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27 カッサバの父娘
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ガイル達がベルゲンクライを出て王都へと向かう頃、ルキウスは配下の者を連れて王都を出立していた。しかしその中にマリニアの姿はなく、既にアーレイ教の聖地ログレスへと一人帰還していた。
マリニアはログレス教区の西のはずれに建つ巨大な白亜の塔の前で真っ黒な手綱を放して巨大な黒鷲から飛び降りる。この黒鷲がアーレイ教団の汚れ仕事を担った集団『闇夜の鴉』の異名の発端の一つであることを知る者は少ない。
飛び去る黒鷲を少しだけ見送ったマリニアは、胸元の三日月型のメダルを鎖ごと引き千切って投げ棄てる。表情を引き締めて体にフィットした黒い衣装の下から白銀の半月型のメダルを取り出し白亜の塔の大きな木の扉を潜る。目的の部屋を目指して正面にある乳白色の階段を急いで下った。
「メフィスト――様、キアラを連れて帰らなくて本当に良かったのでしょうか」
「マリニア、立ちなさい。それに二人の時は父と呼ぶよう何度も言っているでしょう」
「――申し訳ありません。しかしデニスが――」
「まったく、あなたやあの人の強情にはほとほと手を焼きます」
メフィストは目の前で跪くマリニアを困ったように見下ろす。
白亜の塔の地下にある彼の私室は、研究室や塔の名称と同じく机や壁も全て白で統一されている。その中でマリニアの黒を基調とした衣装はやけに浮いて見えた。
「またそんな服を着て。似合っていた礼拝衣装はどうしたのですか?」
「このほうが――メフィスト様が安心されるからと」
「またデニスですか。本当にあの人の教育は徹底していますね」
マリニアは何も答えなかった。答える必要がなかったからだ。
メフィストは滅多にない小さな溜め息をついた。
かつてアーレイ教で暗殺や謀略、誘拐窃盗など闇仕事を一手に引き受けたセクション『闇夜の鴉』は、主流派の勝手な思惑で粛清された。メフィストは壊滅寸前の彼らを教団本部と真向対立をしてまで引き受けた。
ログレス教区の空高くに浮かぶ浮遊都市ヴァーナルへ送り込む先兵としたい、と上層部を形式上は説得したのである。実際はその時の闇夜の鴉の頭目だったデニスから得た様々な情報で脅迫をしたのであるが。
また彼らを引き取った時に、この白の世界では黒を身に着けるようにも約束をさせた。もし悪事を働こうとしても必ず誰かの目につくからである。
「さすがに娘に命を狙われるとは思っていませんよ。それとも宰主のくせに私は甘い、とあなたの母デニスのようにあなたも呆れますか?」
メフィストはアーレイ教の中でも前衛的過ぎる研究機関カッサバの宰主にして導主会の一員。単に導主など辛気臭い呼称が嫌いで宰主と名乗っている。
マリニアは今回も何も答えなかった。答える言葉が思いつかなかったからだ。
そんな娘を見たマッドサイエンティストは満足そうに笑う。
マリニアは娘である以前にメフィストの信頼厚い配下で、カッサバの目の異名を持っている。そんな彼女が何かの間違いではないかと思わずにいられないほど、主は満面の笑みを浮かべていた。
「そう言えばキアラの口からあの人の名前が出たのでしょう? だとすればしばらくは静観が正解でしょうね」
「しかし――あの方は亡くなられて久しいです。それにキアラも早く助けてあげなければ」
マリニアはメフィストの配下になる前はデニスの側で働いていた。デニスはアーレイ教の闇の部分を担う闇夜の鴉のリーダーだった。
アーレイ教自体は圧倒的な信仰を集める宗教であるがゆえに敵も多い。クラフト王国では大多数の民がアーレイ教を信仰している。バルバロイ帝国やその他の地域ではそこまで多くはないものの広く行きわたっている。いずれの国や地域でもその影響力ゆえに支配層と険悪な関係になったことは枚挙にいとまがない。
表立っては月の女神を信奉する教派らしく、穏やかに物事を進めて解決しているかのように見せるが、現実はきれいごとだけでは済まない。
横暴な支配者や他宗派の狂信的な信者がアーレイ教会を襲うこともある。シスターしかいない修道院へ不埒な輩が押しかけることもある。闇夜の鴉の出番も非常に多種多様だった。
しかしある時、彼らの破壊活動がかなりの尾ひれを付けて広まってしまい、アーレイ教のイメージが大きく損なわれる事態が起きた。
そこで清廉派と呼ばれる導主三名が闇夜の鴉の解体を審議に掛けて導主会で決定された。導主会は六名の導主の多数決で運営されるのだが、同数の場合のみ教主が決定権を持つ。この時、いやこの時に限らずメフィストはいつも欠席だったため五名中三名の賛成で可決されることになった。
そして解体だけでなくすべてを葬るとの方針が密かに決められ、闇夜の鴉は粛清されることになったのだが、デニスはすべての刺客を返り討ちにした。それだけでなく闇夜の鴉の存亡を懸けてメフィストへ取引を持ち掛けて成功させたのである。
「まさかあなたも信じているのですか? 清廉派と称する愚か者共程度にあの人が遅れを取るはずがないでしょう」
「しかし現に闇夜の鴉は、メフィスト様が庇護してくださらなければ消滅していました」
