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【1章】幼女に復讐は難しい〜ピュアすぎる兄ができました〜
1.せっかく生まれ変わったのに
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(ようやく復讐計画が進められるわ)
わたしはため息をつきつつ、校舎へと向かう王太子アインハードの背中を見る。
ここに至るまでとても長かった。復讐は赤ん坊の頃からの悲願のため、約十五年間もチャンスを待ち詫びていたことになる。
(だけど、ここから先はもう邪魔は入らない)
絶対に王太子妃に選ばれて、復讐を成し遂げるんだ――! そう意気込んだそのとき、突然背後から誰かにギュッと抱きしめられた。
「きゃっ! だ、誰?」
尋ねつつ、清涼感のある香水の香りと、慣れ親しんだ温もりに目を瞠る。まさか、まさか――!
「会いたかったよ、リビー」
透き通ったテノールボイスでそう囁かれ、わたしはガックリと肩を落とした。
「どうしてお兄様が学園に?」
「もちろん、リビーの学園生活を傍で見守るためだよ。僕、講師になったんだ」
「ええっ?」
そんな! ようやくお兄様から物理的に離れて復讐計画が進められると思っていたのに!
わたしの復讐計画に再び暗雲が立ち込めようとしていた。
***
木材や肉が焼け焦げるような香りが漂い、城内の至るところから甲高い悲鳴や怒号が響いてくる。
(いったい、なにが起きているの?)
ただならぬ雰囲気にわたしはブルリと体を震わせた。
できることなら直接様子を見に行きたい。だけど、残念ながらそれは不可能だ。
というのも、今のわたしは生まれてほんの五ヶ月の赤ん坊で、寝返り程度の身体能力しかないからだ。
「大丈夫ですよ、エルシャ様。わたくしが必ずお守りしますからね」
ブルブルと震えながら、侍女がわたしを抱きしめる。生まれたときからずっと世話係を務めてくれている十八歳の女の子だ。
(ダメだよ)
わたしなんて守らなくていい。早くここから逃げなきゃだよ――そう伝えたいのに、言葉が出ない。かわりに涙がポロポロとこぼれ落ちて、嗚咽が漏れた。
「こっちに人がいるぞ!」
と、野太い男性の声が聞こえてくる。侍女はハッとした表情でこちらを見ると、ベッドの下に急いでわたしを押し込んだ。
「最後までお側にいれず、申し訳ございません。どうか、エルシャ様はご無事で」
侍女はわたしの口にハンカチを押し込み、決死の表情で前を向く。それと同時に、バン!と勢いよく部屋の扉が開き、数人分の足音が続いた。
「国王と王妃はどこだ?」
「知っていることを話せ」
「正直に言わないと命はないぞ」
襲撃者は国王を――お父様とお母様のことを探している――そうわかった途端、心臓がバクバクと嫌な音を立てて鳴った。
「言いません」
侍女は毅然とそうこたえた。次いで襲撃者たちと言い合いをしているのが聞こえはじめる。わたしは静かに肩を震わせた。
(どうして?)
なにも知らないって言えばいい。関係ないと命乞いをすればいい。そうすれば、まだ十八歳の侍女は助かるはずなのに。
そのとき、空気を切り裂くような嫌な音と侍女の悲鳴が聞こえて、わたしは耳を塞ぎたくなった。けれど、悲しいかな。この小さな体は思うように動いてくれない。耳を塞ぐことも、侍女がどうなったかを確認することもできないまま、ベッドの下でじっとしていることしかできなかった。
「ここには他に誰もいないようだな」
しばらくして、男の一人がそう言った。カーテンの間やクローゼット、バルコニーなどを確認したようだけど、ベッドの下に赤ん坊が隠されているとは思わなかったらしい。
足音が複数、部屋の出口に向かっていく。わたしは密かにため息をついた。
(助かった……とは思えないな)
むしろ、事態は絶望的だと言わざるを得ない。
状況を整理しよう。
わたしはエルシャ。生まれて五ヶ月の赤ん坊だ。両親はサウジェリアンナ王国の国王と王妃で、つまりわたしはこの国の王女だ。
そんなわたしには前世の記憶がある。日本人の女の子として生きた記憶だ。
前世のわたしは物心ついた頃から父親がおらず、シングルマザーの母親と一緒に暮らしていた。
けれど、母はわたしの存在を疎み、ほとんど家に帰ってこなかった。いつもお腹はペコペコだったし、季節外れのボロボロで小さい服を着ていた。洗濯もろくにできず、お風呂に入ることも満足にできなかったから、クラスの子たちに大いにいじめられた。手を差し伸べてくれる大人もいたけれど、保護された数日後には結局、母の元に返されてしまうということの繰り返しだった。
(こんな人生になんの意味があるんだろう?)
