騎士を愛した王女は、呪いで振り子時計になった。

間宮芽衣

文字の大きさ
9 / 12

【8】25年ぶりの誕生日。そして悪夢が来た。

しおりを挟む
「君は…一体誰なの?」

 エドワードはかなり驚いたようで目を見開いていた。

「…ごめんなさい、信じられないかもしれないけど、私、ずっとこの時計に閉じ込められていたの。」

泣いているエドワードをそっと抱き締める。

 久しぶりに感じた誰かの体温は、とても温かかった。

◇◇

 エドワードと過ごす日々はとても新鮮で楽しかった。

 料理を作る度にエドはいつも嬉しそうに顔を綻ばせて食べてくれた。

 ――料理は嫌いではない。

 王女だった時は自分で料理することは少なかったけれど、差し入れやプレゼント等で簡単なものを作る機会はあった。

「エド、ソースが付いてるわよ。」
指先で拭ってあげると、彼は赤面して俯いた。

「ふふ、可愛い。」

そう言うと、彼はさらに耳まで赤くなった。

「…もうっ。ほら。そろそろ出なきゃ。準備は出来てる?」

「ええ。行きましょうか。」

私達は一緒に家を出る。

 ふと顔を上げると、エドがくれた黄色いガーベラの花が窓辺で風に揺れていた。

(…誰かに好きなものを聞かれたのは、初めてかもしれないわ。)

時計になる前は侍女達が普段の私を見て、好むものを言わなくても察してくれていたからだ。

 私の好きなものを知る度に嬉しそうに笑うエドを見ていると、最近胸が高鳴るようになった。

「ねぇ、フローラ。もうすぐ誕生日だよね。何か食べたいものはある?」

「そうね。王都の新しいレストランに行ってみたいわ。魚料理が美味しいって評判みたいなの。」

「わかったよ。予約しておくね。」

フワリと笑う顔を見る度に心が凪いでいく。

 煉瓦の街道を歩いていると、青々とした緑が春風に揺れている。

 私は、エドと2人でたわいも無い話をしながら歩く、この時間が大好きだった。

 あっという間に王宮の前に着く。

「それじゃ、またあとで。帰りはここで待っていて。」

そう言って手を振るエドに私も笑顔で手を振り返す。


――王太后様、つまり、母の話し相手として。

 侍女として働き始めてから一ヶ月が経つ。

 はじめは、白髪が多くなった母を見て『…ああ、歳を取ったんだなぁ。』とやるせない気持ちになったけれど。

 フローラ、と呼びかける声は何も変わっていなくて胸が震えた。

「…なんだか貴女の入れてくれたお茶を飲んでいると、懐かしい気分になるの。

 まるで、無くしてしまった大切な人が帰ってきてくれたような。」

目尻を下げて笑う顔も昔のままだ。

「――そうやってお二人で並んでいるのと、まるで本当は親子のようですね。」

マギーが優しい顔で目を細める。

 彼女は実は、昔は私の専属の侍女だった。

 面倒見が良く、仕事熱心なところは何も変わらない。今は結婚して、私よりも年上の娘もいるらしい。

 歳が4つしか変わらなかったはずの彼女が急に母親になっていて驚いたものだ。

 母は、昔なら口にしなかったような話をたくさん聞かせてくれた。

 たとえば、悩み。嬉しかった出来事。何か大切なことを忘れてしまって苦しんでいた日々。

 私はただ、黙って耳を傾けていた。

「何故か、貴女には何でも話してしまいそうになるわ。」
そう言って、母は笑った。


 それはまるで25年という月日を埋めていくかのようだった。

 ――帰り道、エドがいつものように黄色いガーベラを一輪プレゼントしてくれた。最初の頃にくれたものは、大切に押し花にしている。

「はい。これ。」
 
そう言って、彼は優しい笑顔で花を渡す。

(――ああ、私この人の事が好きだ。)

