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最終話 ハナ
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「ハナ!」
家に辿り着き急いで鍵を開けると、涼平はそう叫んだ。リビングから、テレビを見ていた母が顔を出す。
「おかえり、涼平」
「ハナは? 帰ってきた?」
涼平は玄関から、そう大声で尋ねた。母はそれを聞き返す。
「え? なに」
「ハナが、いなくなったんだ!」
「はな?」
「戻ってないんだな。大変だ、俺探しにもど」
再び出て行こうとする涼平の腕を、慌てて出てきて母はつかんだ。
「待ちなさい! 涼平! 何言ってるの」
「だから」
「はなって誰の事?」
「は」
母は、心底心配そうな顔をしている。涼平は何を聞かれたのか分からない。誰って。
「何言ってんだよ、ハナだよ。たえおばさんの、娘で」
「たえおばさんのところは、男の子しかいないわよ」
その瞬間、体から血の気が引いた気がした。冷や水をかぶったような冷たい感覚が、体を突き抜ける。
「……は? だって、母さんそう言っただろ。夏休みのはじめの頃、たえおばさんが出張で」
「何言ってるの、おばさんは何年も前に仕事を辞めて、今は家にいるわよ」
俺は、目の前が真っ白になる感覚がした。信じられなくて、家を飛び出す。
「あっ涼平! 待ちなさい!」
嘘だ。何かの間違いだ。
ハナがいなくなった道の辺りを、涼平はまた探す。
向かうのは、小高い丘だ。なんでかは分からない。だけど、ハナは何故かそこにいる気がした。向かう途中で、丘のてっぺんが光っているのが見えた。そこにいるのだろうか。
「ハナ!」
叫んで飛び込んだその先には、人が一人立っていた。だが、ハナじゃない。背の小さなおじいさんだった。浴衣を着たその人も、きっと祭りの帰りなんだろう。涼平の叫びに、彼は不思議そうに首を傾げた。
「す、すみません。人をさがしていて……」
ここにもいないとなると、どこに行ったのか。
「おじいさん。女の子を見ませんでしたか? 赤毛の、赤いワンピースを着た子なんです。小学校低学年くらいの」
「はて……見ておらんのぉ」
「そうですか……」
来た道にもどこにもいなかった。もしや、事故にあったのか。何らかの犯罪に巻き込まれてしまったのかもしれない。慌てて戻ろうとしたが、その腕を強く掴まれた。振り返ると、おじいさんが微笑んでいる。
「どこに行くんだい、子供はもう帰る時間だよ」
その言葉に、涼平はためらいながら返す。
「あの、俺探さないといけないんです! もしあいつに何かあったら……」
「ハナちゃんと言ったね? その子は無事親元に帰れただろう」
「適当な事言わないでください!」
思わず声を荒げ、手を振りほどく。我に返り謝ろうとしたが、おじいさんはただ微笑んでいる。
「ほら、見なさい」
そうして彼は、空を指さした。花火はもう、とっくに終わった。一体空に何があるというのか。
そう思い顔をあげ見たその光景に、涼平は言葉を失くした。
無数の明るい光が、空に向け登って行っている。
「こ、これは……蛍……?」
「違うね。これは、魂だ」
「魂……?」
頭がこんがらがって仕方ない。今目の前では、何が起こっているのか。
「ハナちゃんも、あの中にきっといるよ」
彼のその言葉に、登っていく光を見る。
「彼らは、死んだ人たちなんですか」
「うーん。正解であり、不正解だね」
おじいさんの言葉に、涼平は彼を見る。彼は「生き物すべてさ」と答えた。
「たまにこうやって帰ってくるんだよ。そうしてまた、あっちに戻っていくのさ」
ハナは、たえおばさんの子では本当になかったのか。それなら、彼女は一体何者だったのか。なぜ、涼平に会いに来たのか。
「いずれ分かるさ」
おじいさんはそう言って、涼平の肩に手を置いた。涼平はもう一度空を見る。
