愛する婚約者様のもとに押しかけた令嬢ですが、途中で攻守交代されるなんて聞いてません!

鈴宮(すずみや)

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【1章】先攻クラルテ 押しかける!

8.え? 全部ですけど

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「それで? 今日からうちで働きはじめること、どうして俺に黙っていたんだ?」


 昼休み、食堂でクラルテと向かい合いつつ、俺は静かにため息をつく。
 うちの職場では全員が同じ時間に昼食を取るわけではないため、さして混雑していない。一番奥を陣取ったから、盗み聞きもされないだろう。これならゆっくりと安心して会話ができる。俺のお気に入りの席だ。


「黙っていた理由、ってことであれば、さっきもお伝えしたとおり、旦那様に驚いていただくためですね! 家で『実はわたくし、明日から旦那さまと同じ職場で働くんですよ』って言っても、インパクトが弱いかなぁって」

「……そりゃ、そうだろうが」


 そもそもクラルテには驚かされてばかりなのだ。こんなことでまでインパクトを求める必要なんてないというのに。


「それで? ここで働くことになった理由は?」

「当然、旦那様のためですよ!」


 エッヘン! と胸を張るクラルテに、思わず面食らってしまう。動揺を隠すため、俺はさり気なく食事に視線を移した。


「俺のため? それは一体どういう……」

「今から約一年前……わたくしが進路を決めようという時期にはまだ『旦那様の結婚話』なんてものはなかったわけですよ」

「ん? まあ、そう言われるとそうか……」


 俺が『結婚しろ』と言われたのはつい最近のこと。なるほど、なんとなく話が見えてきた気がする。


「そんな状況下で、旦那様にお近づきになりたいと思ったら、使用人か同僚になるのが一番でしょう? 旦那様ご自身は結婚を拒否していらっしゃいましたしね。これは純正恋愛結婚に持ち込むしかない――わたくしに惚れていただくしかない、と思ったわけです。けれど、使用人になるのは両親が中々許してくれそうにないので、魔術師団に入団してしまおうと! ついでに、同じ局に配属されるようにってことで転移魔法や救護魔法の鍛錬を積んできたわけです」

「積んできたわけです、って……一体いつからこんなことを?」


 そういえば、転移魔法が得意だと教えてくれたとき『必要にかられて練習した』なんてことを言っていたっけ……。


「かれこれ七年前のことです! つまり、旦那様に出会ってすぐの頃から、わたくしはこうすることを決めていたわけですねぇ!」


 クラルテは自慢げに微笑みながら、俺の顔をまっすぐに見つめた。


(まずい……)


 これはまずい。思わず視線をそらした瞬間、顔が燃えるように熱くなった。


(さすがに一途がすぎるだろう……)


 たった一度会っただけの男のために、どうしてそこまでできる? 思い込める? 俺がとんでもない性格の男だったらどうする気だったんだ? というか、出会った頃には俺にはロザリンデという婚約者がいたわけで。それなのにクラルテは……。


「前から思っていたんだが、俺のなにがそんなにいいんだ?」

「え? 全部ですけど」


 至極サラリと、まったく照れることなく言ってのけるクラルテに、聞いているこちらのほうが恥ずかしくなる。


(いや、予想はしていた。予想はしていたが!)


 本当に『全部』だなんて言われるとは思わないだろう? しかも、冗談じゃなくて本気で言っているからたちが悪い。俺は思わず首を横に振った。


「いやいや、クラルテが俺に直接会ったのは七年前が最初で最後なんだろう?」

「ふふふ、甘いですねぇ旦那様。わたくしがそれだけで満足するような女に見えます?」

「なっ……!」


 なんとも思わせぶりな言葉とともに蠱惑的な表情で見つめられては堪らない。俺は完全に言葉を失ってしまった。


「…………見えない」

「でしょう? わたくしはプレヤさんから情報をいただくとともに、定期的に旦那様を拝見していたんです。年始の出初式とか、上官命令で出席を余儀なくされた夜会とか! 他にも色々な場面で旦那様のことを拝見していたんですよ!」


 懐かしそうに目を細めるクラルテの姿に、俺は小さく息を呑む。本当にこの子は七年もの間、一途に俺を思い続けてくれたんだろう――そう思い知るには十分で。


「どうして話しかけてこなかったんだ?」


 彼女の社交性を持ってすれば、俺と接触を持つことは簡単だっただろう。プレヤさんを使う手もあっただろうし、なんだか不思議に思えてしまう。


「そりゃあ、当然話しかけたかったですよ? 旦那様にわたくしのことを知ってほしかったし、わたくしの想いを知っていただきたかったし、少しでも早く好きになってほしいと思ってました。でも、出会い方ってすごく重要な気がするじゃありませんか? 単なる夜会で話しかけてきた令嬢ってだけじゃ印象が薄そうだなぁと思って。旦那様、わたくしに全然興味ありませんでしたしね。頑張って視界に入るように努力してましたけど、アウトオブ眼中って感じでしたし」

「それは、その……そもそも俺は、夜会というものが苦手だし」


 なぜか言い訳がましいことを口にしつつ、俺はんんっと咳払いをする。


「知ってますよ~。ですから、お気づかいいただかなくて大丈夫です! それに、旦那様はわたくしというより女性自体を避けていらっしゃいましたものね。ですから、夜会では勝算はないなぁと。もっと別の、インパクト大な出会い方を模索しておりまして」

「その結果が『押しかけ令嬢』と『同僚→恋愛結婚』だったと」

「そういうことです! まあ、旦那様の結婚話は完全に棚からケーキ的な幸運でしたが、わたくしたちが出会うことは最初から決まっていたわけですね」


 クラルテは食事をしながら、したり顔でうなずいた。


「いや、しかし……よく七年間も我慢したな。もしかしたら俺が他の女性と結婚するかもしれない、と思わなかったのか?」


 猪突猛進なクラルテの性格を考えると、ここまで耐え抜いたのは信じがたい。


「辛かったですよ?」

「え?」


 いつもとは違う少し沈んだ声音が聞こえてきて、俺は思わず目を瞠る。


「正直、もしも旦那様に好きな人ができたらって思って、毎日気が気じゃありませんでした。たとえ相手にされなくても、しつこくアタックしに行くべきなのかなって、何度も何度も悩みました。だけど、もしもそれで旦那様に完全に嫌われてしまったら嫌だから……」


 クラルテの表情は俺からは見えない。


(普段底抜けに明るいクラルテがこんなことを思うなんて……)


 全く想像もしていなかった。いつだって自信満々で、不安もおそれもちっとも感じてなさそうで、まっすぐに俺に向かってきているように見えたから。


「クラルテ……」

「あーー、いけないんだ! 女の子を泣かせるなんて、罪な男だなぁ」


 背後から聞こえてきた間の抜けた声音に、俺は思わず振り返る。
 そこにいたのは予想通り――プレヤさんだった。
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