時、看護師が双子を抱えて病室を訪れた。
マニカは愛おしそうに隣に寝かされた双子を見つめる。
看護師は「また来ます」と言い残して病室を後にした。

少し沈黙が流れたが、優しい微笑みを浮かべたマニカがそれを破る。

にはね、綺麗で可愛くて、大切な人を支えられる様な女の子になってほしい。……は、大切なものを愛情いっぱい守れる男の子になってほしいの」

「……女ってのは恋をして綺麗になるもんだ……じゃあ、これはどうだ? 女は恋、男は愛」

「あら、素敵じゃない!」

「子供は嫌いだが自分で名前を付けたら、いくらかコイツらが可愛く見えるな。ああ……何だ、もう笑えるのか」

「あら、二人共笑ってるわ。双子だから、きっと何か波長が合うのね」

 それから落闇家はロンドンの小さなアパートで幸せな家庭を築いていたが、三年後、それも呆気なく崩れていった。
度重なるマニカの不倫が原因だった。愛想を尽かした和志は声を荒らげる。

「もううんざりだ! お前なんざ何処へでも行っちまえ! 俺の前から消え失せろ!」

 冷たい眼差しで和志を見据えたマニカは、優しい母であり良き妻……正に良妻賢母と知られた人物とは思えない程、淡白に言い放った。

「そ。わかったわ、私も貴方にはうんざりしてたところなの。お望み通り出て行ってあげるわ。……ああ、は置いて行くから」

「何だと? 俺にの面倒を見ろってのか!」

でもあるわよ?」

「ハッ! この売女め! 本当にが俺の子だって証拠があるのか? 大方違う男に種付けされて、俺に当て付けたんだろう!」

「ホンット、貴方のその考え方にはもううんざり。どちらにしても、邪魔なのよ。子供が居ると」

 マニカは最後に、並んで床に座り込んでいた無表情の恋と愛を横目に見ると、呟く様に小さく声を掛けて出て行った。

「さようなら、私のシュガー」

 それから一年間はロンドンで過ごしていたが、和志は「ここに居るとを思い出す。日本へ渡る」そう言って恋と愛を引き連れ日本へやってきた。

 元々口の悪い和志であったがマニカと離婚後それは更に酷くなり、やがて酒に溺れる日々が続いた。

「……ねぇダディ、お酒体に悪いから、もうやめようよ?」

「恋の言う通りだよ。それにダディ、お酒を飲むと怒りっぽくなるから僕達怖いよ」

 怯えながら手を繋ぐ恋と愛が震える声で和志に言うと、どうやらそれが逆鱗に触れたらしい。
投げ付けた酒瓶が恋と愛の間を通り過ぎ、壁に打ち付けられ派手な音を立てた。

 恐怖心を掻き立てられた恋と愛はその場にへたり込み、ガタガタと震える愛を恋が守る様に抱き締めているが、恋も恐怖心から愛に縋っていた。

 酒の所為か、怒りの所為か……おそらくどちらをも含んで首まで真っ赤に染まった顔で、苛立ちを隠す事無く和志が近付いて来る。
震える顎が歯の噛み合わせを悪くする。

「お前らは一体、誰に面倒見て貰ってんだ? の面倒を、何でが……それもの世話を、何で俺がしなきゃならないんだ……」

 ブツブツと零しながら恋と愛の隣を通り過ぎた和志にホッと胸を撫で下ろしたが、台所で何やらゴソゴソと棚を漁った後、振り返った和志が手に持っていたのは包丁だった。
それを見て、治まった震えが再び恋と愛を襲う。

もまぁ、躾だ」

 ニヒルな笑みを浮かべて見下ろす姿に、怯えきった恋からはもう言葉が出ない。
ひたすら涙が零れ落ち、喉が呼吸に合わせて高く鳴る。
愛はそんな恋にしがみつき失禁をしながら恋同様、涙で顔を濡らしている。
アンモニア臭が鼻をつき、更に和志の怒りのボルテージが上がる。

