【完結（続編）ほかに相手がいるのに】

~拓海～

落胆

「…　ちっ　…　」

ああ…

舌打ちが、止まらない…

今日は何度、舌打ちしたことだろう…

葉月が…舌打ちする男は嫌いだと随分前に言っているのを聞いてからは、なるべく気を付けていたのに…

苛ついて油断すると、どうしても出てしまう…。

「拓海、だめだよ…人に聞こえちゃうよ…それ…ほんと感じ悪いし…やめて」

俺が苛ついた時に舌打ちをすると、いつもそんな風に葉月に怒られては気付き、なるべく抑えていた…。

人との争いを好まない穏やかな性質の葉月は…いつもそうやって周りに気を配ってばかりいた。

俺と付き合い始めてからもそれは顕著で、自分のことは後回しで、真っ先に俺のことを気遣った。
葉月は自分の意見を決して押し通さず…まず俺に譲るばかりだった。
俺から言わせれば損するだけの、俺には絶対にない一面…でも、葉月のそういう…優しいところが、俺は本当に好きだった…。

でも…付き合い始めてやっと…葉月と、心も体も一つになれて…
今となっては俺に対してはまるで、家族のように…聞けば、これを食べたいとか、あの映画を観たいとか…自分の気持ちを素直に言ってくれるようになったことに、俺は密かに喜びを感じていた…。

俺は…
他人を思いやれる…それでいて、俺の前では素の部分を出せる…そんな葉月だからこそ、好きになった…。

だけど、今は…　最近は…

そうだ、遠距離恋愛が始まって以降…　
俺と葉月が、物理的に離れて、以降…

葉月の態度が、やけによそよそしくなったような…そんな気がして、ならない…。

これまでずっと葉月が福岡に来ようともしないのは、飛行機嫌いが起因していると思っていた…。

だが…

　　　本当にそれだけか…？

最近…やっぱり、温度差を感じる…
どうしても、葉月と距離みたいなものを感じてしまう…。

ひょっとしたら…気付かれたのか…
瑠衣のことを…。

でも…　葉月が瑠衣のことを知る…疑うような…
そんなきっかけはなかったはずだ…
それではない、気がする…　

そんな風に感じ始めていた矢先…葉月の方から、福岡に来たいと言われた…。
率直に、珍しいと思った。

そして、結果が、…　これだ…　

これだったのだ…　

こんな話を、するために…
葉月は…俺に直接、会いたがっていたにすぎない…。　　

葉月が俺と…別れたがっている…　　


これが紛れもない現実であることに、

俺は、初めて…

　　闇のように深い…落胆を覚えた…。