わたしには自分の未来が見えなかった。中学や高校に通う自分が、働いている自分が、笑っている自分が。……ほんの数分後の未来さえも見えない状態だったから当然だ。
だから、わたしは十三歳のときに自分で自分を終わらせた。
消えて、楽になりたかった。なにも考えたくなかった。
ああ、やっとすべてが終わった――そう思っていた。
『ああ、なんて可愛いんでしょう』
けれど、激しい痛みと衝撃の次にわたしを待っていたのは、温かな腕の感触と優しい声音だった。薄っすら目を開けると、幾人もの大人がわたしの顔を覗き込んでいるのがわかる。視界がぼやけてよく見えないけれど穏やかな笑顔だと感じた。
『生まれてきてくれてありがとう。この子はみんなから愛される王女になるよ』
わたしの頬へそっと触りながら男性が言う。それは本当に愛情に満ちた表情だった。
(わたし、生まれ変わったんだ)
自分でも驚くほどすんなりと事態を受け入れることができた。おそらく、それまで散々現実逃避を重ねていたからだろう。
どちらにせよ、わたしは絶望に満ちたあの日々から抜け出せんだ。たくさん愛してもらえるんだ。今度こそ幸せになれるんだ――そう思っていた。今日、このときまでは。
(どうして城が襲われているの? お父様とお母様をどうする気なの?)
わたしがいる部屋にもに煙がもくもくと広がっていく。煙は高い位置から広がっていくっていうし、現時点で一酸化炭素中毒の心配はなさそうだけど、時間の問題だ。なんせわたしは赤ん坊で、自分で歩くことも、ハイハイすらできないんだもの。
おまけに、誰かがわたしを見つけてくれたとして、助かる確率はほぼほぼゼロだ。だって、若い侍女ですら無慈悲に攻撃されてしまったんだもの。王の血を引く娘なんて論外に違いない。
(詰んだ。どう考えても助からないよ。あーあ……幸せになりたかったな)
別に、特別じゃなくてよかった。普通にご飯が食べられて、普通に学校に通えて、普通に友達ができて、それから……誰かに恋したりして。そんな人生を今度こそ送れるかもしれないって思っていたのに。
(許せない)
わたしは、わたしの幸せを壊そうとしている人間を――初めてわたしを愛してくれた人たちを奪おうとしている誰かを、決して許しはしない。
(生きなきゃ)
生きて、絶対に復讐する。そうじゃなきゃ、生まれ変わった意味がない。
誰か助けて!という言葉は、侍女から口の中に押し込まれた布のせいで、くぐもった泣き声に変わった。それでも、わたしは必死に声を上げた。
「うぅっ! うううっ!」
泣いているせいか、だんだんと息が苦しくなってくる。意識まで朦朧としてきた。
(嫌だ。こんなふうに終わりたくない)
涙がポロポロと頬を伝う。次いで、お父様やお母様の手のひらの感触を思い出して、胸がギュッと苦しくなった。
抱きしめられる温もりに、頬や頭を撫でられる感触、可愛いって言われるむず痒さや、言外の愛情。ほんの五ヶ月の間に、前世の十二年間で知らなかったことをたくさん学んだ。
(生きたい――)
体がふわりと宙に浮く。涙と煙で前がちっとも見えないけど、今度こそ神様がお迎えに来たのかな?