「何ションベン漏らしてやがる! テメェ! 一体誰が後始末すると思ってんだ!」

 包丁を振り翳した和志に愛は懇願する。

「ごめんなさい! ごめんなさいダディ! 僕が自分で片付けるから! お願い! きちんと後始末をするから!」

「ギャンギャン喚くな耳障りだ! ああ、そうか、だ。だったら……」

 和志の言葉に、泣いていた恋も声を上げた。

「止めて! ダディお願い! 喋らない! 愛も私も、もう喋らないから!」

 和志を止めようと走り出した恋は足にしがみついた。

 しかしその行為は火に油を注ぐ事となり、まだ成長しきっていない恋の右腕は和志の持つ包丁によって容赦なく切り落とされた。

「……ッ!」

 恋が痛みとショックでその場に倒れ込むまで十秒もかからなかったが、愛の目には非常に長い時間の様に感じた。

 痛みにグッと耐える恋を見て顔の赤みが引いた和志が、何かスッキリしたような表情を浮かべている事に気付いた愛は、じっと経過を見守る。

「そうか……そうだな、最初から。よし、愛、次はお前の番だ。はもう要らねぇ」

 そう言って包丁を握り直した時、カラカラ……と静かに窓が開いた。
それに気付いた愛は後ろを振り返る。
辛そうに顔を歪めながら恋も顔を向ける。

 いつの間にか家の中に入り込み、窓枠に腰掛けていた有栖川創始は締まらない顔で三人を見ていた。

「あーららぁー、なぁんだ、虐待家庭かぁ。ザーンネン」

 和志が包丁を創始に向けた。

「誰だお前は!」

「俺かい? 言う程の名前は持ち合わせてないさ。ただキレーなものが好きでに入ったワケだ。でも、だから大人しく帰るとするよ」

 そう言って窓枠に足を掛けた創始……基カロスを愛が引き止める。

「――あっ……ま、待って! 行かないで! 恋と僕を助けて! お願い! ダディが怖いんだ! このままじゃ恋と僕は殺されちゃうよ! 恋を病院に連れて行ってあげてよ!」

 必死に声を上げる愛を見た後、恋に目をやる。

――あー……ほっといたら死ぬわな……。

「俺の好きな美しさには程遠い……が、そっちの腕落とされてるお嬢さんに免じて、のだけは手伝ってあげるぅー……よっ!」

 カロスは目にも留まらぬ速さで和志の持つ包丁を足で弾くと、それを蹴って愛の方へ滑らせた。
そして鳩尾に拳を一発。和志が「ぐっ……」と屈んだ所で腕をバネに両足で顎に蹴りを入れた。
激しい脳震盪を起こした和志がその場にバタリと倒れ込み、緩んだ顔のカロスは愛の方を振り返る。

「ホラ、チャーンス。お前の全体重をかければ、その包丁も心臓に届くだろうよ。やってみなぁ?」

「こ、殺せって……言うの? む、無理だよ僕!」

「無理ならぁ……の中に、死ぬまで……ずぅっと居続けたら良い。お前も、そのお嬢さんも……ネ?」

――死ぬまで……ここに?
そんなの嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だっ!
ダディを殺したら自由になれる。ダディを殺したら何も怖いものはなくなる。痛い事もされないんだ!

 そう思っても、包丁を持つ手が震える。

 見兼ねたカロスは「後は好きにしなー」と再び窓の方へ歩いて行く。

――待って! 待って待って待って待って待ってよ!
置いて行かれたくない! 僕と恋も連れて行ってよ!
今直ぐを殺すから!

