君は私のことをよくわかっているね

鈴宮(すずみや)

文字の大きさ
1 / 13

1.わたくしでは、ダメでしょうか?

しおりを挟む
 この5年間、ほとんど毎日同じ疑問を自分に投げかけてきた。
 『わたくしには陛下がわからない。どうしてわたくしじゃないのだろう?』って。


「――――今夜は陛下のお渡りがございます」

「まあ、陛下が⁉」


 会話をしつつ、わたくしは心のなかで大きくため息をつく。


(ああ、本当になんて羨ましいの)


 目の前には豪華な衣装を身にまとい、ニコニコと満面の笑みを浮かべる女性が一人。真っ白な肌、赤味がかった長い髪、いかにも気の強そうなキリリとした瞳の持ち主で、豊満な肢体が自慢の18歳。名を魅音といい、現皇帝である龍晴様の妃の一人だ。


「そうと決まったら、急いで準備をしなくては。陛下に喜んでいただくのが妃の仕事ですもの! 政務で疲れた心と体を癒やし、次の世継ぎを生む。ああ、なんて素晴らしいお仕事なのでしょう? 桜華様もそう思いません? ――――なぁんて、桜華様は妃ではなく、この後宮の管理人でしたわね。一緒にしたらいけませんわね」

「……ええ、そうですわね」


 苛立ちを押し隠しつつ、わたくしは微笑みを貼り付ける。


(魅音様ったら……本当にマウントがお上手なんだから!)


 妃の仕事が素晴らしいことなんて、わたくしが一番知っているし。
 わたくしがただの後宮の管理人だっていうことも、わたくし自身が一番、嫌になるぐらいに理解している。

 わたくしが大いに傷つくとわかっていて、こういった物言いをなさるのだもの。さすがは百を超える妃たちのなかで陛下の覚えが一番めでたい妃といったところだろうか? 


(ああ、もう……本当は陛下のお相手に魅音様を指名なんてしたくないのに)


 公務に私情は挟めないので致し方ない。現状、陛下の子を妊娠する可能性が一番高いのが魅音様なんだもの。若いし、安産型だし、ご生家の権力的にも申し分ないし。わたくしは心のなかでため息をついた。


 現皇帝・龍晴様が即位してからすでに5年。彼には未だ後継ぎとなる子がいらっしゃらない。まだ23歳でいらっしゃるし、そこまで焦る必要はないけれども、妃というのは父親の権力争いの大事な道具でもある。このため、皇太子が定まらない限り、政治のほうも落ち着かないのだ。

 しかしながら、後宮というのは女の園。皇帝以外の種を――男である妃の父親たちを立ち入らせるわけにはいかない。

 そんなわけで、政治的な思惑を鑑みつつ、花々を管理し、陛下に適切に采配する人間が必要となる。それがわたくし、後宮の管理人、桜華の役目だった。

 女性であるわたしが管理人を務めるのは異例中の異例。本来ならば、従来どおり、年長の宦官がこの役割を担うはずだった。


『私の後宮の管理は、他でもない桜華にお願いしたいんだ』


 けれど、龍晴様が皇帝に即位したその日、わたくしは彼から直接そう頼まれた。


『え? わたくしが後宮――――妃たちの管理を?』


 当然ながら、わたくしは大いに戸惑った。
 だって、わたくしは己自身が妃になる気満々で後宮入りしていたのだもの。
 そんなことを言われるなんて、夢にも思ってなかった。

 綺羅びやかな衣装を身にまとい、しっかりと化粧を施し、呆然と目を見開いたあの日のわたくしは、今思い出しても滑稽だ。そんなわたくしに、龍晴様はそっと目を細めて笑った。


『そうだよ。私のことを一番理解している桜華こそが、後宮の管理人にふさわしい。そうは思わないかい?』


(ああ、なんて残酷なの)


 龍晴様の母親はわたくしの父親の妹だ。このため、彼は皇太子時代から頻繁に我が家を訪れていた。

 龍晴様は幼い頃から快活で、優しくて、誰よりも賢くて、誰よりも強くて。その名のとおり、晴れ渡る太陽のようなお方だった。

 わたくしは彼のことが好きで、好きで、たまらなくて。
 いつの日か皇帝となった彼の妃となることが、わたくしの夢であり、それから生きる理由だった。

 彼にふさわしい女性となるため、美しさと教養を磨きあげ、人脈を作り、父の仕事を手伝うなど、ありとあらゆる努力をした。龍晴様の皇帝即位が決まり、後宮に入るようお達しを受けたときは、天にも昇る心地がしたものだ。

