騎士を愛した王女は、呪いで振り子時計になった。

間宮芽衣

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【7】初恋の騎士と、希望をくれた少年。

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 カチ、コチ、カチ、コチ…

 私が振り子時計になってから、何故かライオネスは殆ど笑わなくなった。

 彼は近衛騎士から自ら王国騎士団への異動を希望し、遠征で家を空けることも多くなった。

 騎士としてずっと私に仕えてくれていたライオネス。

 きっと彼は、私を思い出せないことが苦しくて、城に残るのが辛かったのだ。

 ただ、傍で時を刻むだけで何も出来ない私。

 ――貴方のことが心配だった。

(ねぇ、ライ。笑って。私、貴方の笑顔が大好きだったのよ。)

 私がいくら語りかけても、貴方に決して声は届かない。

(ねぇ、ライ。お願い、元気を出して。)

 虚ろな瞳をする貴方が目の前にいても。

 カチ、コチ、カチ、コチ…

 慰めることも、声を掛けることも、触れることも出来ない私。

 静かに時を刻み続けながら絶望し続ける。

(――お願い。誰か。…誰かライのことを助けてあげて。)
 
 

それは、私にはもう出来ないことだから。


◇◇

 ――転機が訪れたのは3年後だった。
 
 家にヘレンさんがやってきたのだ。

(…おめでとう。ライ。大事な人が出来たのね。)

久しぶりに幸せそうに笑うライオネスを見て、私は寂しさ以上に嬉しさを感じていた。

 ヘレンさんは穏やかで優しい女性だった。

 夜になると仕事終わりのライオネスと一緒にヘレンさんはお茶を飲みながら、たわいも無い話をしていた。

 そんな2人を私は穏やかな気持ちで見守る。

 カチ、コチ、カチ、コチ…

 やがて、ヘレンさんのお腹の中には男の子が出来て、日に日にお腹が膨らんでいった。

「ねぇ、ライ。この子の名前、エドワードなんてどうかしら。『守る』っていう意味があるの。

 いつか大切な人を守れるように、願いを込めて。」

ヘレンさんの言葉にライオネスは微笑む。

「ああ。いい名前だ。強くて、優しい子に育って欲しい。」

 『エドワード。』

 その名前が、やがて私の希望になるなんて。

 あのときの私はまだ知らなかった。


カチ、コチ、カチ、コチ…


 しばらくして、エドワードが生まれた。

 ヘレンさんの亜麻色の髪に、目元がライオネスにそっくりな可愛らしい赤ちゃんだった。

 待望の赤ちゃんの誕生にフォード家は喜びに包まれた。
 
「あう、あう。」

小さな身体で一生懸命動くその姿に何度元気を貰ったか分からない。

 ――その一年後。

 産後の肥立ちが悪かったヘレンさんは流行り病で呆気なく儚くなってしまった。

「ヘレンっ!ヘレン!!いやだ嫌だっ。目を開けてくれ。」

ヘレンさんの亡骸を抱きしめながら慟哭するライオネスの姿が頭から離れない。

(…そんな。どうして…。)

 邸には、再び悲しみの空気が立ち込めた。

 カチ、コチ、カチ、コチ…

 それでも、私は時を刻み続ける。

 ――そんな中で、この家でいつも私に話しかけてくれるのはエドワードだった。

 トテトテ…と歩いて私のところまで来ては、覚えたばかりの言葉をニコニコと披露してくれる。

 そして、物心がついた頃には、私に触れながら色んな話をしてくれた。

 この子は物心つく前にヘレンさんを亡くし、ライオネスは逃げるように仕事に没頭している。

 だからきっと、寂しくて『おしゃべり相手』のつもりだったのだろう。

 ――けれどいつしか彼の言葉は、私の心の痛みにまでそっと寄り添うようになっていた。

「ねえ、聞いて!今日僕、テストで満点だったんだよっ!」

嬉しいことも。

「…今日剣の先生にはっきりと、『才能がない』って言われちゃったんだ。」

悲しいことも。

「今日、隣のクラスの女の子がクッキーをくれたんだ。でもその子、僕の友達の好きな子でさ。…何だかちょっと気まずかった。」

たわいのない事も。

「僕、駄目元で宮廷魔導士の試験を受ける事にしたんだ。父さんは驚くかもしれない。でも。…本気で頑張ってみようと思う。」

そして、あの子にとっての大きな決断も。

 ――全て私にいつも話してくれた。


 カチ、コチ、カチ、コチ…

 ライオネスのことは大好きだったけれど、その分何も出来ないもどかしさばかりが募っていった。


 ――だから、なんでも話してくれて、人として寄り添うことを思い出させてくれたエドは間違いなく私の『光』だったのだ。

 エドが笑ったら私も嬉しかったし、彼が泣いていたら抱きしめてあげたかった。

 心の中で、いつも一緒に笑って泣いて寄り添っていた。

 彼のおかげで『人間である事』を私は忘れずに済んだ。

 エドはきっと自分がどれほど私を救ってくれたのか知らないだろう。


 ――そして、遂にその時が来た。

(…ああ。ライ。貴方、遂に死んでしまったのね。)

 彼が亡くなった瞬間、私の『魂』が震えたのがわかった。心の奥底が、何かに引き裂かれるように痛む。

 私は彼の『死』を悼んでベルを鳴らす。

 ゴーン…ゴーン…。

(っ…。さようなら。)

 私は泣きながら叫ぶ。

 目の前には呆然とした顔のエドワードが椅子に座って、私の事を見つめている。

(ライオネス。

 貴方のこと、大好きだった。初恋だったの。

 国を捨てて、ずっと一緒にいたいと願ってしまうほどには。

 どうか。天国ではヘレンさんと沢山笑っていて。


 …エドを残してくれてありがとう。

 私、きっと…

 彼がいなかったら『生きていく気持ち』なんてとっくに忘れていたと思うから。)

カチ、コチ、カチ、コチ…

 「…っ。父さん…。父さんまでいなくなったら、僕はたった1人になってしまう…。」

目の前でエドが泣いていた。
 
(…抱きしめてあげたいわ。)

そう思った瞬間。

 カチ、コチ、カチ、コチ…

 …かち。

 ――私は人間になった。

 
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