 戸惑う愛の手に重なったのは、恋の左手だった。
ズルリと床から上体を起こした恋が、乱れる呼吸のまま愛を見据えている。

「……恋?」

 コクリと頷く恋に、愛も同じ様に頷いた。
言葉は交わしていないが、これから行う事を互いに理解していた。
それにはカロスも興味をそそられる。

 そして愛は、自身の左腕を切り落した。

 相当な痛みを伴う筈だが、泣き声一つ上げずに真っ直ぐな瞳で父親を見据える二人の四歳児の姿に目を丸くしたカロスは思わず「ほお!」と声を漏らす。

 お互い片腕となった恋と愛は幼いながらも激痛を堪えて、子供らしい純粋一色の笑顔で見つめ合う。
それを見たカロスは背筋にゾクゾクとした快感に近いものを感じる。

「僕が恋の右腕」

「私は愛の左腕」

「僕らは双子だから、二人で一つだ」

 そして脳震盪を起こす和志の心臓を貫いた包丁には、四歳児二人分の体重と憎しみが込められていた。

――嗚呼……キレーだなぁ。

「――カロスでいい」



 * * *




 深夜の住宅街に三人分の足音が木霊している。

「カロス、病院に連れて行ってくれてありがとう」

「いーよー。でもあの病院での事は誰にも言っちゃダメだぞー?」

「どうして?」

「どうしてもだ。……それにしても、家出た時からお嬢さん喋らねぇな。なんでだ?」

「……僕にもわかんないよ。恋、どうして何も言わないの?」

「…………」

――ま、精神的なもんだろなぁー……。

 カロスは恋を横目にぼんやり思う。

「お前ら、これからどうする?」

「え?」

「折角に出たんだぜぇ? 思い思いに楽しめよ」

?」

「『自由』って意味だ」

「じゆう……そっか、そうだね」

――そうだ、僕らは自由なんだ。もう怖いダディは居ないんだ。自由……自由、か……。

やっと、やっとやっとやっと!


































――ダディが死んだ……


































ダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだダディが死んだ






















――じゃあ、ダディが死んで、それから? これから僕達はどうしたらいいの? どうやって生きて行くの?
ご飯は? おしっこは? ウンチがしたくなったらどうしよう? 寝るところは?
誰が助けてくれるの?

――大丈夫だ。だってカロスが居る。

「ねぇ、僕らカロスと一緒に居させてほしいんだ。カロスみたいなになりたいから、一緒に連れてって?」

「好ーきにーしなー」

 その後、二人はカロスが行く先全てに同行した。
カロスもまたそれを許し、二人の目の前でを行う日々が続いた。

 そしてある満月の夜、いつも通り住居に侵入したカロスは恋と愛に隠れるよう指示を出す。
帰ってきた守樹の母を手に掛けた瞬間、愛の目は泣き叫ぶ守樹に捕らわれ近くで鳴り響くパトカーのサイレンに逃げられないと悟ったカロスが自害するのも其方退けに、守樹の姿を目に焼き付けた。

 その後、愛は恋に手を引かれながら現場を後にして今日まで生きてきたのだった。



 * * *



「俺達の恩人さ。『自由』をはじめ、生きる術も……全て教えてくれた。だから俺達はカロスに着いて行ったんだ。直ぐに死んじゃったんだけどね」

「……カロスに、子供がいた事は知っているか?」

「聞いた事ならあるよ、俺達より年上の一人娘が居るって。

ある日カロスは悪い事をしたその子を叱る為に叩いたんだって。そしたら、それを心配したカロスの奥さんの表情に魅せられちゃって、サイコキラーカロスが誕生したらしいよ。

ま、異常過ぎる性癖に奥さんはその子を連れて逃げちゃったらしいけどね」

 あっけらかんと語った愛に、守樹は驚くばかりだった。

「待て、その情報は確かか?」

 守樹は動揺の色を見せる。
それもそのはず、日奈子から買った情報とは異なっていたからだ。

日奈子は、カロスの子供が産まれる前に離婚していると言った。そして、その詳細は全て不明とも。
段々と守樹の表情は険しいものに変わる。

 愛は少し肩を竦めて見せた。

「さあ? 俺はカロスから直接そう聞いたけど、嘘かホントかはわかんないよ? ね、恋?」

 恋に話を振ると、恋もコクリと頷いた。

 守樹は相手がベルダである以上信用は出来ないが、この二人が自分にそんな嘘を吐くメリットが思い浮かばない事から恐らく事実なのだろうと予想する。

――警察には誤った情報が流れている? 日奈子は『確かな筋からの情報』と言っていた。日奈子がそう言う時、誤った情報は今まで一つも存在しない。

 何か違和感を感じた守樹は考える素振りを見せたが自分は今誘拐されている事を思い出し、直ぐ我に返る。

「ねぇ、守樹? さっきからカロスの事ばかりじゃないか。もっと俺を見てよ」

 困った表情で肩を竦める愛に、守樹はもう一つ質問をする。

「何故、最後の被害者達以外は殺さなかったんだ?」

 その質問を聞いた愛は突如、人が変わった様な怒気と憎しみを込めた表情を浮かべ、苛々した様に手を震わせた。
突然の事に守樹の眉間に皺が寄る。
愛は興奮した様に目を見開き、声を荒らげる。