 けれど、わたくしはあくまで後宮の管理人。それ以上でもそれ以下でもない。
 ゆえに、わたくしが龍晴様に抱かれたことは一度もない。
 

(わたくしだって魅音様や他の妃に負けていない――そう思うのに)


 龍晴様はどうしても、わたくしを妃にするつもりはないらしい。
 わたくしはこの5年間、その理由を毎日一人で考え続けている――――。



「ああ、桜華! 会いたかった。今夜も君は驚くほどに愛らしいね」

「陛下――――お待ちしておりました」


 夜、龍晴様を後宮に迎え、わたくしは恭しく頭を下げる。


「桜華、呼び方。違うだろう?」


 龍晴様が瞳を細める。わたくしは静かに首を横に振った。


「……わたくしはしがない後宮の管理人でございますので」

「その後宮の管理人は、私にとって誰よりも尊い存在だ。桜華、命令だよ。私の名を呼ぶんだ」

「――――龍晴様」


 毎日のように繰り返される同じやり取り。龍晴様はわたくしを抱きしめ、頭を優しく撫で、それから極上の笑みをお向けになる。

 本来、一女官が皇帝の真名を口にするなんてありえないし、とても許されることではない。
 けれど、龍晴様は皇帝に即位してなお、わたくしにご自分の名前を呼ばせたがる。まるで唯一無二の恋人のように。彼の名を呼ぶことを許し、それからお求めになる。


(ああ、わたくしはなんて愚かなの)


 龍晴様が名前を呼ばせたがると知っていながら、彼の名前を呼ばないことで己の価値を――――龍晴様にとって『後宮の管理人が尊い存在』であることを確認している。

 だけど、仕方がないじゃない。

 そうすることでしか、わたくしはわたくしの存在理由を見いだせないのだもの。それでもわたくしは、彼の妃にはなれないんだもの。


「今夜は魅音のもとに、ということだったね」

「はい……そのように手配しております」

「うん、いいね。私も同じ気持ちだった。さすが、桜華はやはり、私のことをよくわかっている」


 龍晴様はそう言って、わたくしの頭をポンポンと撫でる。思わず目頭が熱くなった。


(龍晴様、それは違います。わたくしはあなたのことがよくわかりません)


 彼がなにを考え、望んでいるのか。
 わたくしのことを本当はどう思っているのか。
 知りたくて、知りたくて、ずっとずっと考え続けているのに、わたくしにはその答えがわからない。


「あの……龍晴様」

「うん、なんだい?」

「その――――わたくしでは、ダメでしょうか?」


 それは魅音様が入内した2年前から、ずっと言えずに飲み込んでいた言葉。
 心臓がバクバクとうるさく鳴る。怖くて顔が上げられない。

 龍晴様はしばらくの間、なにも言わずに黙っていらっしゃった。数秒がまるで永遠のように感じられる。

 沈黙に耐えかねて口を開こうとしたとき、龍晴様の指先がわたくしの顎をそっと掬った。


「わたくしでは? ……それは一体どういう意味だい?」


 どこか扇情的な眼差し。わたくしは頬を染めつつ、そっと視線だけを横向けた。


「ですから……わたくしを、龍晴様のお手つきにしてはいただけませんか? わたくしは龍晴様をお慕いしているのです」


 女のわたくしから、こんなことを尋ねるなんてはしたない。とても恥ずかしいことだってわかっている。

 けれど、想いは言葉にしなければ伝わらない。

 じれったい。苦しい。
 龍晴様はなにも言わない。
 泣くまいと心に決めていたのに――瞳に涙がにじんだ。


「妃にしてほしい、などと贅沢は申しません。龍晴様がお望みなら、わたくしは後宮の管理人のままで構わないのです」


 なんて――本当はそんなの嘘だ。

 わたくしは、龍晴様に愛されたい。
 彼の唯一無二の存在になりたい。
 彼の子供を産みたい。
 幸せになりたい。

 ――――そう思っているのに。


「桜華、私は君を愛しているよ」


 龍晴様が耳元で囁く。
 けれど、彼の表情を見た途端、わたくしにはわかった。

 どこか呆れたような笑顔。瞳は温かくて優しいけれど、それはわたくしが欲している感情とは異なっている。


「――――承知しました」


 わたくしが彼に女性として愛される未来はないらしい。


(こんなことなら、聞かなきゃよかった)


