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第五章 旦那様を守りたい
王女殿下は肉食でした
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「あの……リーゲル様、どうかされましたか?」
勢い良く上を向いたまま、何事かを小声で呟いているリーゲル様。
そもそも上を向いているし、小声であるため、何を言っているのかまでは聞き取れない。
さっきまでは普通に話をしていたのに、急にどうしてしまったのかしら?
内心で首を傾げつつ、唐突な思い付きで、私はリーゲル様に掴まれた両手に力を入れる。
すると、今まで離してもらえなかったのが嘘みたいに、思いの外アッサリと私の両手は解放された。
やったわ!
「あっ」
そう思ったのも束の間、すぐさまそのことに気付いたリーゲル様が、一瞬で視線を戻し、再び私の手を掴もうと手を伸ばす。
不味いわ。今掴まれたら、手汗が拭けない。
サッと両手をスカートの下に隠し、私は裾を直す振りをする。でも実際は、スカートの影で必死に手汗を拭っているのだけれど。
何故そんなに私の手を掴みたいのか、裾を直す私の手の動きを、リーゲル様がじっと見つめてくる。
そんなに凝視されたら、手が拭けないじゃない!
困った私は、彼に話を振って気を逸らすことにした。
「そういえば、先程のお話がまだ途中だったかと思うのですが……リーゲル様は、どうしてデートの約束をしてまで、殿下を早く城に帰らせたかったのですか?」
「デッ、デートの約束などしていない!」
珍しく顔を赤くして否定されたけれど、そんな顔をしていたら余計にデートなんだと思ってしまうし、本人にもそういうつもりがあるんじゃないかと疑いたくなってしまう。
「では、リーゲル様は殿下とお二人で出掛けることを、どのように捉えておられるのですか?」
「それは……その……そうだな……」
質問を重ねれば、顎に手をあて、思案気に表情を歪めるリーゲル様。
すぐに言い訳ができないところを見ると、どうやら何も考えずに約束をしたようね。
少しだけ、やっぱり殿下を好きではないというのは嘘で、堂々と二人で出掛けたいのかと疑ってしまったけれど、どうやらそれはなさそうで安心した。
でも、自分に明らかな好意を抱いている人と二人で出掛けるというのは、どうなのよ。
まだ独身である殿下はともかく、リーゲル様は世帯持ちなのに。
それとも、これまでの付き合いが長すぎるせいで、王女殿下との外出は浮気だと疑われないとでも思っているのかしら。
そんなことある筈がないのに、リーゲル様を見ている限り、どうにもそう思っているような気がしてならない。
これは一応一言物申した方が良いのかしら? などと考えていると、彼がいきなりポンと手を打った。
「そうだ。私と殿下は兄妹のようなものだから、二人で出掛けても何も問題はないんじゃないか?」
そんなわけあるか。
つい、内心で突っ込みを入れてしまう。
予想通りと言えなくもない回答だけど、まさか本当にそれを言うなんて。
たとえリーゲル様が殿下のことを妹と思っているのだとしても、当の殿下は欠片もそう思ってはいないのだから、考えられない暴挙に出る可能性がある。
これを機に、リーゲル様と殿下の仲の良さを周囲に認知させようだとか、それによって私を離縁させようだとか、とにかく思いつく限りの悪事をやらかしそう。
しかも最悪なのは、そういった暴挙に出られたとしても、一緒にいるリーゲル様がなんにも気付かなさそうだということ。
結婚してから分かったことだけど、彼は頭がもの凄く良いのに、人の心を全くと言って良い程読めないようだった。そして当然、人の気持ちに気付かない。
だから、あんなに仲良くしていたお姉様の裏切りや駆け落ちにも気付かなかったし、あれ程に分かりやすい殿下のお気持ちにも、全然気付いていないのだ。
私には浮気だなんだと言っておいて、自分は堂々と浮気しようだなんて許せない。
だから私は、満面に笑みを浮かべて、こう言ってあげた。
「当事者のお二人が兄妹のようなものだと思っていても、それを見た周りの人達がどう思うかは分かりませんわよね? 王女殿下と公爵様が人前で堂々と逢引きをなさるだなんて、噂好きな人達の恰好の餌になりそうですわね」