が邪魔したんだ! 俺は、いよいよ子供を殺そうとしたのに! 毎回決まってあの女が俺達の邪魔をするんだ!

でも、最初の満月の夜の殺人は俺達が二人揃って無かったから、判断を怠って犯行を防げなかったみたいだけどね。ふふふ、でももう人殺しはしないよ。だって守樹が僕の元に来てくれたんだからね」

――……誘拐だが。

 守樹はあくまで冷静に質問を繰り返す。

「お前の言う『あの女』というのは一体誰の事だ?」

「知らない、知らない、知らない! ムカつくんだ!」

「落ち着け、私の質問に答えろ」

「いつも顔を隠していたんだ! なんてわかるわけない! 何も言わないから、声だって聞いた事無いんだ! 例え聞いたとしても覚えておいてなんてやるもんか!」

「だったら何故『女』だとわかったんだ?」

「身体の動きだよ! それくらいわかるだろ! 女の気持ち悪い動きならずっと見てきた俺達が、見間違う筈無いんだ!」

?」

「そうだよ! ロンドンに居た頃はダディが仕事で遅くなる日や、家に居ない日はが毎回違う男の上で気持ち悪い声を出して腰をくねらせてたんだ!

ダディと日本ニッポンに来てからだって、ダディは若い女を電話で呼び出して俺達に見せ付ける様に裸で同じ事をしてた!

女はいつだって俺達を助けてなんてくれなかった! 猿みたいに性欲だけに忠実なんだ! 汚い、汚い、汚い、汚い! そんな奴らの唯一の綺麗な表情こそ、大切なモノを失う瞬間なんだ! 性欲まみれのゴミ女達はカロスに、ベルダおれたちに、感謝するべきなんだ!

You disgust me!! The dirty woman fall into the hell!!」

――憐れなものだ……幼少時より置かれた環境の所為で、これ程まで狂い、歪んでしまうものか。

「なるほどな。……ところで、愛」

 声が掠れ、上擦り、裏返る程の大声を上げながら髪を掻き毟ったり、爪を噛んだり顔を擦ったりと、まるで癇癪を起こした幼児の様な行動をしていた愛だったが、守樹に名前を呼ばれた事に気を良くしたのか、その行動はピタリと治まり頬を赤く染め、心底嬉しそうな、幸せそうな、照れた様な顔を守樹に向けた。

