【完結（続編）ほかに相手がいるのに】

~拓海～

苛立ち

パタン…

ドアが、静かに締まる音がする。

「はぁっ…　マジ…　かよ…　」
俺はぼそりと、独り言を吐き出した…　

葉月がバスルームに消えて…
やっと、気持ちが…気が、緩んだような感覚…
今日はずっと、緊張していた…。

俺はソファに更に深く身体を預け、先ほどまでの葉月との会話を頭の中で繰り返す…。

だが…何度、頭の中で確認しても…
先ほどの場面が、脳内で再生されてしまう…

　　　　　　・・・・別れたい・・・・

葉月は、確かにそう、口にした…。

しかも、その後…　
俺とはもう無理だ…

そんなニュアンスのことも…追加で呟かれたような気がする…。

「マジ…？　嘘…　だろう…」

もう一度…　声に出す…

葉月が俺に…別れたいと、言った…

…　たちの悪い冗談か…　？

今まで…何年も付き合ってきて…　
あんな風に、真剣な表情で…葉月に別れを告げられたことなんて一度だってない…。
一度や二度くらいは小さな喧嘩をして…ほんの少しの間、互いに離れたことはあっても
あんな風に…明確に…別れを告げられたことは一度もない…。

　…　…冗談…　…　　　
　　　　　きっと、軽い冗談だな…

　　　　　　　
いや、違う…

…もう本当は、わかっている…

あいつは…
葉月は…　葉月に限っては…冗談であんなことを言うなんて、あり得ない…

本気だ…。

本気でアイツは…俺と別れたいと…。

　　別れ…　？　葉月と、別れる…　　

なんで…　なんでだよ…

こんなにも長く…7年近くも、付き合って来たのに…？
まだ、軽くしか口にしたことはないが…
そして口にしても…葉月にはいつも軽くあしらわれてしまっていたが…

正式に…真剣にプロポーズをしたことはないが、いずれは葉月との結婚だって…
俺は…頭の奥に、うっすらと…　考えていたのに…

「…　…はあ　…　」ため息が止まらない…

しかも、理由を聞いても、ものすごく曖昧だ…アイツは、何も言わない…。

俺が尋ねれば、俺のことを嫌いになったわけではないとは、言ったが…。

じゃあ…　
一体、なんだって言うんだ…　

「…　…　…」

ともすれば、直ぐに頭の中に浮かんできそうになる、あの…男…
あの男の影を、俺は直ぐに頭の隅に追いやる…。

違うだろ…　
違うはずだ…　　ありえない…

葉月の前では、口に出しては死んでも言わないが…

男の俺から見ても、あまりにもスペックの高い男…
上背もあり…スーツがやけに似合う、綺麗な顔立ちをしたあの男…。

だが、確か年齢は俺らの一回り程、上だと聞いている…
３０過ぎの…中年…マジで、おっさんじゃないか…
しかも、あんなにも明るく…グラマラスな彼女がいる男…

なんでだ…

互いに相手がいる状況で…
あの男が一番に、俺の頭の中に浮かんでくるのは何故だろう…

単なる思い過ごしか…？
たまたま葉月の会社の人間で目にした男が、奴だけだったからか…？

だが…そもそも葉月は、なぜ今回の出張のことを俺に黙っていたんだ…　

旅行の下見の話の時だって、そうだ…
あの時も、事後的な報告だった…

そもそもアイツは…
なんで、軽々しく…仕事の一環とはいえ、男と二人でドライブなんかに行くんだ…。

「…ああ…マジで、　なんだってんだ…　…」


ザーーーー　　

　　　　　ザーーーー　　シャー―　…　…　


「…　…はあ…　　　やべえ…　イライラする…　　…　…」


俺は呟き、ドアを見つめた…。