錬金術科は私ひとり! なのに“世界の理に触れた者”とかあだ名が痛すぎる

くじら

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第3話:はじめての契約と、“世界の理”にふれる朝

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 翌朝。
 錬金術科の教室は、やっぱり今日も私ひとりだけ。けれど昨日よりは少しだけ、この場所が自分の居場所だと思える気がする。

 新しいアトリエの机は、端が少し欠けていたり、ところどころインクの染みが残っていたり。今までこの部屋で学んだ人たちの痕跡が、静かに息づいている。

 ノートを広げ、《アーケイン・デバイス》もそっと取り出す。
金属とガラスが組み合わさった、手のひら大のカード型魔道具――。これがないと錬金術の動作が増えてしまうのと、大事なものなのでこうして1日に何度か確認してしまう。

 しばらくして、扉の向こうからノック音が響く。


「おはよう、エルシア」


 ファルマリウス先生が静かに入ってくる。肩の上の精霊は淡い青緑の光。
 昨日手伝ってくれた精霊も、今日は先生の肩で落ち着いている。


「おはようございます、先生」


 ちょっと背筋を伸ばして挨拶すると、先生は穏やかに微笑む。

 

「さて、今日は初めての“授業”だ」


 先生は黒板の前に立ち、「錬金術の基礎式」から授業が始まった。


「魔術式は魔力と精神を媒介に現象を起こす。錬金術式は、世界の理と精霊との共鳴を使い、素材の本質を書き換える技術だ。“対話”と“調和”が大事になる」


 先生は、黒板に幾何学模様と構造式を書きながら解説していく。

 銀貨とガラス瓶が机の上に置かれる。


「素材の“本質”を感じてみなさい。君のアーケイン・デバイスにも素材分析と共鳴の術式が組み込まれていると聞いた」


 私は銀貨を指先でつまみ、静かに心を澄ませる。
 かすかな“鼓動”が胸を叩く。目を閉じて集中すると、微かな音――世界の“理”が触れてくる感覚があった。


「……なんとなく、伝わりました」

「それで充分だ。今日は精霊契約の儀式に進もう」

 

 緊張で手が汗ばむ。
 精霊契約は錬金術師になるための“最初の儀式”。

 

「アーケイン・デバイスを持って、自分の名前と願いを強く心に唱えてごらん。精霊は本気の祈りにしか応じない」

 

 アトリエ中央の石台の前。古い銀の燭台と、浮かぶ魔法陣。

 私はカード型の魔道具を握り、目を閉じて名前と願いを繰り返す。


 「ここで、もう一度――“世界の理”を、自分の手で知りたい。あの事件の意味を、確かめたい……」

 

 部屋の空気がふわりと揺らぎ、胸の鼓動が高鳴る。

 

『――エルシア』

 

 誰かの声。性別を超えた何か。


『きみと歩いてみたい。ひとりきりじゃなく、ふたりで世界を知るのも、いいかもしれない』


 カード型魔道具が手の中で震え、光が溢れる。

 目の前に、小さな精霊――銀色の髪、青い瞳、少女のような姿が現れた。

 

「……君が、私の精霊?」

『うん。これからは一緒だよ』

 

 その瞬間、部屋の空気が温かく変わった。

 ファルマリウス先生がそっと歩み寄る。

「おめでとう、エルシア。これで君も、錬金術師のスタート地点に立てた」

 

 肩の力が抜け、小さな精霊が私の腕にふわりと触れる。
 もう、“ひとり”じゃない。

 

 授業は午前で一区切りになった。
 先生は「午後は自主研究にしていい。自分の精霊と話して理解を深めなさい」と言ってアトリエを出ていく。

 私は精霊と二人、静かに教室の窓を眺める。
 精霊が、そっと指先で窓の曇りをなぞる。



『ここ、すき。たのしそうな場所』

「私も……もっと、ここが好きになってきたかも」

 

 昼休憩のチャイムが鳴った。
 学園の喧騒が、今日は少しだけ近くに感じる。

 昼食をとり、ノートに今日のことをメモしていると、気づけばもう十数分が過ぎていた。
 教室の外は再び静かになる。ここは魔術科からも遠く、誰も来ない世界。

 

 ……と思った矢先、廊下の方から慌ただしい足音が響いてくる。
 それも、こちらにだんだん近づいてくる。

 やがて扉の前で小さなノック音。


「すみません、ここ……錬金術科、ですよね?」

 
 扉を少し開けて入ってきたのは、茶髪で眼鏡の少年。
 制服の襟元には“青いバッジ”が付いている――魔術科一年生の証。学年ごとに色分けされている校則だ。

 見るからに息を切らせていて、額には小さな汗も浮かんでいる。



「はあ、はあ……ごめんなさい。ここ、思ったより遠くて……地図もなくて、すごく迷いました」


 思わず息を整えながら、少年はきちんと姿勢を正した。


「改めて……魔術科一年のノア・ベルンシュタインといいます。
あの、実はお願いがあって……。」


 緊張しつつも、丁寧に名乗って頭を下げてくれる。
 そしてカバンを開けて何かを取り出した。
 その手にハンカチで包まれたものがあり、ゆっくりそれを広げれば、出てきたのは銀色のブローチ型ペンダント。

 

「これ、どうしても直したくて……。魔術科の誰にも無理って言われてしまい、自分でもやってみたんですけど、すぐに壊れてしまったんです。」

「母の形見なんです。……お願いできませんか?」

 
 震える声でそう言い、私に差し出してきた。
 私は、契約したばかりの精霊と一瞬だけ視線を交わす。
 精霊は、私の肩の上で小さく頷いた。


「分かりました。」



 そう返事をすると、彼はほっとしたような表情になる。
 その隣で、精霊が控えめに手を振る。
 魔術を使う人間には精霊は基本見えないから、彼は居ること自体知らないだろう。
 

 錬金術科の最初の“依頼”が始まる。
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