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41 美しい笑み
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それから三日後──王家の動きは迅速だった。
まず、王太子殿下は三ヶ月間の謹慎処分となり、学園に来なくなった──学園の生徒達には体調不良という名目で、休むことが伝えられた。
パルマーク様は、殿下の愚行を外部に漏らしたという理由から、一ヶ月の謹慎処分を言い渡され──今回は王族の行き過ぎた行いを未然に防いだということで、その程度の罰で済んだらしい──同じく学園には来ていない。
「コーラル侯爵令息が死に掛けた時点で未然にとは言えないと思うが、死んでないからギリオッケーとか、そういう感じなのかもな」
とは、今回の殿下達の処遇について教えてくれた、フェルの言葉だ。
刑が確定した後にパルマーク様から直々にいただいたお手紙には、「本来ならもっと重い刑になるはずだったが、ある方からの申し入れにより、信じられないほどに減刑された」と記されていた。
ある方というのはどなたなのか、何故その方がパルマーク様の減刑を願い出てくれたのか、分からないことばかりではあるけれど。どちらにしても、パルマーク様の処分が重いものでなくて良かった。
彼は自らの身を危険に晒してまで、レスターを救ってくれたのだもの。その彼が重い罰を受けていたりしたら、レスターもきっと目を覚ました時、悲しむに違いない。だから本当に良かったと思う。
そして、私はというと──未だ目を覚まさないレスターの家へ、毎日通って看病をしていた。
看病と言っても、特にやることはない。ただ彼を見舞って、一定時間傍にいるだけだ。
彼が大怪我を負ってから、もう既に二週間が経過したというのに、レスターは今なお夢の中の住人と化していて、日々眠り続けている。
彼のご両親は毎日邸へと通う私にすまなさそうな顔をするけれど、「もう来なくて良い」とは決して言わないし、寧ろ私の好きな茶葉を使った紅茶などでもてなしてくれるから、本心では私が訪ねていくことを喜んでくれているのだろう。私も別に毎日レスターの所へ行くのは苦ではないし、まだ婚約者であることに変わりはないから、そのことについては何の不満も持ってはいない。
強いて言うなら、婚約破棄の話が進まなくなってしまったことは残念だけれど、私の気持ちは既に決まっているから、まぁいいやと思うことにしている。
けれども何故かミーティアだけは、あの事件以来「婚約破棄は考え直した方が良い」と言って、妙にレスターを押してくるようになってしまったから、若干対処に困っているのだけれど。
それからもう一人。謹慎中のパルマーク様はどうやら暇であるらしく、謹慎処分となってから毎日のように私の家へ手紙が届き、今では文通友達のようになりつつある。
最初は特に書くことがなかった手紙だけれど、パルマーク様に好きな物や好きな色、趣味などを聞かれて答えれば、それらのものに関する豊富な話題が手紙に認められて返ってくるため、レスターの近況報告のつもりで始めた手紙のやりとりが、今ではすっかり毎日の楽しみになってしまった。
謹慎が解けたら一緒に街へ行こうなどという約束もしてしまうほど、私達の関係は変わりつつある。
レスターとの週末の外出は、年齢的にまだ子供であったこともあり、いつも使用人達に囲まれてのものだった。
それでも学園に入学したら、二人だけでの外出も許可されるのだからと楽しみにしていた気持ちは、レスター本人の冷たい言葉によって打ち砕かれてしまったから。
そのため学園に入ってからは、少しも街へ行く気分にはなれず、週末はいつも邸の中で過ごしていた。たまにミーティアが外出に誘ってくれても、気が向かないと、ずっと断ってきたのだ。
けれどパルマーク様のおかげで、漸く街へ行ってみたいという気持ちになれた。
無論、婚約者のいる身で他の男性と二人きりで街へ行くなど許されないことは分かっているから、ミーティアやフェル、護衛達も一緒にはなるけれど。
それでも、何ヶ月ぶりかになる街への外出だ。楽しみでないわけがなかった。
今日も今日とて、一日一日迫り来る外出の日のことを考えながら、私がいつも通りにレスターの部屋の扉を開けると──。
「ユリ……ア……?」
久し振りに見る緑柱石色の瞳が、真っ直ぐに私を見つめていた。
「…………‼︎」
あまりの驚きに声を失い、私はそのまま部屋の入り口で足を止めてしまう。
嘘……あれは……本当に? 夢ではないの……?
目の前の現実をつい疑ってしまい、動かないまま、私は彼の姿を凝視する。
そうして、どちらも動かない──レスターは動けないの間違いだが──状態のまま、数秒ほど経過しただろうか……レスターがベッドに横たわったまま、弱々しくこちらへと手を伸ばしてきた。
「ユリア……」
「……っ、レスター!」
まるでその手に引き寄せられるかのように、私はすぐさま彼の元へと駆け寄り、その手を握る。
「レスター、レスター……!」
ああ、神様……ありがとうございます!
