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最終章 赦されざる欺瞞者は嗤う
case14. 気持ち悪かった
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守樹と舞子がパレットが見える程度まで歩いていくと、上階へ続く階段の前で手を擦り合わせながら二人の帰りを待つマオの姿があった。
舞子はその姿を捉えると駆け出し、守樹はマイペースな足取りで後に続く。
「マオ君!」
舞子に気付いたマオは一瞬驚いた様に目を見開いたが、直ぐにそれは安堵を含む微笑みに変わった。
肌寒い秋の夜空の下で長い時間待っていたのだろう、守樹や舞子と同じく鼻の頭がほんのり紅く色付いているが構わずマオは眉を下げて笑った。
「舞子さん、守樹サン、おかえりなさい。やっぱり二人一緒だった。すっかり夜は冷えるようになりましたねぇ。二人とも寒かったでしょう? 少し時間が経っちゃったけど、コーヒー点てておいたから事務所へ行きましょう。……あ! 舞子さん、これでコーヒー豆のストックが全部なくなっちゃったのでまたお願いします」
笑ってマオがそう伝えると、舞子も同じ様に笑い「わかったわ、明日直ぐに持って行くわ」と応え、マオは礼を述べる。
そして何も言わない守樹に、逆三角形に吊り上がった目を向けた。
「守樹サンもお礼言って!」
しかし一蹴。
「大声を出すな」
相変わらずの二人のやり取りに、舞子はクスクスと笑った。
* * *
「守樹サーン! いい加減起きて下さいよー!」
「…………」
翌朝、営業を再開した事務所内に通る声は、やはり寝室に向けて掛けられていた。
「守ー樹ーサーン?」
フライ返しを折れそうな程力を入れて握り締め、浮かぶ青筋に震える肩……この久しい感覚に「全部終わったんだな」と改めて思わされる。
渦中の時こそ異常な程長い時間に感じたマオだったが、済んでみればさほど長い時間ではなかったような……なんとも言えぬこの不思議な感覚は、まるで幼い頃に感じたものと似ている。
「いつだっけ? あ、そうだ、小学校の卒業式だ」
思い出して、少し笑う。
――そんな平和なモンじゃねぇけど。
背後から足音が聞こえた。
――あいっつ、また!
マオはフライ返しを片手に振り返る。
「守樹サン! 裸足はダメだったら!」
怒鳴るマオをそっちのけに、守樹はまだ起ききれていない目でフライパンの中を覗く。
「今日はウインナーか」
おさまっていた筈の怒りがまた込み上げたのと、外から階段を上る足音が聞こえたのはほぼ同時だった。
以前守樹に聞いた様にその足音を観察すると、それは確かに四十段目の踊り場で足を止めている様だった。
しかし、左の踵を僅かに引き摺る癖までは聞き取れず内心悔しさに震える。
鳴らされたインターホンにマオの肩が跳ねた。
一度守樹の方に視線を投げ、扉の前に居るのは本当に舞子だろうかと自分の推測に不安になるマオだが、賭けに出る様に思い切ってその扉を開いた。
「おはようございます!」
営業スマイルを浮かべるマオだが、輪郭には冷や汗が伝っている。それを見た舞子が困った様に笑った。
「おはよう、マオ君」
――よ、よかった!
その場に座り込んでしまいそうな程安心した瞬間だった。
「守樹ったら相変わらずなのね」
舞子の呆れた様な、安心した様な言葉に、マオは一度くすりと笑ってから静かに首を振り「久々ですよ」と応え、舞子が「え?」と首を傾げる。守樹が作りかけの朝食をつまみ食いしている様子を見ながら、マオは続ける。
「やっと寝坊してくれたんですよ」
「……どういう事?」
「舞子さんが居ない間、俺が出勤するより先に身支度全部済ませてて、朝から夕方日が落ちるまでずっとあの公園に……」
「そう……だったの……」
「ええ。もう気持ち悪いのなんのって……今思い出しても鳥肌が立ちますよ、ほら」
本当にゾッとした様に身の毛を逆立てて見せたマオに、舞子は可笑しそうに声を上げた。
「マオ君たら」
釣られてマオも笑った。
「あ、舞子さん、これってコーヒーですか?」
「うん、あと林檎も!」
「マオ、早く朝食の用意をしろ」
「早くったって、守樹サンもうほぼつまみ食いしちゃったじゃない」
「守樹ったら、マオ君を困らせてばかりいちゃダメじゃない。早く顔洗ってらっしゃい?」
渋々といった様子で寝室へ戻る守樹にジト目を向けていたマオが溜め息を吐いた。
