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第一章 回り出した歯車
異変
青々とした葉のうえで、朝露が光を反射して煌く。
キャベツはギッシリと葉を茂らせ、地中からは色鮮やかな人参が、ひょっこりと顔を覗かせている。
そこは様々な種類の野菜がたわわに実った、見事としか言いようのない野菜畑だ。
そんな畑の中に、ほっそりとした体躯に似つかわしくない、大きなじょうろでもって水を撒いていく、一人の少女がいる。
額や首筋に汗を滲ませ、無駄のない動作でテキパキと畑仕事をこなしていく様は、年齢に似つかわしくない〝慣れ〟を感じさせるものだ。
しかし少女の表情は、その軽やかな動作と反比例するかのように、重く沈んだものだった。
「おじいちゃん……これ食べたら元気になるかな」
収穫したばかりの野菜の土を払いながら、少女──ラズリはぽつりと呟く。
彼女にとって、家族と呼べる人は祖父一人しかいない。両親は、ラズリが物心つく前に事故で亡くなったと聞いた。
だから祖父には少しでも長生きしてもらいたいと思っているのに、最近の祖父は明らかに元気がない。
どこか、身体の調子でも悪いのかな……。
以前の祖父なら、ラズリ一人に畑仕事を任せることはなかった。
一日に何度も畑へ足を運んでは、成長具合や病気の有無をチェックし、楽しそうに水やりをしていた。
年齢のせいで足腰が痛むことはあっても『年寄り扱いするな!』と言って、畑へ通うことを頑としてやめようとはしなかった。
そんな祖父が、家から出なくなったことに気付いたのはいつだったろう。
キビキビと一日中忙しなく動き回っていた祖父が、家からはおろか、部屋からもほとんど出なくなってしまった。
食事をする時などは当然出てくるのだが、話しかけても心ここにあらずといった様子で返答も曖昧。食事が終わると、またすぐに部屋へと戻ってしまう。
村長でもある祖父は、村人から相談を受けることがたまにあり、その事で頭を悩ませる事は今までに何度かあったけれど、数日も経てば普段通りに戻るため、そこまで気にした事はなかった。なのに、今回はいつまで経っても元に戻る様子がない。
こんなにも長い間、沈んだままでいる祖父は見たことがなかった。
今までは『ただ頭を働かせるより、体を動かした方が良い考えが浮かぶ』と言って、悩んでいる時ほどせっせと体を動かしていたのに。
どうして急に、こんな風になってしまったんだろう?
こうなる前に兆候はあった筈なのに、自分が大して気に留めていなかったせいで、ここまで酷くなったのだろうか?
もっと早く、祖父が外出しなくなった時点で話を聞いていたら、結果は違っていたのだろうか。
最初に異変を感じた時、祖父はまだ部屋に篭ってはいなかった。
いつもと少し様子が違うような気はしたが、また村人からの相談事で頭を悩ませているのだろうと思っていたから、あまり気にしていなかったが。今思えば、それが間違いだったのだ。
それからの祖父は日に日に口数が減り、必要最低限しか自室から出てこなくなってしまった。
いつも楽しそうにラズリの話を聞いてくれていたのに、最近では、こちらの声が聞こえているのかどうかさえ、分からなくなる時がある。
何が祖父をここまで変えてしまったのだろう?
それとも何か、精神的な病にかかってしまったとでもいうのだろうか。
心配でたまらなくて、村の誰かに相談しようかとも考えたが、村人に余計な心配をかけるのは祖父の立場上嫌がることが分かっているから、それもできなくて。為す術がないまま、ただ日を過ごすだけの毎日が、もう何日も続いていた。
本当に、どうしたらいいんだろう……。
いい加減、なんとかしたい。自分なんかが祖父の相談にのれないことは分かっているけれど、これ以上放っておくことはできない、と思う。
けれど自分に、一体何ができるだろう?
自分が祖父にしてあげられることなんて、あっただろうか?