「粛清に来る者達も同じアーレイ教です。単にあの人はそれまで自分の面倒を見た者達を手に掛けるのが嫌になった――いいえ、多分面倒くさくなっただけで、猿芝居を打ってどこかで隠れん坊をしているだけだと思いますよ」
滅多に見せない笑みを浮かべるメフィストの様子をマリニアは益々不気味に感じた。
マリニアはログレス教区の西のはずれに建つ巨大な白亜の塔の前で真っ黒な手綱を放して巨大な黒鷲から飛び降りる。この黒鷲がアーレイ教団の汚れ仕事を担った集団『闇夜の鴉』の異名の発端の一つであることを知る者は少ない。
飛び去る黒鷲を少しだけ見送ったマリニアは、胸元の三日月型のメダルを鎖ごと引き千切って投げ棄てる。表情を引き締めて体にフィットした黒い衣装の下から白銀の半月型のメダルを取り出し白亜の塔の大きな木の扉を潜る。目的の部屋を目指して正面にある乳白色の階段を急いで下った。
「メフィスト――様、キアラを連れて帰らなくて本当に良かったのでしょうか」
「マリニア、立ちなさい。それに二人の時は父と呼ぶよう何度も言っているでしょう」
「――申し訳ありません。しかしデニスが――」
「まったく、あなたやあの人の強情にはほとほと手を焼きます」
メフィストは目の前で跪くマリニアを困ったように見下ろす。
白亜の塔の地下にある彼の私室は、研究室や塔の名称と同じく机や壁も全て白で統一されている。その中でマリニアの黒を基調とした衣装はやけに浮いて見えた。
「またそんな服を着て。似合っていた礼拝衣装はどうしたのですか?」
「このほうが――メフィスト様が安心されるからと」
「またデニスですか。本当にあの人の教育は徹底していますね」
マリニアは何も答えなかった。答える必要がなかったからだ。
メフィストは滅多にない小さな溜め息をついた。
かつてアーレイ教で暗殺や謀略、誘拐窃盗など闇仕事を一手に引き受けたセクション『闇夜の鴉』は、主流派の勝手な思惑で粛清された。メフィストは壊滅寸前の彼らを教団本部と真向対立をしてまで引き受けた。
ログレス教区の空高くに浮かぶ浮遊都市ヴァーナルへ送り込む先兵としたい、と上層部を形式上は説得したのである。実際はその時の闇夜の鴉の頭目だったデニスから得た様々な情報で脅迫をしたのであるが。
また彼らを引き取った時に、この白の世界では黒を身に着けるようにも約束をさせた。もし悪事を働こうとしても必ず誰かの目につくからである。
「さすがに娘に命を狙われるとは思っていませんよ。それとも宰主のくせに私は甘い、とあなたの母デニスのようにあなたも呆れますか?」
メフィストはアーレイ教の中でも前衛的過ぎる研究機関カッサバの宰主にして導主会の一員。単に導主など辛気臭い呼称が嫌いで宰主と名乗っている。
マリニアは今回も何も答えなかった。答える言葉が思いつかなかったからだ。
そんな娘を見たマッドサイエンティストは満足そうに笑う。
マリニアは娘である以前にメフィストの信頼厚い配下で、カッサバの目の異名を持っている。そんな彼女が何かの間違いではないかと思わずにいられないほど、主は満面の笑みを浮かべていた。
「そう言えばキアラの口からあの人の名前が出たのでしょう? だとすればしばらくは静観が正解でしょうね」
「しかし――あの方は亡くなられて久しいです。それにキアラも早く助けてあげなければ」
マリニアはメフィストの配下になる前はデニスの側で働いていた。デニスはアーレイ教の闇の部分を担う闇夜の鴉のリーダーだった。
アーレイ教自体は圧倒的な信仰を集める宗教であるがゆえに敵も多い。クラフト王国では大多数の民がアーレイ教を信仰している。バルバロイ帝国やその他の地域ではそこまで多くはないものの広く行きわたっている。いずれの国や地域でもその影響力ゆえに支配層と険悪な関係になったことは枚挙にいとまがない。
表立っては月の女神を信奉する教派らしく、穏やかに物事を進めて解決しているかのように見せるが、現実はきれいごとだけでは済まない。
横暴な支配者や他宗派の狂信的な信者がアーレイ教会を襲うこともある。シスターしかいない修道院へ不埒な輩が押しかけることもある。闇夜の鴉の出番も非常に多種多様だった。
しかしある時、彼らの破壊活動がかなりの尾ひれを付けて広まってしまい、アーレイ教のイメージが大きく損なわれる事態が起きた。
そこで清廉派と呼ばれる導主三名が闇夜の鴉の解体を審議に掛けて導主会で決定された。導主会は六名の導主の多数決で運営されるのだが、同数の場合のみ教主が決定権を持つ。この時、いやこの時に限らずメフィストはいつも欠席だったため五名中三名の賛成で可決されることになった。
そして解体だけでなくすべてを葬るとの方針が密かに決められ、闇夜の鴉は粛清されることになったのだが、デニスはすべての刺客を返り討ちにした。それだけでなく闇夜の鴉の存亡を懸けてメフィストへ取引を持ち掛けて成功させたのである。
「まさかあなたも信じているのですか? 清廉派と称する愚か者共程度にあの人が遅れを取るはずがないでしょう」
「しかし現に闇夜の鴉は、メフィスト様が庇護してくださらなければ消滅していました」
「粛清に来る者達も同じアーレイ教です。単にあの人はそれまで自分の面倒を見た者達を手に掛けるのが嫌になった――いいえ、多分面倒くさくなっただけで、猿芝居を打ってどこかで隠れん坊をしているだけだと思いますよ」
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