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5 大嫌いだった

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 少し前までアレクサンドの事が大嫌いだった。

 雨の日も風の日も、どんな時でも。

 1日も空けることなく頼んでもないのに毎日毎日私のいる王宮にやってきて、嫌味ったらしい小言を言うだけ言って帰るから。

 ……大嫌いだった。

 でも、ほんの少しだけ嬉しかった。

 だって私はずっと一人ぼっちだったから。

 侍女達は常に側にいたけれど、それは仕事であって私に会い来ているわけではない。

 国王も私に会いになんて一度も来なかったし、お父様は時折会いに来るけれどそれは上手く王妃をやれているかどうかを確認する為で。

 私に会いに来るのはアレクサンドだけだった。

 今にして思えばアレクサンドのお小言は全部、王妃として私が困らないように社交術や礼儀作法を教えてくれているだけだった。

 それに私が嫌味を言うアレクサンドに怒れば怒るだけ周囲は安心する、例えそれが後ろ楯としてだけの価値しかない王妃だったとしても。

 王妃が国王以外の男と毎日会って仲良くなんてしていたら、良からぬ噂が立っただろう。

 もしかしたら托卵なんて疑惑も出たかも知れない。

 まあフェリクスと私はイトコ同士だったから、血が濃くなるという理由で世継ぎは作ってはイケナイとお父様に言われていたから。

 それは絶対にあり得ない事だったけれど。

 だから月に一度必ずあった房事の夜も、ただ一緒の寝台で共に眠るだけでなにも起こりはしなかった。

 そしてその時間夫であるフェリクスとは一言の会話すら無くて、ただ私はそこにいた。

 それは意味のない決まり。

 でも夫であるフェリクスに手を出されない私を、何も知らない周囲は可哀想な目で見た。

 何年経っても、世継ぎを産まない私を魅力のない子を産めない女だと嘲笑う者もいた。

 『私は悪くない、好きで王妃になったんじゃない』

 でもそんな言い訳を誰も聞いてはくれないし、立場上絶対に言う事は出来なかった。

 王妃という足枷は、私に苦痛だけを与えた。

 でもアレクサンドだけは。

 どんな時もいつも通り嫌味ったらしくネチネチと粗を指摘するだけで、私の心は絶対に傷付けなかった。

 鬱陶しくて腹は立ったけど。

 殴ってやろうかと何度も思ったけど。

 アレクサンドと話すのは辛くなかった。

 たぶんアレクサンドが毎日会いに来てくれていなかったら、私は心が壊れてしまっていたと思う。

 だから大嫌いだったけど、アレクサンドと話すのは嫌なんかじゃなかった。

 そして今は。

 それらが全て私の為だったって知る事が出来たから、その想いを知る事が出来たから。

「貴方の事が好きよ、アレクサンド?」

「っ……不意打ちでさらっと好きとか言うの止めてもらえません!? まぁすごく嬉しいですけど……? 私も貴女の事が大好きですよユーフェミア」

 『好き』だと想いを告げれば、途端に顔を赤らめてわかりやすく嬉しそうな顔をする愛しい人。

「ふふっ、可愛い人」

「……なんなんですか貴女は。そんな事言って私で遊ぶというのなら、もう手加減は致しませんよ?」

「えー? それは困る……手加減はして欲しい」

「じゃあ、イイコにしてて下さい」

 『私は既に十分イイコだ』と反論しようとしたら、アレクサンドにキスで口を塞がれた。

 深い口づけは息をする暇さえも与えてはくれない、これで手加減してるつもりなんだろうかこの男は。

 私は初めてだというのに、なんとも容赦がない。

 唇を割って歯列をこじ開けるように侵入してきた舌は熱くて力強くて、でも優しくて。

 絡めとられ弄ばれる。

 話では聞いたことがあったけれど、キスだけでこんなに気持ちいいなんて驚きだ。

 私はただ、アレクサンドに為されるがまま。

「ん……っア……」

「はぁ……すごく可愛いですユーフェミア、その善さそうな表情堪りませんね……」

「アレク……」

 たぶん私はいま、アレクサンドに甘いキスをされて惚けきった恥ずかしい顔をしているに違いない。

 なのにアレクサンドは可愛いと言う。

 それを私は嬉しいと思ってしまう。

「ユーフェミア? 夜着、脱がせますよ……」

「っ……うん」

「……もし、嫌だと思ったら遠慮せず言って下さいね? 貴女に苦痛を与えたいわけじゃないから」

 優しい言葉。

 今は会えば必ず優しい言葉をかけて、溢れるほどの愛情で甘やかしてくれる。

 でも廃妃になるまでは、一度もアレクサンドに優しくされた事が無かった。

 でもそれは私の為だとあの日知った。

 アレクサンドはいつも私の事だけを考えて行動してくれる、それは昔も今もずっと。

 だから。

「アレクサンドにされて嫌なことなんか何もないですよ、だからそんな私に気を遣わないで? 私達夫婦になるんでしょう?」

「……そんなこと言ってると、調子に乗りますよ?」

「ふふっ、でも初めてだからお手柔らかにね?」

「ええ、それはもちろん」
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