ああでもない、こうでもないと何日も必死に考えた結果、思いついたのは、普段の食事に輪をかけて栄養満点の食事を作る事ぐらいだった。そんな事しかできない自分を歯痒く思うも、他にできる事がないのだから仕方ないという気持ちで、手に持った籠へ野菜を詰めて行く。
「これで少しは元気になってくれると良いんだけど……」
部屋に篭ってばかりいるせいか、祖父は食も細くなり、見るからに痩せてきていた。いや、窶れていると言うべきか。
それでもラズリが作ったものを手付かずで残すのは悪いという気持ちがあるのか、毎回少量ながらも口に運んではくれるため、少しの量でも満足な栄養が摂れるような食事を、作ってあげたかった。
このままでは、確実に寝たきりになってしまうから。
いつか祖父の気力が以前のように戻った時、動けなければきっと辛い思いをする。それが分かるからこそ、何もしないで放っておくなんてこと出来なかった。
家に帰ったら、元通り元気になってるとかだったらいいのに……。
じんわりと涙ぐみ、優しかった祖父の微笑みを思い出す。
もう長い間、祖父の笑顔を見ていない。なんとかして、あの微笑みだけでも取り戻したい。
グッと唇を引き結び、ラズリが涙を払い除けるかのように立ち上がった瞬間だった。
「お嬢さん。少々道を尋ねたいのだが、かまわないだろうか?」
不意に、背後から声をかけられた。
「え……」
聞いたことのない声、に。
反射的に振り返り、声の主をみとめた瞬間、ラズリはその場に凍りついた。
キャベツはギッシリと葉を茂らせ、地中からは色鮮やかな人参が、ひょっこりと顔を覗かせている。
そこは様々な種類の野菜がたわわに実った、見事としか言いようのない野菜畑だ。
そんな畑の中に、ほっそりとした体躯に似つかわしくない、大きなじょうろでもって水を撒いていく、一人の少女がいる。
額や首筋に汗を滲ませ、無駄のない動作でテキパキと畑仕事をこなしていく様は、年齢に似つかわしくない〝慣れ〟を感じさせるものだ。
しかし少女の表情は、その軽やかな動作と反比例するかのように、重く沈んだものだった。
「おじいちゃん……これ食べたら元気になるかな」
収穫したばかりの野菜の土を払いながら、少女──ラズリはぽつりと呟く。
彼女にとって、家族と呼べる人は祖父一人しかいない。両親は、ラズリが物心つく前に事故で亡くなったと聞いた。
だから祖父には少しでも長生きしてもらいたいと思っているのに、最近の祖父は明らかに元気がない。
どこか、身体の調子でも悪いのかな……。
以前の祖父なら、ラズリ一人に畑仕事を任せることはなかった。
一日に何度も畑へ足を運んでは、成長具合や病気の有無をチェックし、楽しそうに水やりをしていた。
年齢のせいで足腰が痛むことはあっても『年寄り扱いするな!』と言って、畑へ通うことを頑としてやめようとはしなかった。
そんな祖父が、家から出なくなったことに気付いたのはいつだったろう。
キビキビと一日中忙しなく動き回っていた祖父が、家からはおろか、部屋からもほとんど出なくなってしまった。
食事をする時などは当然出てくるのだが、話しかけても心ここにあらずといった様子で返答も曖昧。食事が終わると、またすぐに部屋へと戻ってしまう。
村長でもある祖父は、村人から相談を受けることがたまにあり、その事で頭を悩ませる事は今までに何度かあったけれど、数日も経てば普段通りに戻るため、そこまで気にした事はなかった。なのに、今回はいつまで経っても元に戻る様子がない。
こんなにも長い間、沈んだままでいる祖父は見たことがなかった。
今までは『ただ頭を働かせるより、体を動かした方が良い考えが浮かぶ』と言って、悩んでいる時ほどせっせと体を動かしていたのに。
どうして急に、こんな風になってしまったんだろう?
こうなる前に兆候はあった筈なのに、自分が大して気に留めていなかったせいで、ここまで酷くなったのだろうか?
もっと早く、祖父が外出しなくなった時点で話を聞いていたら、結果は違っていたのだろうか。
最初に異変を感じた時、祖父はまだ部屋に篭ってはいなかった。
いつもと少し様子が違うような気はしたが、また村人からの相談事で頭を悩ませているのだろうと思っていたから、あまり気にしていなかったが。今思えば、それが間違いだったのだ。
それからの祖父は日に日に口数が減り、必要最低限しか自室から出てこなくなってしまった。
いつも楽しそうにラズリの話を聞いてくれていたのに、最近では、こちらの声が聞こえているのかどうかさえ、分からなくなる時がある。
何が祖父をここまで変えてしまったのだろう?
それとも何か、精神的な病にかかってしまったとでもいうのだろうか。
心配でたまらなくて、村の誰かに相談しようかとも考えたが、村人に余計な心配をかけるのは祖父の立場上嫌がることが分かっているから、それもできなくて。為す術がないまま、ただ日を過ごすだけの毎日が、もう何日も続いていた。
本当に、どうしたらいいんだろう……。
いい加減、なんとかしたい。自分なんかが祖父の相談にのれないことは分かっているけれど、これ以上放っておくことはできない、と思う。
けれど自分に、一体何ができるだろう?
自分が祖父にしてあげられることなんて、あっただろうか?
ああでもない、こうでもないと何日も必死に考えた結果、思いついたのは、普段の食事に輪をかけて栄養満点の食事を作る事ぐらいだった。そんな事しかできない自分を歯痒く思うも、他にできる事がないのだから仕方ないという気持ちで、手に持った籠へ野菜を詰めて行く。
「これで少しは元気になってくれると良いんだけど……」
部屋に篭ってばかりいるせいか、祖父は食も細くなり、見るからに痩せてきていた。いや、窶れていると言うべきか。
それでもラズリが作ったものを手付かずで残すのは悪いという気持ちがあるのか、毎回少量ながらも口に運んではくれるため、少しの量でも満足な栄養が摂れるような食事を、作ってあげたかった。
このままでは、確実に寝たきりになってしまうから。
いつか祖父の気力が以前のように戻った時、動けなければきっと辛い思いをする。それが分かるからこそ、何もしないで放っておくなんてこと出来なかった。
家に帰ったら、元通り元気になってるとかだったらいいのに……。
じんわりと涙ぐみ、優しかった祖父の微笑みを思い出す。
もう長い間、祖父の笑顔を見ていない。なんとかして、あの微笑みだけでも取り戻したい。
グッと唇を引き結び、ラズリが涙を払い除けるかのように立ち上がった瞬間だった。
「お嬢さん。少々道を尋ねたいのだが、かまわないだろうか?」
不意に、背後から声をかけられた。
「え……」
聞いたことのない声、に。
反射的に振り返り、声の主をみとめた瞬間、ラズリはその場に凍りついた。
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