両手で握った彼の手を自分の額に当て、私はあまりの嬉しさに、我知らず涙を溢れさせた。
「レスター……良かった……」
血の通った温かい手。そして、約二週間もの間寝たきりだったために、頬がこけてしまってはいるけれど、ほんのりと赤みのさした頬。
まだ目覚めたばかりで然程力が入らないのか、私の手を握り返してくる力は弱々しいけれど、それでも彼が生きているんだと実感できて嬉しくなる。
「レスター……レスター……」
喜びのあまり語彙力のなくなってしまった私に、レスターはとても美しい笑みで微笑んでくれた。
まず、王太子殿下は三ヶ月間の謹慎処分となり、学園に来なくなった──学園の生徒達には体調不良という名目で、休むことが伝えられた。
パルマーク様は、殿下の愚行を外部に漏らしたという理由から、一ヶ月の謹慎処分を言い渡され──今回は王族の行き過ぎた行いを未然に防いだということで、その程度の罰で済んだらしい──同じく学園には来ていない。
「コーラル侯爵令息が死に掛けた時点で未然にとは言えないと思うが、死んでないからギリオッケーとか、そういう感じなのかもな」
とは、今回の殿下達の処遇について教えてくれた、フェルの言葉だ。
刑が確定した後にパルマーク様から直々にいただいたお手紙には、「本来ならもっと重い刑になるはずだったが、ある方からの申し入れにより、信じられないほどに減刑された」と記されていた。
ある方というのはどなたなのか、何故その方がパルマーク様の減刑を願い出てくれたのか、分からないことばかりではあるけれど。どちらにしても、パルマーク様の処分が重いものでなくて良かった。
彼は自らの身を危険に晒してまで、レスターを救ってくれたのだもの。その彼が重い罰を受けていたりしたら、レスターもきっと目を覚ました時、悲しむに違いない。だから本当に良かったと思う。
そして、私はというと──未だ目を覚まさないレスターの家へ、毎日通って看病をしていた。
看病と言っても、特にやることはない。ただ彼を見舞って、一定時間傍にいるだけだ。
彼が大怪我を負ってから、もう既に二週間が経過したというのに、レスターは今なお夢の中の住人と化していて、日々眠り続けている。
彼のご両親は毎日邸へと通う私にすまなさそうな顔をするけれど、「もう来なくて良い」とは決して言わないし、寧ろ私の好きな茶葉を使った紅茶などでもてなしてくれるから、本心では私が訪ねていくことを喜んでくれているのだろう。私も別に毎日レスターの所へ行くのは苦ではないし、まだ婚約者であることに変わりはないから、そのことについては何の不満も持ってはいない。
強いて言うなら、婚約破棄の話が進まなくなってしまったことは残念だけれど、私の気持ちは既に決まっているから、まぁいいやと思うことにしている。
けれども何故かミーティアだけは、あの事件以来「婚約破棄は考え直した方が良い」と言って、妙にレスターを押してくるようになってしまったから、若干対処に困っているのだけれど。
それからもう一人。謹慎中のパルマーク様はどうやら暇であるらしく、謹慎処分となってから毎日のように私の家へ手紙が届き、今では文通友達のようになりつつある。
最初は特に書くことがなかった手紙だけれど、パルマーク様に好きな物や好きな色、趣味などを聞かれて答えれば、それらのものに関する豊富な話題が手紙に認められて返ってくるため、レスターの近況報告のつもりで始めた手紙のやりとりが、今ではすっかり毎日の楽しみになってしまった。
謹慎が解けたら一緒に街へ行こうなどという約束もしてしまうほど、私達の関係は変わりつつある。
レスターとの週末の外出は、年齢的にまだ子供であったこともあり、いつも使用人達に囲まれてのものだった。
それでも学園に入学したら、二人だけでの外出も許可されるのだからと楽しみにしていた気持ちは、レスター本人の冷たい言葉によって打ち砕かれてしまったから。
そのため学園に入ってからは、少しも街へ行く気分にはなれず、週末はいつも邸の中で過ごしていた。たまにミーティアが外出に誘ってくれても、気が向かないと、ずっと断ってきたのだ。
けれどパルマーク様のおかげで、漸く街へ行ってみたいという気持ちになれた。
無論、婚約者のいる身で他の男性と二人きりで街へ行くなど許されないことは分かっているから、ミーティアやフェル、護衛達も一緒にはなるけれど。
それでも、何ヶ月ぶりかになる街への外出だ。楽しみでないわけがなかった。
今日も今日とて、一日一日迫り来る外出の日のことを考えながら、私がいつも通りにレスターの部屋の扉を開けると──。
「ユリ……ア……?」
久し振りに見る緑柱石色の瞳が、真っ直ぐに私を見つめていた。
「…………‼︎」
あまりの驚きに声を失い、私はそのまま部屋の入り口で足を止めてしまう。
嘘……あれは……本当に? 夢ではないの……?
目の前の現実をつい疑ってしまい、動かないまま、私は彼の姿を凝視する。
そうして、どちらも動かない──レスターは動けないの間違いだが──状態のまま、数秒ほど経過しただろうか……レスターがベッドに横たわったまま、弱々しくこちらへと手を伸ばしてきた。
「ユリア……」
「……っ、レスター!」
まるでその手に引き寄せられるかのように、私はすぐさま彼の元へと駆け寄り、その手を握る。
「レスター、レスター……!」
ああ、神様……ありがとうございます!
両手で握った彼の手を自分の額に当て、私はあまりの嬉しさに、我知らず涙を溢れさせた。
「レスター……良かった……」
血の通った温かい手。そして、約二週間もの間寝たきりだったために、頬がこけてしまってはいるけれど、ほんのりと赤みのさした頬。
まだ目覚めたばかりで然程力が入らないのか、私の手を握り返してくる力は弱々しいけれど、それでも彼が生きているんだと実感できて嬉しくなる。
「レスター……レスター……」
喜びのあまり語彙力のなくなってしまった私に、レスターはとても美しい笑みで微笑んでくれた。
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