香月探偵事務所

山本記代 (元:青瀬 理央)

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第三章 色褪せた記憶

case11. クソガキですよ

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 日奈子からカロスの実の娘は舞子だと聞いた守樹とマオは、急いで京都を後にし、互いに会話もないまま舞子が居るであろうパレットへと足を踏み入れた。

「舞子、お前に聞きたい事がある」

 まるでこうなる事を予測していた様にゆっくりと顔を上げた舞子の表情は痛いほど儚げで、守樹の後を追っていたマオは言葉を失うと同時に足も止まった。
そして思考が停止し、ただ立ち尽くした。

今この場で真実を受け止めきれていないのは恐らくマオ一人だろう。
そんなマオに構う事無く、守樹と舞子の話しは進む。

「……聞いたのね、守樹。でも、私がカロスの実の娘だって聞いたのは事件が全て解決した後だったから、私自身も何も知らなかったの。……黙っていてごめんなさい」

「そんな事はどうでもいい。ベルダの犯行を阻んだのは本当にお前なのか? 全て話せ……いや、

 マオはどこか高い所からぼんやりと自分を見ている様な感覚に陥りながら、呆然と二人のやり取りを眺める。
 舞子が頷いた時、マオの後から息を切らした日奈子と伊鶴、道中連絡をした我台と七尾、更に無表情の大樹が入店した。

「お店を……閉めなくちゃね」



 * * *



 舞子の話しによると、高校時代に再び舞い戻ったこの地で守樹と再会し、守樹の母親がカロスと名乗る男に殺害されたと聞いた事から全てが始まったという。

 当時既に日奈子が情報屋として仕事をしている事を知っていた舞子は直ぐに連絡を取り、カロスについての情報を手に入れた。
日奈子は初めこそ言葉を濁していたが、舞子の真摯さに胸を打たれた……というよりは根負けをし、口を開く事になった。

 やがて自身のルーツを確認した舞子はカロス……基、有栖川創始はんざいしゃの実の娘として二度と同じ過ちが起こらぬように……二度と守樹の大切なものが失われないようにと誓い、当時より多くの犯罪者予備軍達に多大な影響を及ぼしたカリスマサイコキラーであるカロスの意志を継ごうとする者達の犯罪行為を、日奈子から聞いた情報を頼りに、非合法関係ない方法でその芽を摘んできたというものだった。



 * * *



「そしてベルダに辿り着いた……」

 守樹の言葉に舞子は頷く。

「舞子……」

 絞り出すように呟いた日奈子の言葉はそれ以上続かず、真っ直ぐに舞子を見つめる目には罪悪感が籠って見える。
 暫く沈黙が流れた後、漸く口を開いたのは我台だった。

「署でもう一度聴かせてくれるな?」

 頷いてカウンターから出てきた舞子の隣に、寄り添う様に七尾が並ぶ。

「……失礼します」

 その場に居る全員に向けて掛けられた七尾の言葉に応える声は無かったが、ただ一人、日奈子だけが深々と頭を下げていた。
伊鶴は日奈子に寄り添い、彼女が上体を起こした時は優しく包み込む様に肩を抱いた。

「大丈夫。お話しを聴かせて頂くだけです」

 日奈子を安心させる様に七尾は微笑んだ。大樹は何も言わず、通り過ぎる舞子を見つめる。
 そして舞子が車に乗り込もうとした時、守樹が声を掛けた。



「――ッ!」

 舞子は動作を止めると、ゆっくり守樹の方へ振り返り、今にも泣きだしそうな表情を浮かべながら一つ頷くと、そのまま車に乗り込んだ。

 遠ざかる車を見つめながら守樹は小さく呟く。

「――今度は言えた……」

 その声は誰の耳にも届く事は無く、青い空へと吸い込まれていった。



 * * *



 事情聴取の為、舞子が我台と七尾に警察署へ任意同行した今日は香月探偵事務所は休みとなり、マオはコンビニで夕食と晩酌用の酒を購入し、帰路に就いていた。

――明日はどうすんだろ、休みか? 聞いときゃ良かったけど、そんな空気じゃなかったしな。一応出勤しとくか。

 満月のおかげで明るい夜空を見上げながらそんな事を考えていると、ふと視界の端に公園が映り、いつもなら通り過ぎるのだが何故か今日は足が向いた。

――ここで晩メシ食ったらゴミも捨てられるし後が楽だな。

 そう思い立ち、ベンチへ目をやると人影に気が付く。

――……先客か?

 目を細めてその姿を確認しようとすると、佇んでいたのは守樹だった。
 内心驚きながらもマオは守樹の隣で足を止めた。
守樹はベンチをじっと見つめるばかりでマオの方を見ようともしないが、隣にいるのはマオだとわかっていた。

――何か言えよ、弁当冷めんだろ。

長い沈黙を破った声はとても静かなものだ。

「……心を、拾いにきた」

 マオの頭の上に疑問符が浮かぶ。

「……心を?」

「……何度もここへ置き去りにしたからな」

「……そう」

 静かな夜の風が二人の頬を撫でる。
 美しく煌びやかな空を見上げて、マオが口を開く。

「……守樹サン」

 守樹はベンチを見つめている。

「残ってて良かったね、ベンチ」

「――ああ」

 それから二人はベンチに座り、マオがコンビニで購入した弁当を分け合いながら夕食を済ませた後、ぼんやりと月を眺めていた。
マオは酒を片手にほろ酔いだが、それを気に留める様子も無くおもむろに守樹が言った。

「マオよ、お前は私をどう思う? 滑稽だと嗤うか?」

 質問の真意は理解できないマオだったが「いいえ」と答えてはにかんだ笑顔を守樹に向けた。

「クソガキですよ、ただの」

 酒のせいか少し気持ちが大きくなっているらしいマオの発言に、守樹は怒るわけでもなく「だろうな」と返した。

冗談か本気かわからないマオの言葉だったが――泣いてもいい。
そう言われた気がして守樹は声を殺し、雲ひとつない満天の星空を見上げ、美しい満月の下で静かに一筋の涙を流した。



 * * *



「そうだ守樹サン、明日は俺出勤?」

「当たり前だ。仕事はわんさと残ってる」

「えー、やだなー」

 夜道に伸びる二つの影はしっかりと、しかし優しく手を繋いでいた。
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