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【1章】推しとは結婚できません!〜皇女ヴィヴィアンの主張〜
9.推しからの提案
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エレン様だ――――エレン様がわたしのお茶会に来てくださった! ――――と感動したのも束の間、このお茶会の趣旨を思い出してヒヤリとする。
「どうしてエレン様がここに?」
まさか、ヨハナが彼を招待したのだろうか? ヨハナにちらりと視線をやれば、彼女は首を横に振った。
(だよねぇ)
わたし至上主義で動いてくれているヨハナがそんなことをするはずがないもの。一瞬でも疑って、申し訳ない気分だ。
それにしても、どうしてエレン様がここにいるのだろう? ここ――――エレン様のお相手候補を探すためのお茶会に。
いや、ご本人に直接見て、選んでもらったほうが効率がいいんだけど、それにしたって唐突すぎて心の準備ができていない。改めてエレン様を見上げると、彼はそっと瞳を細めた。
「改めてお話をさせていただきたいと手紙を書いたでしょう? それで、業務の都合をつけてヴィヴィアン様のお部屋を訪ねたのですが、いらっしゃらなくて。陛下にここだとお聞きしたので来てしまいました。……招待状もいただいていないのに、申し訳ございません」
「そんな……! エレン様に謝っていただくなんておそれおおい! というか、わたしのために業務の都合をつけていただくことが既に身に余る光栄というか、エレン様ならいつでも大歓迎というか」
ついつい早口でまくし立ててしまったところで、わたしはハッと目を見開く。この場には何十人もの貴族の令嬢、令息が揃っている。しかも、エレン様はわたしの結婚相手と思われているんだもの。みんながめちゃくちゃ注目している。いつの間にかライナスはちゃっかりフェードアウトしているし。わたしはキリリと居住まいを正した。
「わざわざありがとう。だけど、今はお茶会の途中だし、わたしはこのあとも公務が詰まっているの。話をするのは別の日に改めてもらえると嬉しいのだけど。もちろん、エレン様がこのままお茶会に参加すること自体は構わないのだけれど」
「そうですか。けれど……俺はヴィヴィアン様以外の女性と結婚するつもりはありませんので、ここでお相手探しをするというのはちょっと……」
「……! それは、その…………」
やっぱり――――さっきライナスに話したこの茶会の目的を、がっつりエレン様に聞かれていた。気まずさや申し訳なさのあまり、胸がズキズキと痛む。そんなわたしを知ってか知らずか、エレン様は手をギュッと握ってきた。
「それにしても、女性だけでなく男性もたくさん招待していらっしゃるご様子。……どうしてですか? 俺はお招きいただけなかったのに……」
「そんな! それは、えぇっと……」
どうやらエレン様はライナスとの会話をはじめから聞いていたわけではないようだ。
危なかった――――いや、わたしがなにをしようとしているのか、早めに知らせたほうがいいのかもしれないけど、お茶会に招待しなかっただけでこんな表情をなさるのだもの。今、このタイミングで真実を打ち明けるなんてわたしには無理。エレン様を不用意に傷つけたくない。下手すればわたしの心臓が砕けてしまいそうだから。
「申し訳ございません! すべてはわたくしの手違いでございます。エレン様はお忙しいからと、勝手にリストから除外してしまいました。ですから、ヴィヴィアン様はなにも悪くないのです。本当に申し訳ございません」
「ヨハナ……!」
なんて……なんて献身的な侍女なのだろう! わたしを悪者にしないように、ヨハナはすべての罪を被ってくれたのだ。あまりの健気さに涙が出る。本当に自慢の従者だ。
「そうでしたか。それでは、次回は俺もお招きいただけると嬉しいです」
「ええ、もちろん。そうさせてもらうわ」
次回の予定はないんだけど! わたしはニコリと微笑んだ。
「ところで、結婚についての話の他に、今日はヴィヴィアン様に提案があるのです」
「提案? 一体どんな?」
この場で切り出したということは、人目をはばかるような話ではないのだろう。わたしはそっと首を傾げる。
「ヴィヴィアン様はプリザーブドフラワーにご興味はございませんか?」
「プリザーブドフラワー⁉ あるわ、ある! 今ね、いい職人を探しているところなの!」
思いがけない話の導入に、わたしは思わず興奮してしまう。
生花としての花の命はとても短い。だけど、プリザーブドフラワーに加工したら長期間楽しむことができる。腕の良い職人ならなおさら、半永久的に楽しむことが可能だ。
わたしがプリザーブドフラワー職人を探しているその理由――――それは、エレン様からいただいたユリの花束を長期保存するためだ。
せっかくのエレン様からの贈りものだもの。どんな高級な品物より尊い宝物だもの。大事にしたい。なんなら永遠に愛で続けたい。
だからこそ、職人探しは至上命題なのだけれど。
「そうだと思いました。でしたら……俺の屋敷にいらっしゃいませんか? 俺が加工させていただきますよ」
「え?」
その瞬間、わたしはリアルに心臓がとまるかと思った。
(わたし、推しのお宅に招かれたの? いいの? 本当に? 大丈夫? それって許される行為?)