「舞子さんの言う事だけはきくんだから。……ったくもう!」
舞子はマオのその言葉に眉を下げて首を傾げると、困った様に笑った。
「そんな事ないわよ、守樹ったら頑固なんだもの」
舞子はその姿を捉えると駆け出し、守樹はマイペースな足取りで後に続く。
「マオ君!」
舞子に気付いたマオは一瞬驚いた様に目を見開いたが、直ぐにそれは安堵を含む微笑みに変わった。
肌寒い秋の夜空の下で長い時間待っていたのだろう、守樹や舞子と同じく鼻の頭がほんのり紅く色付いているが構わずマオは眉を下げて笑った。
「舞子さん、守樹サン、おかえりなさい。やっぱり二人一緒だった。すっかり夜は冷えるようになりましたねぇ。二人とも寒かったでしょう? 少し時間が経っちゃったけど、コーヒー点てておいたから事務所へ行きましょう。……あ! 舞子さん、これでコーヒー豆のストックが全部なくなっちゃったのでまたお願いします」
笑ってマオがそう伝えると、舞子も同じ様に笑い「わかったわ、明日直ぐに持って行くわ」と応え、マオは礼を述べる。
そして何も言わない守樹に、逆三角形に吊り上がった目を向けた。
「守樹サンもお礼言って!」
しかし一蹴。
「大声を出すな」
相変わらずの二人のやり取りに、舞子はクスクスと笑った。
* * *
「守樹サーン! いい加減起きて下さいよー!」
「…………」
翌朝、営業を再開した事務所内に通る声は、やはり寝室に向けて掛けられていた。
「守ー樹ーサーン?」
フライ返しを折れそうな程力を入れて握り締め、浮かぶ青筋に震える肩……この久しい感覚に「全部終わったんだな」と改めて思わされる。
渦中の時こそ異常な程長い時間に感じたマオだったが、済んでみればさほど長い時間ではなかったような……なんとも言えぬこの不思議な感覚は、まるで幼い頃に感じたものと似ている。
「いつだっけ? あ、そうだ、小学校の卒業式だ」
思い出して、少し笑う。
――そんな平和なモンじゃねぇけど。
背後から足音が聞こえた。
――あいっつ、また!
マオはフライ返しを片手に振り返る。
「守樹サン! 裸足はダメだったら!」
怒鳴るマオをそっちのけに、守樹はまだ起ききれていない目でフライパンの中を覗く。
「今日はウインナーか」
おさまっていた筈の怒りがまた込み上げたのと、外から階段を上る足音が聞こえたのはほぼ同時だった。
以前守樹に聞いた様にその足音を観察すると、それは確かに四十段目の踊り場で足を止めている様だった。
しかし、左の踵を僅かに引き摺る癖までは聞き取れず内心悔しさに震える。
鳴らされたインターホンにマオの肩が跳ねた。
一度守樹の方に視線を投げ、扉の前に居るのは本当に舞子だろうかと自分の推測に不安になるマオだが、賭けに出る様に思い切ってその扉を開いた。
「おはようございます!」
営業スマイルを浮かべるマオだが、輪郭には冷や汗が伝っている。それを見た舞子が困った様に笑った。
「おはよう、マオ君」
――よ、よかった!
その場に座り込んでしまいそうな程安心した瞬間だった。
「守樹ったら相変わらずなのね」
舞子の呆れた様な、安心した様な言葉に、マオは一度くすりと笑ってから静かに首を振り「久々ですよ」と応え、舞子が「え?」と首を傾げる。守樹が作りかけの朝食をつまみ食いしている様子を見ながら、マオは続ける。
「やっと寝坊してくれたんですよ」
「……どういう事?」
「舞子さんが居ない間、俺が出勤するより先に身支度全部済ませてて、朝から夕方日が落ちるまでずっとあの公園に……」
「そう……だったの……」
「ええ。もう気持ち悪いのなんのって……今思い出しても鳥肌が立ちますよ、ほら」
本当にゾッとした様に身の毛を逆立てて見せたマオに、舞子は可笑しそうに声を上げた。
「マオ君たら」
釣られてマオも笑った。
「あ、舞子さん、これってコーヒーですか?」
「うん、あと林檎も!」
「マオ、早く朝食の用意をしろ」
「早くったって、守樹サンもうほぼつまみ食いしちゃったじゃない」
「守樹ったら、マオ君を困らせてばかりいちゃダメじゃない。早く顔洗ってらっしゃい?」
渋々といった様子で寝室へ戻る守樹にジト目を向けていたマオが溜め息を吐いた。
「舞子さんの言う事だけはきくんだから。……ったくもう!」
舞子はマオのその言葉に眉を下げて首を傾げると、困った様に笑った。
「そんな事ないわよ、守樹ったら頑固なんだもの」
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