もうなにも考えられない――わたしはゆっくりと意識を手放した。
わたしはため息をつきつつ、校舎へと向かう王太子アインハードの背中を見る。
ここに至るまでとても長かった。復讐は赤ん坊の頃からの悲願のため、約十五年間もチャンスを待ち詫びていたことになる。
(だけど、ここから先はもう邪魔は入らない)
絶対に王太子妃に選ばれて、復讐を成し遂げるんだ――! そう意気込んだそのとき、突然背後から誰かにギュッと抱きしめられた。
「きゃっ! だ、誰?」
尋ねつつ、清涼感のある香水の香りと、慣れ親しんだ温もりに目を瞠る。まさか、まさか――!
「会いたかったよ、リビー」
透き通ったテノールボイスでそう囁かれ、わたしはガックリと肩を落とした。
「どうしてお兄様が学園に?」
「もちろん、リビーの学園生活を傍で見守るためだよ。僕、講師になったんだ」
「ええっ?」
そんな! ようやくお兄様から物理的に離れて復讐計画が進められると思っていたのに!
わたしの復讐計画に再び暗雲が立ち込めようとしていた。
***
木材や肉が焼け焦げるような香りが漂い、城内の至るところから甲高い悲鳴や怒号が響いてくる。
(いったい、なにが起きているの?)
ただならぬ雰囲気にわたしはブルリと体を震わせた。
できることなら直接様子を見に行きたい。だけど、残念ながらそれは不可能だ。
というのも、今のわたしは生まれてほんの五ヶ月の赤ん坊で、寝返り程度の身体能力しかないからだ。
「大丈夫ですよ、エルシャ様。わたくしが必ずお守りしますからね」
ブルブルと震えながら、侍女がわたしを抱きしめる。生まれたときからずっと世話係を務めてくれている十八歳の女の子だ。
(ダメだよ)
わたしなんて守らなくていい。早くここから逃げなきゃだよ――そう伝えたいのに、言葉が出ない。かわりに涙がポロポロとこぼれ落ちて、嗚咽が漏れた。
「こっちに人がいるぞ!」
と、野太い男性の声が聞こえてくる。侍女はハッとした表情でこちらを見ると、ベッドの下に急いでわたしを押し込んだ。
「最後までお側にいれず、申し訳ございません。どうか、エルシャ様はご無事で」
侍女はわたしの口にハンカチを押し込み、決死の表情で前を向く。それと同時に、バン!と勢いよく部屋の扉が開き、数人分の足音が続いた。
「国王と王妃はどこだ?」
「知っていることを話せ」
「正直に言わないと命はないぞ」
襲撃者は国王を――お父様とお母様のことを探している――そうわかった途端、心臓がバクバクと嫌な音を立てて鳴った。
「言いません」
侍女は毅然とそうこたえた。次いで襲撃者たちと言い合いをしているのが聞こえはじめる。わたしは静かに肩を震わせた。
(どうして?)
なにも知らないって言えばいい。関係ないと命乞いをすればいい。そうすれば、まだ十八歳の侍女は助かるはずなのに。
そのとき、空気を切り裂くような嫌な音と侍女の悲鳴が聞こえて、わたしは耳を塞ぎたくなった。けれど、悲しいかな。この小さな体は思うように動いてくれない。耳を塞ぐことも、侍女がどうなったかを確認することもできないまま、ベッドの下でじっとしていることしかできなかった。
「ここには他に誰もいないようだな」
しばらくして、男の一人がそう言った。カーテンの間やクローゼット、バルコニーなどを確認したようだけど、ベッドの下に赤ん坊が隠されているとは思わなかったらしい。
足音が複数、部屋の出口に向かっていく。わたしは密かにため息をついた。
(助かった……とは思えないな)
むしろ、事態は絶望的だと言わざるを得ない。
状況を整理しよう。
わたしはエルシャ。生まれて五ヶ月の赤ん坊だ。両親はサウジェリアンナ王国の国王と王妃で、つまりわたしはこの国の王女だ。
そんなわたしには前世の記憶がある。日本人の女の子として生きた記憶だ。
前世のわたしは物心ついた頃から父親がおらず、シングルマザーの母親と一緒に暮らしていた。
けれど、母はわたしの存在を疎み、ほとんど家に帰ってこなかった。いつもお腹はペコペコだったし、季節外れのボロボロで小さい服を着ていた。洗濯もろくにできず、お風呂に入ることも満足にできなかったから、クラスの子たちに大いにいじめられた。手を差し伸べてくれる大人もいたけれど、保護された数日後には結局、母の元に返されてしまうということの繰り返しだった。
(こんな人生になんの意味があるんだろう?)