 静かに涙を流しつつ、わたくしは龍晴様を魅音様の元に送り出した。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

【完結】ひとりぼっちになった王女が辿り着いた先は、隣国の✕✕との溺愛婚でした

鬼ヶ咲あちたん
恋愛
側妃を母にもつ王女クラーラは、正妃に命を狙われていると分かり、父である国王陛下の手によって王城から逃がされる。隠れた先の修道院で迎えがくるのを待っていたが、数年後、もたらされたのは頼りの綱だった国王陛下の訃報だった。「これからどうしたらいいの?」ひとりぼっちになってしまったクラーラは、見習いシスターとして生きる覚悟をする。そんなある日、クラーラのつくるスープの香りにつられ、身なりの良い青年が修道院を訪ねて来た。

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

【完結】顔が良ければそれでいいと思っていたけれど、気づけば彼に本気で恋していました。

朝日みらい
恋愛
魔物を討伐し国を救った若き魔術師アリア・フェルディナンド。 国王から「望むものを何でも与える」と言われた彼女が選んだ褒美は―― 「国一番の美男子を、夫にください」 という前代未聞のひと言だった。 急遽開かれた婿候補サロンで、アリアが一目で心を奪われたのは、 “夜の街の帝王”と呼ばれる美貌の青年ルシアン・クロード。 女たらし、金遣いが荒い、家の恥―― そんな悪評だらけの彼を、アリアは迷わず指名する。 「顔が好きだからです」 直球すぎる理由に戸惑うルシアン。 だが彼には、誰にも言えない孤独と過去があった。 これは、 顔だけで選んだはずの英雄と、 誰にも本気で愛されたことのない美貌の青年が、 “契約婚”から始める恋の物語。

運命の番より真実の愛が欲しい

サトウミ
恋愛
田舎娘のゾーイは龍族の王子・シャウロンの『運命の番』だった。 ロマンチックな恋を夢見るゾーイは『運命の番』であるシャウロンと会えるのを楽しみにしていた。 しかし、シャウロンはゾーイに対して素っ気ない。 運命の番だからといって、必ずしも愛し合う関係だとは限らないらしい。 それを悟ったゾーイは、シャウロンのもとから去ることを決意した。

なくなって気付く愛

戒月冷音
恋愛
生まれて死ぬまで…意味があるのかしら?

愛のバランス

凛子
恋愛
愛情は注ぎっぱなしだと無くなっちゃうんだよ。

彼は政略結婚を受け入れた

黒猫子猫
恋愛
群島国家ザッフィーロは臣下の反逆により王を失い、建国以来の危機に陥った。そんな中、将軍ジャックスが逆臣を討ち、王都の奪還がなる。彼の傍にはアネットという少女がいた。孤立無援の彼らを救うべく、単身参戦したのだ。彼女は雑用を覚え、武器をとり、その身が傷つくのも厭わず、献身的に彼らを支えた。全てを見届けた彼女は、去る時がやってきたと覚悟した。救国の将となった彼には、生き残った王族との政略結婚の話が進められようとしていたからだ。 彼もまた結婚に前向きだった。邪魔だけはするまい。彼とは生きる世界が違うのだ。 そう思ったアネットは「私、故郷に帰るね!」と空元気で告げた。 よき戦友だと言ってくれた彼との関係が、大きく変わるとも知らずに。 ※関連作がありますが、これのみで読めます。 ※全13話です。

恋詠花

舘野寧依
恋愛
アイシャは大国トゥルティエールの王妹で可憐な姫君。だが兄王にただならぬ憎しみを向けられて、王宮で非常に肩身の狭い思いをしていた。 そんな折、兄王から小国ハーメイの王に嫁げと命じられたアイシャはおとなしくそれに従う。しかし、そんな彼女を待っていたのは、手つかずのお飾りの王妃という屈辱的な仕打ちだった。それは彼女の出自にも関係していて……? ──これは後の世で吟遊詩人に詠われる二人の王と一人の姫君の恋物語。

処理中です...