愛はその表情を崩さず両足で一つ跳ねると、そのまま守樹の目の前にしゃがみ込んだ。
そして守樹を覗き込む。

「なあに? 守樹?」

「ある程度の謎は解けたが、お前の言うの正体だけが不明なんだ。なんとかならないか?」

「守樹、もう他の人間の話しは止めようよ」

「わかった。ならば何も話す事も無いし、お前達から得る情報も無い。私を解放するか今直ぐに自首しろ」

「それは無理な願いだよ。俺達はをまだ果たしていないからね」

「『私を私の母より美しい表情で死なせる』と言ったな」

「そう、それだよ。それさえ果たせれば自首でも自殺でも、何だってするよ。……裏を返せば、……って事だけどね」

「だが、私には大切な者など居ないし、物も無いが?」

「おばあちゃんは?」

「無駄だ、自分で死期を悟る年齢まできている。それなりの覚悟は決めているからな。いつ死んだとしてもさほど驚かん。例えそれがお前達の手に掛かったものだとしてもな」

「へぇ……守樹は思っている以上に非情なんだね。が本当に大切なモノを失った時、どんな顔をするのか……想像するだけで何かこみ上げてくるよ!」

 必要な情報は手に入れた、後は警察が来るのを待つのみだ。



 * * *



 守樹が恋と愛の昔話を聞いている間、香月探偵事務所では何やら不穏な空気が流れていた。

「もしもし!」

『……何だ、助手か? どうした?』

「大樹さん! 大変なんです! 守樹サンがどこにも居なくて!」

 休みと言い渡されたマオだったが、資料庫を片付ける序でに買っておいた不足品を事務所に置いていこうと思い、事務所に足を運んだが、守樹の姿がどこにもなく携帯も繋がらない事を不審に思い、パレットに駆け込んで舞子に聞こうとするも生憎今日は定休日。

 出掛ける事もあるかと思い掃除をしながら待ってみたが一向に帰ってくる気配は無い。
何か虫の知らせの様なものを感じたマオは、切羽詰まった状態で大樹に電話を掛けたのだった。

『何? ちょっと落ち着け』

「す、すみません。でも、ホントにどこにも居ないんですよ!」

『わぁったから! 落ち着け! よく探したのか? ゴミ箱の中は?』

「落ち着いて下さい」

『……悪い』

 電話を切ると、直ぐに大樹が事務所へ駆け付けた。

に連絡は?」

「それがまだなんです……何故か我台さんも電話に出なくて。二人一緒なら良いんですが……」

「GPSの反応はあるか?」

「え?」

「守樹のGPS。そのパソコンから探知出来る筈だ。さっさと立ち上げろ」

「で……でも、もしも誘拐だとしたら携帯電話なんて取り上げられるか捨てられるか、取り上げられたとしても電源はきっと……」

「携帯じゃねぇ、靴底だ。喋ってる暇があるなら手を動かせ」

「す、すみませんっ!」

――シスコン怖過ぎだろ。よくそんな細工できたな。

「お前の靴底にも仕込んであるぞ」

「……はい?」



 * * *



 守樹のGPS信号を発見したマオが、大樹に声を掛けた。

「ありました!」

「どこだ?」

「え、わかんないけど……森? 林? え、大樹さん、この記号って何ですか?」

「……何でもいい。パソコン繋げたまま走れ」

「言うと思いましたよ」

 そのまま二人は大樹が借りて来たスポーツタイプのレンタカーに乗り込むとマオの運転で、急いで反応のあった場所へ向かった。



 * * *



 現場付近で車を降りたマオと大樹は、周囲を警戒しながら先へ進む。
すると何やらボソボソと話し声がするのに気付き、足を止める。
そっと声の方を覗くと我台と七尾、その他数名の警察官達の姿が見えた。