「いや! それは……だが分かるだろう? 私とアルテミシアは幼少の頃からの付き合いなんだ。それに私は既に婚姻だってしている。なのに今更どうだと──」
「本日この邸をお尋ねになったアルテミシア様の態度を見ても、今更どうだと言えますか?」
微笑みを消して問うと、リーゲル様はハッとして口を閉ざした。
そう、やはり今日の殿下の行動に、あなたも思うところがあったのね。
そして、またも殿下のことを名前で呼んだ。
これはもう癖になっているだろうから、どうしようもないのでしょうけど、同じことを大勢の人の前でやったら、どうなるかは分からない。
未婚の美しき王女殿下と、既婚ではあるが麗しすぎる公爵との隠された愛──なんて言われるのではないかしら。
その場合に非難を浴びるのは──間違いなく私ね。
どうせ政略結婚なのだから、公爵を解放してあげて。魅力のないあなたが悪いのよ。どう考えても、王女殿下の方がお似合いでしょう? などなど……言われるであろう罵詈雑言が最も容易く想像できてしまう。
「グラディス、私は……」
「ですが、約束してしまわれたのですよね?」
「あ、ああ」
「何故ですか? 今日を我慢したら、それだけで終わったことなのに、どうしてそんな約束までして殿下を帰らせたのですか?」
何度目になるか分からない問い。
けれど、これを聞かなければどうにも納得できそうにない。
そう思ってリーゲル様を見つめると、彼は俯いて頭を抱えた。
「限界……だったんだ。殿下は私から離れてくれないし、待てど暮らせど君は庭園に現れないし。漸く邸に戻れたと思ったら、いつの間にか君は外出していて、殿下はあろうことか私の部屋に案内しろと……!」
なんて大胆な。
とても淑女の発言だとは思えないわ。
それとも、王女と淑女は概念が違うのかしら。
「リーゲル様は殿下を私室にご案内したくなかったから、無理矢理城に帰したと仰りたいのですか?」
尋ねた私に彼は大きく頷き、更に頭を抱える。
「そうだよ! アイツを私室になど入れたら終わりだ。権力を使って無理矢理関係を迫られる……そう思ったら、どうしたって帰ってもらうしかなかったんだ」
「えっ……」
衝撃発言に、私は思わず口をあんぐりと開けてしまった。
「王女殿下は肉食……旦那様は草食……」
ポルテの呟くような声が聞こえる。
王女殿下は、身体を使ってまでリーゲル様を手に入れようとなさったということ?
現状のままでは逆立ちしたって結婚はできないから、そこまでして……怖いわ。
一国の王女が身体──と権力──を使ってまで、想い人を籠絡しようとするなんて。
あ。ということはリーゲル様は、少なくとも殿下のお気持ちには気付いていらしたということなのね。
でも、我が身可愛さに殿下を強制的に帰らせるために出した交換条件がデートとは、あまりにも代替案がお粗末すぎるというか、なんというか。
おそらく、殿下を帰らせることに頭が一杯で、まともな理由を考える余裕がなかったんだろうけれど。
これはこれで問題を先送りにしただけと言うか、更に悪化させたと言うか、う~ん……どうしたら良いのかしら。
勢い良く上を向いたまま、何事かを小声で呟いているリーゲル様。
そもそも上を向いているし、小声であるため、何を言っているのかまでは聞き取れない。
さっきまでは普通に話をしていたのに、急にどうしてしまったのかしら?
内心で首を傾げつつ、唐突な思い付きで、私はリーゲル様に掴まれた両手に力を入れる。
すると、今まで離してもらえなかったのが嘘みたいに、思いの外アッサリと私の両手は解放された。
やったわ!
「あっ」
そう思ったのも束の間、すぐさまそのことに気付いたリーゲル様が、一瞬で視線を戻し、再び私の手を掴もうと手を伸ばす。
不味いわ。今掴まれたら、手汗が拭けない。
サッと両手をスカートの下に隠し、私は裾を直す振りをする。でも実際は、スカートの影で必死に手汗を拭っているのだけれど。
何故そんなに私の手を掴みたいのか、裾を直す私の手の動きを、リーゲル様がじっと見つめてくる。
そんなに凝視されたら、手が拭けないじゃない!