わたしには自分の未来が見えなかった。中学や高校に通う自分が、働いている自分が、笑っている自分が。……ほんの数分後の未来さえも見えない状態だったから当然だ。
だから、わたしは十三歳のときに自分で自分を終わらせた。
消えて、楽になりたかった。なにも考えたくなかった。
ああ、やっとすべてが終わった――そう思っていた。
『ああ、なんて可愛いんでしょう』
けれど、激しい痛みと衝撃の次にわたしを待っていたのは、温かな腕の感触と優しい声音だった。薄っすら目を開けると、幾人もの大人がわたしの顔を覗き込んでいるのがわかる。視界がぼやけてよく見えないけれど穏やかな笑顔だと感じた。
『生まれてきてくれてありがとう。この子はみんなから愛される王女になるよ』
わたしの頬へそっと触りながら男性が言う。それは本当に愛情に満ちた表情だった。
(わたし、生まれ変わったんだ)
自分でも驚くほどすんなりと事態を受け入れることができた。おそらく、それまで散々現実逃避を重ねていたからだろう。
どちらにせよ、わたしは絶望に満ちたあの日々から抜け出せんだ。たくさん愛してもらえるんだ。今度こそ幸せになれるんだ――そう思っていた。今日、このときまでは。
(どうして城が襲われているの? お父様とお母様をどうする気なの?)
わたしがいる部屋にもに煙がもくもくと広がっていく。煙は高い位置から広がっていくっていうし、現時点で一酸化炭素中毒の心配はなさそうだけど、時間の問題だ。なんせわたしは赤ん坊で、自分で歩くことも、ハイハイすらできないんだもの。
おまけに、誰かがわたしを見つけてくれたとして、助かる確率はほぼほぼゼロだ。だって、若い侍女ですら無慈悲に攻撃されてしまったんだもの。王の血を引く娘なんて論外に違いない。
(詰んだ。どう考えても助からないよ。あーあ……幸せになりたかったな)
別に、特別じゃなくてよかった。普通にご飯が食べられて、普通に学校に通えて、普通に友達ができて、それから……誰かに恋したりして。そんな人生を今度こそ送れるかもしれないって思っていたのに。
(許せない)
わたしは、わたしの幸せを壊そうとしている人間を――初めてわたしを愛してくれた人たちを奪おうとしている誰かを、決して許しはしない。
(生きなきゃ)
生きて、絶対に復讐する。そうじゃなきゃ、生まれ変わった意味がない。
誰か助けて!という言葉は、侍女から口の中に押し込まれた布のせいで、くぐもった泣き声に変わった。それでも、わたしは必死に声を上げた。
「うぅっ! うううっ!」
泣いているせいか、だんだんと息が苦しくなってくる。意識まで朦朧としてきた。
(嫌だ。こんなふうに終わりたくない)
涙がポロポロと頬を伝う。次いで、お父様やお母様の手のひらの感触を思い出して、胸がギュッと苦しくなった。
抱きしめられる温もりに、頬や頭を撫でられる感触、可愛いって言われるむず痒さや、言外の愛情。ほんの五ヶ月の間に、前世の十二年間で知らなかったことをたくさん学んだ。
(生きたい――)
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もうなにも考えられない――わたしはゆっくりと意識を手放した。
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