「やっぱり守樹サン、何か事件に巻き込まれて……」

「…………」

 大樹は何も答えず、二人の足は止まったままだ。

「大樹さん、どうします? 我台さんと合流した方が良いですよね?」

「そうだな。いや、タヌキ共と合流する。お前はここで少し様子を見てろ。バレんなよ、いいな?」

「え、わ、わかりました」

 マオの返事を聞いた大樹は、先程までとは違い、堂々とした足取りで我台達の方へ歩いて行った。

 大樹の足音に気付いた警官達は一斉に拳銃を構える。

「!」

 ただならぬ事態にマオは思わず声が漏れそうになるが、手で塞ぎ抑える。

おびただしい数の拳銃に、大樹は怯む事無く歩き続けている。

「おーおー、物騒なこって。何だよタヌキ、一丁前に現場監督かぁ? だからメタボが治らねんだよバーカ」

 我台がスッと静かに片手を挙げると警官達は銃を下ろした。

「大樹、お前こんな所に何の用だ?」

「散歩だよ、他に何か理由が要るか?」

「散歩……か、それは程々にしてもう帰れ。今は見ての通り、俺達全員が銃を構える程の事件ヤマが絡んでる」

「その事件ヤマってのは、俺の可愛い妹に関係あるんじゃねぇのか?」

「帰れ」

「イヤだね」

「なら拘束する」

「なん--……っ!」

 大樹の言葉は続かず、素早く地面を蹴った我台の裸絞が決まる。
ドサッと音を立てて倒れた大樹は無事なのか? マオは目を凝らす。

「一般人相手にを使ったと知れちゃ、また本部のお偉い方にしょっぴかれらぁ」

 我台の声が聞こえる。一人の警官が頷きながらそれに答えた。

「それはそうですが、が相手なら致し方ありませんよ」

「――だな。邪魔された上に失敗したでは俺のクビ一つじゃ済まんだろうしな」

――なんだよ脅かしやがって。シスコン野郎にはわりぃが、先に行かせてもらうぞ。

 ハラハラ波打つ鼓動を落ち着かせたマオは我台が相手でも話しにならないと判断し、大樹の犠牲を無下にしない為にも――死んでないが――歩みを進めた。

 暫く歩くと小さな木造の小屋が見え、中からは話し声が聞こえた。
マオは静かに小屋に近付き耳を澄ませると、聞こえたのは守樹の声だった。
もう一つ、違う声も聞こえる。

「好きにしろ。何度も言うが

「そう。素直じゃないね、守樹」

――既にある程度の証拠は抑えたって事か? なら問題ぇか。

 思い至ったマオは勢い良く小屋の扉を蹴破ると、守樹の元へ駆け寄った。

「守樹サン! こんなトコで何やってんの!」

「マオか?」

ほうけてないでっ! 怪我無い?」

「ああ」

「じゃあ帰るよ!」

 そう言ってマオは守樹を縛っていた縄を素早く解き、その華奢な身体を抱き上げる。

「帰る? 何言ってるんだ馬鹿かお前? 守樹はずっと俺と居るんだ! 帰るならお前一人で帰れよっ!」

 声を荒げた愛の感情に連動するかの様に強く床を踏み込み、高く飛び上がった恋が体を反転させながら鋭い目付きでマオを捉え、手に持っていたナイフを振り翳す。

 布が裂ける音がやけに大きく聞こえた気がした。

「……マオ、無事だな?」

「トーゼンです」

 破れたスーツから見えるマオの足には、十センチ程の深い切り傷が出来ていた。
床に落ちたナイフの刃は折れていて、柄だけ残ったはもう使い物にはならないと判断した恋は素早く投げ捨て間合いを取る。

 不機嫌そうに眉間に皺を寄せながら、愛が口を開いた。

「お前……?」

 恋は床に転がっていた鉄パイプを掴み、再びマオに挑む。

 マオは「懲りろ」と呟きながら先程ナイフを折った時と同じ様に、素早く体を回転させて足を上げた。
蹴り上げられた鉄パイプは弾かれた様に折れ、短く息を吐いて態勢を整えたマオがニヒルな笑みを浮かべる。