 ガーベラの数だけ、思いも重なっていく。

 それは、ライオネスと一緒にいた時のドキドキする『恋』とは違い、優しくてあたたかい、まるでひだまりのような『愛』だった。

◇◇

「乾杯!」
今日は私の誕生日。

 エドが予約してくれたレストランで2人でワイングラスを傾ける。

「エド。美味しいわ。」
そう言って白身魚のムニエルを頬張る私をエドは優しい顔で見つめている。

「これ、誕生日プレゼント。」

そう言って渡されたのは、私の瞳の色と同じサファイアが入った可愛らしいネックレスだった。

 きっと高かったに違いない。

「…まあ。いいの?」

「うん。君に付けてもらいたかったんだ。」

そう言って真剣な目で私を見つめるエドにジワジワと顔に熱が溜まっていく。

「…ありがとう。」

私がそう言うと、エドは満足そうに笑ったのだった。


――家に帰り、部屋で寛いでいた時だった。

 鏡を見て髪を梳かす手が、ふと止まった。

 ……背中に、視線を感じる。

 なのに鏡には、私の姿しか映っていない。

 そのときだった。

 突然、窓から入る風の音や部屋の外の音、時計の音などが何一つ聞こえなくなった。

 まるで
 私はこの感覚を知っている。

 これは。

「お久しぶりです。この上なく美しく、そして愚かなお姫様。」

フードを被った悪魔が口元だけニイッと上げるのが鏡越しに見える。

「…嫌。」

私の心臓はバクバクと早鐘のように打つ。

「困るんですよねぇ。貴女が目覚めてしまったせいで記憶や記録に綻びが出てしまいました。」

「嫌っ!嫌ぁああああああ!!!!!エドっ!エドッ!!助けてっ!!」

私の言葉は空気を震わせ、再び音が聞こえ始める。

「フローラ!どうしたっ!」

バタンッと部屋の扉が開きエドが助けに来てくれる。

「…お前は!」

エドが私を庇いながら男を見て険しい顔をする。

「…厄介ですね。」

そう言って男は夜の闇に溶けて込んでいく。

「エドッ!エド!怖いっ!怖いの。」
私は恐怖でガクガクと震える。

「っフローラ!大丈夫っ。…大丈夫だから。」

――エドはいつまでも優しく背中を撫でながら抱きしめていてくれた。






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました

星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎ 王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝―― 路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。 熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。 「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」 甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。 よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、 気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて―― しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!? 「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」 年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。 ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。

冷徹公爵閣下は、書庫の片隅で私に求婚なさった ~理由不明の政略結婚のはずが、なぜか溺愛されています~

白桃
恋愛
「お前を私の妻にする」――王宮書庫で働く地味な子爵令嬢エレノアは、ある日突然、<氷龍公爵>と恐れられる冷徹なヴァレリウス公爵から理由も告げられず求婚された。政略結婚だと割り切り、孤独と不安を抱えて嫁いだ先は、まるで氷の城のような公爵邸。しかし、彼女が唯一安らぎを見出したのは、埃まみれの広大な書庫だった。ひたすら書物と向き合う彼女の姿が、感情がないはずの公爵の心を少しずつ溶かし始め…? 全7話です。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

【完結】冷酷陛下はぬいぐるみ皇妃を手放せない~溺愛のツボはウサギの姿?それとも人間(中身)の私?~

りんりん
恋愛
「これが私ということですか? まさか冗談ですよね」 レイン様との初めての夜。 私は鏡の中の自分にかわいた笑い声をあげた。 真っ白なフワフワの身体。 丸い虹色の瞳。 なぜか私はお父様からいただいたぬいぐるみの姿になっていたからだ。 「何を企んでいるんだ。魔法でぬいぐるみになって、俺の寝首をかくつもりなのか」 レイン様は凍り付いた瞳を私にむけた。 レイン様の正式な名前はレイン・ファン・バルバドで、バルバド帝国の若き皇帝陛下でもある。 冷酷な事でしられるレイン様の二つ名は【血の雨】という。 そんな美しくも恐ろしい皇帝陛下にウサギ村の貧乏令嬢である 従姉妹に婚約者を奪われた私はひょんな事から嫁ぐことになった。 私はお金の為に。 陛下は政治的な立場をまもるための契約結婚だったけれど。 「皇妃がウサギになった事がばれるときっと大騒ぎになるだろう。 しばらくは俺達だけの秘密にしておくんだ」 そう言ってレイン様は私をポショットにいれて連れ歩く事にした。 貴族会議や公務にともなわれた私がポショットの中から見たのは、 レイン様の孤独や思いがけない温かさだった。 そしていつしかぬいぐるみの分際で、皇帝陛下を愛し始めていたのだ。 レイン様のお役に立ちたい。 その一心で聖獣ラビと契約を交わし不思議な魔法を使えるようにも なった。 なのにレイン様の反勢力派に捕らえられてしまう。 私はレイン様の弱みになりたくなかった。 だから彼らと一緒にこの世から消えるつもりだったのに。 騎士達を率いたレイン様が反勢力のアジトへ突入してきたのだ。 これは私、キャンディラビットがぬいぐるみになって冷酷皇帝陛下レイン様に溺愛される、ちょっと不思議なお話です。 (土曜日曜の二日間で一気に完結まで更新いたしますので、安心してお楽しみください。 よろしくお願いいたします)

【完結】魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――

ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。 魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。 ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。 誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件

水月
恋愛
「君を愛するつもりはない」 結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。 出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。 愛を期待されないのなら、失望させることもない。 契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。 ただ「役に立ちたい」という一心だった。 ――その瞬間。 冷酷騎士の情緒が崩壊した。 「君は、自分の価値を分かっていない」 開始一分で愛さない宣言は撤回。 無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。 以後、 寝室は強制統合 常時抱っこ移動 一秒ごとに更新される溺愛 妻を傷つける者には容赦なし宣言 甘さ過多、独占欲過剰、愛情暴走中。 さらにはリーリアを取り戻そうとする実家の横槍まで入り――? 自己評価ゼロの健気令嬢と愛が一分も我慢できなかった最強騎士。 溺愛が止まらない、契約結婚から始まる甘すぎる逆転ラブコメ

今さら遅いと言われる側になったのは、あなたです

有賀冬馬
恋愛
夜会で婚約破棄された私は、すべてを失った――はずだった。 けれど、人生は思いもよらない方向へ転がる。 助けた騎士は、王の右腕。 見下されてきた私の中にある価値を、彼だけが見抜いた。 王城で評価され、居場所を得ていく私。 その頃、私を捨てた元婚約者は、転落の一途をたどる。 「間違いだった」と言われても、もう心は揺れない。 選ばれるのを待つ時代は、終わった。

処理中です...