困った私は、彼に話を振って気を逸らすことにした。
「そういえば、先程のお話がまだ途中だったかと思うのですが……リーゲル様は、どうしてデートの約束をしてまで、殿下を早く城に帰らせたかったのですか?」
「デッ、デートの約束などしていない!」
珍しく顔を赤くして否定されたけれど、そんな顔をしていたら余計にデートなんだと思ってしまうし、本人にもそういうつもりがあるんじゃないかと疑いたくなってしまう。
「では、リーゲル様は殿下とお二人で出掛けることを、どのように捉えておられるのですか?」
「それは……その……そうだな……」
質問を重ねれば、顎に手をあて、思案気に表情を歪めるリーゲル様。
すぐに言い訳ができないところを見ると、どうやら何も考えずに約束をしたようね。
少しだけ、やっぱり殿下を好きではないというのは嘘で、堂々と二人で出掛けたいのかと疑ってしまったけれど、どうやらそれはなさそうで安心した。
でも、自分に明らかな好意を抱いている人と二人で出掛けるというのは、どうなのよ。
まだ独身である殿下はともかく、リーゲル様は世帯持ちなのに。
それとも、これまでの付き合いが長すぎるせいで、王女殿下との外出は浮気だと疑われないとでも思っているのかしら。
そんなことある筈がないのに、リーゲル様を見ている限り、どうにもそう思っているような気がしてならない。
これは一応一言物申した方が良いのかしら? などと考えていると、彼がいきなりポンと手を打った。
「そうだ。私と殿下は兄妹のようなものだから、二人で出掛けても何も問題はないんじゃないか?」
そんなわけあるか。
つい、内心で突っ込みを入れてしまう。
予想通りと言えなくもない回答だけど、まさか本当にそれを言うなんて。
たとえリーゲル様が殿下のことを妹と思っているのだとしても、当の殿下は欠片もそう思ってはいないのだから、考えられない暴挙に出る可能性がある。
これを機に、リーゲル様と殿下の仲の良さを周囲に認知させようだとか、それによって私を離縁させようだとか、とにかく思いつく限りの悪事をやらかしそう。
しかも最悪なのは、そういった暴挙に出られたとしても、一緒にいるリーゲル様がなんにも気付かなさそうだということ。
結婚してから分かったことだけど、彼は頭がもの凄く良いのに、人の心を全くと言って良い程読めないようだった。そして当然、人の気持ちに気付かない。
だから、あんなに仲良くしていたお姉様の裏切りや駆け落ちにも気付かなかったし、あれ程に分かりやすい殿下のお気持ちにも、全然気付いていないのだ。
私には浮気だなんだと言っておいて、自分は堂々と浮気しようだなんて許せない。
だから私は、満面に笑みを浮かべて、こう言ってあげた。
「当事者のお二人が兄妹のようなものだと思っていても、それを見た周りの人達がどう思うかは分かりませんわよね? 王女殿下と公爵様が人前で堂々と逢引きをなさるだなんて、噂好きな人達の恰好の餌になりそうですわね」
「いや! それは……だが分かるだろう? 私とアルテミシアは幼少の頃からの付き合いなんだ。それに私は既に婚姻だってしている。なのに今更どうだと──」
「本日この邸をお尋ねになったアルテミシア様の態度を見ても、今更どうだと言えますか?」
微笑みを消して問うと、リーゲル様はハッとして口を閉ざした。
そう、やはり今日の殿下の行動に、あなたも思うところがあったのね。
そして、またも殿下のことを名前で呼んだ。
これはもう癖になっているだろうから、どうしようもないのでしょうけど、同じことを大勢の人の前でやったら、どうなるかは分からない。
未婚の美しき王女殿下と、既婚ではあるが麗しすぎる公爵との隠された愛──なんて言われるのではないかしら。
その場合に非難を浴びるのは──間違いなく私ね。
どうせ政略結婚なのだから、公爵を解放してあげて。魅力のないあなたが悪いのよ。どう考えても、王女殿下の方がお似合いでしょう? などなど……言われるであろう罵詈雑言が最も容易く想像できてしまう。
「グラディス、私は……」
「ですが、約束してしまわれたのですよね?」
「あ、ああ」
「何故ですか? 今日を我慢したら、それだけで終わったことなのに、どうしてそんな約束までして殿下を帰らせたのですか?」
何度目になるか分からない問い。
けれど、これを聞かなければどうにも納得できそうにない。
そう思ってリーゲル様を見つめると、彼は俯いて頭を抱えた。
「限界……だったんだ。殿下は私から離れてくれないし、待てど暮らせど君は庭園に現れないし。漸く邸に戻れたと思ったら、いつの間にか君は外出していて、殿下はあろうことか私の部屋に案内しろと……!」
なんて大胆な。
とても淑女の発言だとは思えないわ。
それとも、王女と淑女は概念が違うのかしら。
「リーゲル様は殿下を私室にご案内したくなかったから、無理矢理城に帰したと仰りたいのですか?」
尋ねた私に彼は大きく頷き、更に頭を抱える。
「そうだよ! アイツを私室になど入れたら終わりだ。権力を使って無理矢理関係を迫られる……そう思ったら、どうしたって帰ってもらうしかなかったんだ」
「えっ……」
衝撃発言に、私は思わず口をあんぐりと開けてしまった。
「王女殿下は肉食……旦那様は草食……」
ポルテの呟くような声が聞こえる。
王女殿下は、身体を使ってまでリーゲル様を手に入れようとなさったということ?
現状のままでは逆立ちしたって結婚はできないから、そこまでして……怖いわ。
一国の王女が身体──と権力──を使ってまで、想い人を籠絡しようとするなんて。
あ。ということはリーゲル様は、少なくとも殿下のお気持ちには気付いていらしたということなのね。
でも、我が身可愛さに殿下を強制的に帰らせるために出した交換条件がデートとは、あまりにも代替案がお粗末すぎるというか、なんというか。
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