「テコンドーが趣味なんだよ」

「ふうん。地味なくせに、厄介な男だね」

「そいつはドーモ。じゃ、ウチの所長はもうの時間だから帰らして貰うわ」

 そう言って守樹を抱えたマオが恋と愛に背を向けると再び恋が仕掛ける。

「マオ!」

 マオのスーツをクシャリと掴んだ守樹に、マオも焦った風に声を上げる。

「ちょ! 守樹サン!」

 そして守樹を抱えたまま、体を捻って恋を避ける。

「いだだだだ! 身! 身! 身掴んでる! 足より痛ていんだけど!」

 その時騒がしい声が小屋を囲み、守樹とマオはそれがすぐに警察だとわかった。

「これ、もしかしてちょっとヤバい状況?」

「心配要らん」

 暢気な会話に被さった声は我台のものだった。

「落闇恋! 落闇愛! お前らを署へ連行する、罪状は誘拐罪及び傷害罪! 落闇恋、お前には加えて殺人未遂の現行犯と殺人容疑がかかってる!」

――あ、これ我台さんもしかして俺らが殺されかけるの黙って見てたな? ホントに殺されてたらどうすんだよ、洒落なんねぇぞ

「……なん……で?」

 鈴が転がる様な、可愛らしい声は恋から発せられたものだった。

現場に居合わせた者は皆、ボロボロと涙を流す恋に驚いている。
双子の弟である愛さえも目を見開いて、十年ぶりに話す恋に驚きを隠せない様子だ。

「わ、私は……愛に言われたから……。脅されて……してただけなのに……。何で……何で私までっ……何で私まで、連れて行かれなきゃいけないの!」

「……え、恋? 俺は恋を脅した事なんて一度もないじゃないか、何言ってるんだ?」

「利用されただけなのに!」

「恋?」

「その話しは後だ。どちらにせよ、お前達二人共連行する」

 恋はポカンとした表情で我台を見ていたが、やがて腹を抱えて笑い始めたかと思えば突然冷たい表情をこちらに向けた。

 愛は呆然と立ち尽くしていて、何を考えているのかわからない。
 甲高い恋の笑い声が鼓膜を刺激する。

「アッハハハハァッ! 何それ? バカみたい、私は被害者でしょ? コイツに顎で使われて、興味の無いババア共の断末魔と煩いガキ共の声を聞かされて……それなのに何よこの仕打ち? 私じゃなくてこのゴミが捕まるべきじゃない」

「……恋? ねぇ、何を言ってるの?」

「触るな、気持ち悪い。アンタさえ居なかったら私は今頃自力であのイカレた父親の元から逃げ出して、普通の生活送ってたわよ。それなのにこのクズ、アンタの所為でみーんな台無し。ホラ、誰を捕まえるべきか良くわかったでしょ? さっさと連れて行ってよ」

「胸糞わりぃー」

 思わず口をついて出たマオの言葉は、守樹にしか聞こえていなかった。

「狂気的だな」

 守樹の呟きに、マオは黙って頷いた。

 両脇を抱えられ抵抗する恋と反対に、放心状態で全く抵抗の色を見せない愛。
二人の姿を見て、守樹とマオはやるせなさを感じるのだった。

――哀れな……。



 * * *



 数日後、我台と七尾は香月探偵事務所を訪れていた。

「手土産も無しか?」

 向かい合うなり守樹が相変わらず無愛想にそう言うと、七尾が紙袋を差し出した。

「お好みに合うかわかりませんが、警察署名物の『ポリス饅頭』です」

 日本警察のマスコットキャラクターであるポーピ君がデカデカと印刷された包装紙を見て、守樹が溜め息を吐く。

「何故林檎を買ってこなかった?」

「だから、守樹サンそういう事言わないでって」

 我台が苦笑いで答える。

「今度来る時ゃ林檎だな」

「それはそうと、今日は何の用だ?」

「ああ。ベルダの件、協力感謝する」

「恋と愛は認めたのか?」

 守樹の質問に我台と七尾は目を合わせると、二人は同時に頷いた。

「恋の方はさせたが未だ言い逃れようしてるそうだ」

「愛は?」

「……彼は現在も取り調べ中ですが、こちらが怖くなる程素直に話しています。でもどこか上の空で、何と言うか……魂が抜けている様な、心ここに在らず……みたいな。目もドコを見ているのかわからない様な感じで。余程精神的ショックが大きかったんでしょうね」

 困った様に言う七尾に守樹は肩を竦めて見せた。

「無理もない。苦難を共に乗り越えてきた半身が、容易く自分を売ったんだ」

「そうですね」

 そう言った七尾の表情は悲しそうだった。

 我台が煙草に火をつける。
深く吸い込んで天井に向かって吐き出すと、ぼんやりと宙を見ながら言う。

「でも素直に認めてるんだ、愛の刑は軽くなるかもしれんな。未成年で責任能力の無い二人の背景には、育った環境が悪過ぎた事にあるんだ。恐らくそう重い罪には問われんだろう」

「そうか。についてはまた連絡を頼む」

「んぁ?」

 守樹の言葉に我台は面食らった様に目を丸くする。マオも七尾も同じ表情だ。
吃りながら七尾が聞き返す。

「え……と? こ、香月さん、それは一体どういう意味ですか?」

 守樹が首を傾げる。

「そのままの意味だが? 無能な警察には更に噛み砕いた説明が必要か?」

 放心状態にあった我台が気を取り直す。

「ん、まあ構わねぇよ。気は向かんがな」

 守樹は満足そうな表情で腕を組み、背凭れに体を預けた。
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