葛藤はある。当然ある。
だけど、エレン様は追い打ちをかけるようにニコリと微笑んだ。
「城内では魔法が使えないでしょう? ですから俺の家に来ていただくのが一番かな、と。俺は花を専門にしているわけではありませんが、この国一番の魔術師だと自負しています。魔法において、俺の右に出るものはいません」
「当然です! エレン様が一番です! そんなの疑いようがありません」
「ありがとうございます。ですから、俺がプリザーブドフラワーを加工をすれば、ヴィヴィアン様の望みどおり、一等美しく、一等長く楽しんでいただけるに違いありません。いかがでしょう?」
それはあまりにも甘く、魅惑的な提案だった。
葛藤はある――――未だにある。
けれども、わたしの答えは決まっていた。
「行きます! 行かせていただきます!」
だって、推しの家だもの。聖地だもの。行かないっていう選択肢はない。
彼がどんな場所で、どんな人たちに囲まれて、どんな生活を送っているのか。外側から決して見えない実態が、屋敷の中に詰まっているんだもの。こんなチャンスを逃す手はない。何をおいても行かなきゃだ!
「決まりですね。では、その際に俺たちの結婚について、改めてお話しましょう」
「え? あ……そう、ね。そうなりますよね」
しまった、と思ったときには既に遅し。わたしがエレン様のお屋敷に行くことは確定事項。逃さないとばかりにエレン様は身を乗り出し、わたしの手を握り直した。
「楽しみにしています、ヴィヴィアン様」
どうしよう。エレン様ったら圧倒的に顔がいい。瞳がキラキラしていて、どんな宝石よりも輝いていて、この顔を目の前にしてノーなんてとても言えない。
「うぅ……わたしも楽しみですぅっ」
悲しいかな。これがオタクの性というものだ。
できれば避けたいと思う話よりも、推しの笑顔が、聖地巡礼のほうが、数万倍も大事なのである。
楽しげに笑うエレン様を前に、わたしは複雑な心境でため息をつくのだった。
「どうしてエレン様がここに?」
まさか、ヨハナが彼を招待したのだろうか? ヨハナにちらりと視線をやれば、彼女は首を横に振った。
(だよねぇ)
わたし至上主義で動いてくれているヨハナがそんなことをするはずがないもの。一瞬でも疑って、申し訳ない気分だ。
それにしても、どうしてエレン様がここにいるのだろう? ここ――――エレン様のお相手候補を探すためのお茶会に。
いや、ご本人に直接見て、選んでもらったほうが効率がいいんだけど、それにしたって唐突すぎて心の準備ができていない。改めてエレン様を見上げると、彼はそっと瞳を細めた。
「改めてお話をさせていただきたいと手紙を書いたでしょう? それで、業務の都合をつけてヴィヴィアン様のお部屋を訪ねたのですが、いらっしゃらなくて。陛下にここだとお聞きしたので来てしまいました。……招待状もいただいていないのに、申し訳ございません」
「そんな……! エレン様に謝っていただくなんておそれおおい! というか、わたしのために業務の都合をつけていただくことが既に身に余る光栄というか、エレン様ならいつでも大歓迎というか」
ついつい早口でまくし立ててしまったところで、わたしはハッと目を見開く。この場には何十人もの貴族の令嬢、令息が揃っている。しかも、エレン様はわたしの結婚相手と思われているんだもの。みんながめちゃくちゃ注目している。いつの間にかライナスはちゃっかりフェードアウトしているし。わたしはキリリと居住まいを正した。
「わざわざありがとう。だけど、今はお茶会の途中だし、わたしはこのあとも公務が詰まっているの。話をするのは別の日に改めてもらえると嬉しいのだけど。もちろん、エレン様がこのままお茶会に参加すること自体は構わないのだけれど」
「そうですか。けれど……俺はヴィヴィアン様以外の女性と結婚するつもりはありませんので、ここでお相手探しをするというのはちょっと……」
「……! それは、その…………」
やっぱり――――さっきライナスに話したこの茶会の目的を、がっつりエレン様に聞かれていた。気まずさや申し訳なさのあまり、胸がズキズキと痛む。そんなわたしを知ってか知らずか、エレン様は手をギュッと握ってきた。
「それにしても、女性だけでなく男性もたくさん招待していらっしゃるご様子。……どうしてですか? 俺はお招きいただけなかったのに……」
「そんな! それは、えぇっと……」
どうやらエレン様はライナスとの会話をはじめから聞いていたわけではないようだ。
