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【終章】推しとは結婚――――⁉

34.ライナス様は、ヴィヴィアン様に似ていらっしゃいますね

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 闘技場の中央、ライナス様と対峙しつつ、俺は小さく息をつく。

 貴賓席の前にはヴィヴィアン様の筆頭護衛騎士がひざまずき、観客たちが今もなお歓声を上げ続けている。彼は先ほど衆人環視の中、ヴィヴィアン様に求婚をしたばかりだった。


(なるほど、まさに番狂わせだな)


 俺ですら驚いたのだ。ヴィヴィアン様はさぞや困惑したことだろう――――いや、現在進行系で困惑していることだろう。

 表向きは皇女として、凛と受け答えをしていらっしゃるが、ヴィヴィアン様の性格上、戸惑わないはずがない。

 これが彼の護衛騎士の願いを叶える唯一無二の機会だったとわかっているが、なんとも複雑な気分だ。


「――――エレン様も今からヴィヴィアンのところに行きます? 結婚してくださいって――――公開プロポーズしといたほうがいいのでは?」


 そのとき、対戦相手のライナス様がそう尋ねてきた。どこかこの事態を面白がっているような瞳。さすがは皇族――――ヴィヴィアン様のいとこだ。


「いえ。求婚はもう何度もしましたから」


 俺は彼とは違う。
 こんな場面じゃなくとも、ヴィヴィアン様に想いを告げられるよう――――正式に求婚ができるよう、この一年半の間にきちんと実績を重ねてきた。
 勢いも、周りの声援なんてものもなくていい。特別な機会がなくとも、自力で土俵に上がることができるのだから。


「そうですか。けれど、いいんですか? 次の対戦相手である俺は皇族ですよ? 皇族は魔力を持てない――――それがなぜだかご存知ですよね?」

「――――皇族は神力を持って生まれてくるかわりに魔力を持てない。つまり、生まれつき、魔力の影響を受けづらい体質ということですね?」

「そのとおりです。もちろん、まったく影響を受けないわけではありませんが、一般人とは体質からして違います。エレン様は魔術師。俺との対戦は圧倒的に不利です。いいのですか? このまま戦って、後悔しませんか?」


 ライナス様が質問を重ねる。俺は首を横に振った。


「約束しましたから」


 そう言って審判に目配せをすれば、向き合うようにと指示がある。次いで「はじめ!」の号令がかかった。


 開幕早々ライナス様が切りつけてくる。速い。けれど、十分見切れる攻撃だ。
 皇族に対し、魔術は本当に効かないのか――――念のため試してみたが、ダメだった。元々魔力量や技の種類を制限されているため、ビクともしない。

 攻撃ができなければ、負けることはなくとも、勝つことはない。それではダメだ。
 では、どうするのか。


「…………っ!」


 魔術を放ち、ライナス様の足元の地面を大きくえぐる。彼が足を取られたところで、今度は俺が懐へと入り込んだ。


「俺に魔術は効かないと――――」

「わかってます。けれど、体術は別でしょうから」


 魔術がダメなら物理攻撃をすればいい。
 ライナス様に蹴りを入れるその瞬間、俺は自分自身に魔法をかけた。速さと勢い、重みが増した一撃はさぞや痛いことだろう。


 わっ! と大きな歓声が上がる。けれど、一撃を入れただけでは勝ったことにならない。ライナス様の剣を奪わなければ。魔法では彼にとどめを刺せないのだから。


「ヴィヴィアン!」


 唇の血を拭いながら、ライナス様が声を上げる。胸がズキンと小さく痛む。深呼吸をし、俺はまたライナス様に向かっていった。

 木刀めがけて魔力を放つと、ライナス様の手元が大きく震える。神力が宿るのはあくまでライナス様の身体だけだ。俺が杖を構え直すと、ライナス様はキッと顔を上げた。


「エレン様! あいつは……ヴィヴィアンは! 案外子供っぽいところのあるやつなんです」


 俺めがけて、ライナス様が剣を振るう。俺は思わず目を見開いた。


「凝り性で、バカみたいに熱くて、好きなもの、自分が信じるもののためには、すぐに無茶をして周りが見えなくなるやつで……だから、隣にいる人間がストッパーになってやらないといけないんです! それからあいつ、自分でなんでもできるからって人を頼ることを忘れがちで! 甘やかしてやる人が必要なんです」 


 木刀と杖が激しく交わる。魔力を込めていなければ一瞬でへし折られていただろう。ライナス様の力強さが――――思いが伝わってくるようだ。


「……基本素直なくせに、妙なところで意地っ張りで。今回だってそうだ! 変なこだわりを持ったばかりに。あいつ、本当は……本当は、エレン様のことが大好きなのに」

「知っています。けれど、俺はそんなヴィヴィアン様を……そんなヴィヴィアン様だから好きになったんです」

 
 杖でライナス様の攻撃を受けとめながら俺はうなずく。それから、魔力を込め、彼の木刀をへし折った。

 ライナス様が息を呑み、それから泣きそうな表情で微笑む。それから、俺に向かって大きく頭を下げた。


「ヴィヴィアンのこと――――よろしくお願いします」


 傍から見れば、試合終了の挨拶のように見えるだろう。次いで、ライナス様から手が差し出され俺はそれを握り返した。


「この大会を開催すると決めたとき、ヴィヴィアンが言ってたんです。『これは、エレン様以外にも皇女の夫にふさわしい人がいるんだってことを確かめるための作業なの。それが立証できたら、なにかが変わるかもしれないじゃない?』って。あいつの意図とは反対の形になりましたけど、立証されてしまいましたね。やっぱり俺、ヴィヴィアンにはエレン様しかいないと思います。皇女の夫にふさわしくて、あいつを一番幸せにしてやれるのなんて、あなたぐらいのものでしょう? 決勝、頑張ってください。どうか、ヴィヴィアンの側にいてやってください」


 ライナス様の願いは、いとことしてのそれなのか、はたまた別の感情が含まれているのか――――俺にはわからない。
 けれど、一つだけ確かなことは、彼がヴィヴィアン様の幸せを心から望んでいるということだ。


「――――ライナス様は、ヴィヴィアン様に似ていらっしゃいますね」


 好きなもののために一生懸命で、とても真っ直ぐな人だ。
 彼は困ったような表情を浮かべ「それって俺を好きってこと?」と尋ねてくる。


「そういうことです」


 俺がそう答えたら、ライナス様はハハッと声を上げ、目元をぐいっと乱暴に拭う。それから、ヴィヴィアン様とよく似た顔をして笑うのだった。
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