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【9】忘れられた王女と、記憶を喰う悪魔。
しおりを挟む「エド。フローラ殿に『呪い』をかけていた悪魔の正体がわかった。」
次の日、朝一番にウィリアム様から呼び出された僕は、開口一番にそう告げられた。
「どうやら『願い』を叶える代わりに対象者を閉じ込めて人間の大切な記憶や感情を喰らう悪魔らしい。
その上、対象者の『願い』は必ず『歪んだ形』で叶えられるそうだ。
他国の文献なども片っ端から調べて、ようやく見つけることが出来た。
――フローラ殿は王女だった。
…綻びの出た『記録』を見ると、知名度も人気も高かったようだ。
彼女が存在した記憶を全て喰らうことが出来たとすれば。
…さぞかし多くの人間のものだったに違いない。」
「…実は昨日の夜、家に悪魔が出ました。フローラに何か危害を加えようとしていたようです。」
その言葉にウィリアム様は目を見開く。
「急がねばならない。
悪魔は奪った記憶を糧に生きている。
フローラ殿が目覚めたことで記憶や記録に綻びが出ている。自分の力が弱まったことを感じているのだろう。
恐らく何らかの方法で彼女が存在した記憶を奪い返そうとしてくるはずだ。」
「ウィリアム様。どうやったら奴を倒すことができるでしょうか。」
僕の言葉にウィリアム様が眉を下げる。
「悪魔は『言葉』に弱い。恐らく何らかの呪文や特定の言葉で倒すことできるようだ。
――だが、その『言葉』が何かまでは、わからなかった。」
「…僕も探してみます。」
「ああ。彼女がこの国の王女であることは間違いない。今度こそ守らねばなるまい。…出来るだけフローラ殿から目を離すなよ。」
僕は頷く。
「…善処します。」
◇◇
「はい、フローラ。」
その日の帰り道、僕がいつものように黄色いガーベラを渡すとフローラは緊張したように僕を見つめた。
「ありがとう。
…エド。お願いがあるの。」
彼女の言葉に僕は笑顔で頷く。
「何?僕が出来ることであれば。」
なんと、フローラは王太后様に『ドレスを贈るので2週間後の前王陛下の誕生日を祝う夜会に一緒に出て欲しい』と言われたそうだ。
「…その。エスコートして貰えないかしら。」
その言葉に僕は目を見開く。
「…僕でいいの?」
「…エドじゃないと嫌なの。」
そう言って頰を染めるフローラにジワジワと胸が喜びで溢れてくる。
「喜んで。」
僕が答えると、彼女は満面の笑みで笑った。
「…ありがとう。」
「じゃあ今から手を繋ぐ…?」
わざと耳元で言うと、フローラはさらに真っ赤になる。
「…ええ。」
僕達は無言で、一本一本の指を絡み合わせるように手を繋いで歩く。
彼女の手はしっとりとしていてとても柔らかかった。
言葉は無くても、指に感じた体温を通して気持ちが伝わりあっていくような気がした。
その日から僕らは毎日一緒に手を繋いで帰るようになった。
――そして、あっという間に夜会の日になった。
僕は、久しぶりにタキシードを身につけて、王宮の一室で他の侍女達にドレスを着付けされるフローラを緊張しながら待っていた。
「…エド。」
美しい声がして、振り向く。
そして、僕はフローラのあまりの美しさに言葉を失って固まる。
「エド…?」
すると、周りの侍女達から睨まれてハッとする。
「…ごめん。あまりにも綺麗過ぎてボーッとしてた。」
その言葉に彼女の顔がジワジワと赤くなる。
「…ありがとう。その、貴方も素敵よ。」
何だか気恥ずかしく思いながら、僕は手を差し出す。
「…行こう。」
僕の言葉にフローラも恥ずかしそうに頷く。
「…ええ!!」
◇◇
夜会会場に着くと、人々はフローラを見て息を呑む。
「…どなた?」
「なんて、美しい。まるで春の女神がこの世に舞い降りたようだ。」
「…おかしいわね。初めてお会いするのに、私あの方を見たことがあるような気がするの。」
エスコートしながら僕は、何となく記録だけじゃなく、人々にフローラの記憶も戻りそうになっていることを感じる。
僕は会場の隅で警護をして下さっているウィリアム様とキースを見つけて目配せをし合う。
(――悪魔が何か仕掛けてくるとすれば、きっと夜会の日だろう。大勢の人間の記憶を奪うことが出来る絶好のチャンスだからな。)
ウィリアム様の言葉が頭の中を反芻する。
僕達が挨拶に伺うと、王太后様と前王陛下がフローラを見て目を見開いた。
「ああ、フローラ。なんて美しいの。…まるで夢に出てくる失った娘がそのまま戻ってきてくれたようよ。」
そう言って、王太后様がフローラを抱きしめるとさらに周りの参加者達が騒ついている。
前王陛下は驚愕の表情でフローラを見つめている。
「…そなたは一体…。」
「初めまして、前王陛下。『フローラ』と申します。この度は王太后様にご招待頂きまして、参加させて頂いております。…お誕生日おめでとうございます。」
「そ、そうか。…ありがとう。楽しんでいくと良い。
皆の者、此度は私の為に集まってくれて礼を言う。存分に楽しんで行っておくれ。」
楽団がワルツを奏で始めると、人々は踊り出した。
「…踊ろう。」
僕が手を差し出すと、フローラは目を見開く。
「エド、貴方踊れたのね。」
「…まあね。」
伯爵家出身のキースが僕が夜会に出ると聞いて慌てて教えてくれたのだが黙っておく。
チラッとキースの方を見ると『やるじゃんっ!』と言わんばかりに親指を立てていたので頷いておく。
2曲程踊り終えて飲み物を取りに行っている時だった。
グラスを手にしながら、ふと視線を感じた。
会場の片隅――柱の陰。
誰かがこちらを、じっと見ている。
黒いマントに、深くフードを被った男――。
(…あいつだ!)
目が合ったわけじゃないのに、背筋に氷の刃を這わされたような感覚がした。
僕が身構えたその瞬間だった。
会場が、妙な沈黙に包まれる。
楽団の演奏もいつの間にか止まり、誰かが、低く呻いた。
「…ああ、頭が痛い…。」
「…思い出せない…。」
次々と人々が、額を押さえてよろめく。
中には膝をついて倒れこむ者もいた。
「ウィリアム様っ!」
僕が叫ぶと、彼もすでに動いていた。
「エド、フローラ殿を庇え!」
ウィリアム様が指を鳴らすと、空気がビリビリと震え、青白い魔法陣がフローラの足元に浮かび上がる。
光が弾け、透明な結界が彼女を包み込んだ。
だが――その瞬間、空気が揺れた。
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