危なかった――――いや、わたしがなにをしようとしているのか、早めに知らせたほうがいいのかもしれないけど、お茶会に招待しなかっただけでこんな表情をなさるのだもの。今、このタイミングで真実を打ち明けるなんてわたしには無理。エレン様を不用意に傷つけたくない。下手すればわたしの心臓が砕けてしまいそうだから。
「申し訳ございません! すべてはわたくしの手違いでございます。エレン様はお忙しいからと、勝手にリストから除外してしまいました。ですから、ヴィヴィアン様はなにも悪くないのです。本当に申し訳ございません」
「ヨハナ……!」
なんて……なんて献身的な侍女なのだろう! わたしを悪者にしないように、ヨハナはすべての罪を被ってくれたのだ。あまりの健気さに涙が出る。本当に自慢の従者だ。
「そうでしたか。それでは、次回は俺もお招きいただけると嬉しいです」
「ええ、もちろん。そうさせてもらうわ」
次回の予定はないんだけど! わたしはニコリと微笑んだ。
「ところで、結婚についての話の他に、今日はヴィヴィアン様に提案があるのです」
「提案? 一体どんな?」
この場で切り出したということは、人目をはばかるような話ではないのだろう。わたしはそっと首を傾げる。
「ヴィヴィアン様はプリザーブドフラワーにご興味はございませんか?」
「プリザーブドフラワー⁉ あるわ、ある! 今ね、いい職人を探しているところなの!」
思いがけない話の導入に、わたしは思わず興奮してしまう。
生花としての花の命はとても短い。だけど、プリザーブドフラワーに加工したら長期間楽しむことができる。腕の良い職人ならなおさら、半永久的に楽しむことが可能だ。
わたしがプリザーブドフラワー職人を探しているその理由――――それは、エレン様からいただいたユリの花束を長期保存するためだ。
せっかくのエレン様からの贈りものだもの。どんな高級な品物より尊い宝物だもの。大事にしたい。なんなら永遠に愛で続けたい。
だからこそ、職人探しは至上命題なのだけれど。
「そうだと思いました。でしたら……俺の屋敷にいらっしゃいませんか? 俺が加工させていただきますよ」
「え?」
その瞬間、わたしはリアルに心臓がとまるかと思った。
(わたし、推しのお宅に招かれたの? いいの? 本当に? 大丈夫? それって許される行為?)
葛藤はある。当然ある。
だけど、エレン様は追い打ちをかけるようにニコリと微笑んだ。
「城内では魔法が使えないでしょう? ですから俺の家に来ていただくのが一番かな、と。俺は花を専門にしているわけではありませんが、この国一番の魔術師だと自負しています。魔法において、俺の右に出るものはいません」
「当然です! エレン様が一番です! そんなの疑いようがありません」
「ありがとうございます。ですから、俺がプリザーブドフラワーを加工をすれば、ヴィヴィアン様の望みどおり、一等美しく、一等長く楽しんでいただけるに違いありません。いかがでしょう?」
それはあまりにも甘く、魅惑的な提案だった。
葛藤はある――――未だにある。
けれども、わたしの答えは決まっていた。
「行きます! 行かせていただきます!」
だって、推しの家だもの。聖地だもの。行かないっていう選択肢はない。
彼がどんな場所で、どんな人たちに囲まれて、どんな生活を送っているのか。外側から決して見えない実態が、屋敷の中に詰まっているんだもの。こんなチャンスを逃す手はない。何をおいても行かなきゃだ!
「決まりですね。では、その際に俺たちの結婚について、改めてお話しましょう」
「え? あ……そう、ね。そうなりますよね」
しまった、と思ったときには既に遅し。わたしがエレン様のお屋敷に行くことは確定事項。逃さないとばかりにエレン様は身を乗り出し、わたしの手を握り直した。
「楽しみにしています、ヴィヴィアン様」
どうしよう。エレン様ったら圧倒的に顔がいい。瞳がキラキラしていて、どんな宝石よりも輝いていて、この顔を目の前にしてノーなんてとても言えない。
「うぅ……わたしも楽しみですぅっ」
悲しいかな。これがオタクの性というものだ。
できれば避けたいと思う話よりも、推しの笑顔が、聖地巡礼のほうが、数万倍も大事なのである。
楽しげに笑うエレン様を前に、わたしは複雑な心境でため息をつくのだった。
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