その光は明るく、先ほど見た花火にも負けていなかった。
「涼平くん、元気ないね」
「えっああ、いや」
「ハナちゃんの事思い出してる?」
図星をさされ、小さく頬をかく。あれから十五年経った今も、祭りの風景は当時にそっくりで、つい思い出してしまった。
結局あの後、ハナは姿を見せなかった。警察にも行こうとしたが、母に止められそのままになってしまった。息子が狂ってしまったんじゃないかと心配する母に、それ以上心配はかけられなかった。それに、実は図書館でも尋ねた事がある。だが、誰も彼女の事を覚えていなかった。彼女と話した事がある人でさえも。
覚えてるのは、俺と詩織だけだった。
「私ね、ハナちゃんは妖精だったと思うんだ」
詩織の言葉に、涼平は目を丸くする。彼女は少し恥ずかしそうに、「本の読みすぎかな」とつぶやいた。
「いや……」
涼平はそれを聞いて、初めてあの日の夜の出来事を話した。不思議な光を見た出来事を。詩織は少し驚いていたが、「そっか、じゃあやっぱり妖精さんだったのかな」と笑ってくれた。
涼平も、ずっと考えてる。ハナは一体、何者だったのか。もしや人間ではなかったんじゃないか。
だとしたら何故、彼女は自分の前に現れたのか。
「またいつか、会えたらいいね」
その言葉に、涼平も笑みを返す。詩織は笑うと、右手に掴んでいたものが走り出して慌てて叫んだ。
「わわっ華! 駄目だよ走っちゃ!」
彼女は一目散に駆け出し、やがて一個のお店で止まった。
「金魚すくい、したいの?」
華はこくこくと頷く。
「金魚すくいか、懐かしいな」
「涼平くん、昔金魚飼ってたんだっけ」
「うん、こんな小さいの。名前は太郎って言って」
そこで涼平は気づいた。
最後にハナが言った事を。
『今度は、かわいい名前がいいな』
ああ、そうか。
そうだったんだ。
涼平は、賑やかな喧噪の中、あの日の光を思い出した。
家に辿り着き急いで鍵を開けると、涼平はそう叫んだ。リビングから、テレビを見ていた母が顔を出す。
「おかえり、涼平」
「ハナは? 帰ってきた?」
涼平は玄関から、そう大声で尋ねた。母はそれを聞き返す。
「え? なに」
「ハナが、いなくなったんだ!」
「はな?」
「戻ってないんだな。大変だ、俺探しにもど」
再び出て行こうとする涼平の腕を、慌てて出てきて母はつかんだ。
「待ちなさい! 涼平! 何言ってるの」
「だから」
「はなって誰の事?」
「は」
母は、心底心配そうな顔をしている。涼平は何を聞かれたのか分からない。誰って。
「何言ってんだよ、ハナだよ。たえおばさんの、娘で」
「たえおばさんのところは、男の子しかいないわよ」
その瞬間、体から血の気が引いた気がした。冷や水をかぶったような冷たい感覚が、体を突き抜ける。
「……は? だって、母さんそう言っただろ。夏休みのはじめの頃、たえおばさんが出張で」
「何言ってるの、おばさんは何年も前に仕事を辞めて、今は家にいるわよ」
俺は、目の前が真っ白になる感覚がした。信じられなくて、家を飛び出す。
「あっ涼平! 待ちなさい!」
嘘だ。何かの間違いだ。
ハナがいなくなった道の辺りを、涼平はまた探す。
向かうのは、小高い丘だ。なんでかは分からない。だけど、ハナは何故かそこにいる気がした。向かう途中で、丘のてっぺんが光っているのが見えた。そこにいるのだろうか。
「ハナ!」
叫んで飛び込んだその先には、人が一人立っていた。だが、ハナじゃない。背の小さなおじいさんだった。浴衣を着たその人も、きっと祭りの帰りなんだろう。涼平の叫びに、彼は不思議そうに首を傾げた。
「す、すみません。人をさがしていて……」
ここにもいないとなると、どこに行ったのか。
「おじいさん。女の子を見ませんでしたか? 赤毛の、赤いワンピースを着た子なんです。小学校低学年くらいの」
「はて……見ておらんのぉ」
「そうですか……」
来た道にもどこにもいなかった。もしや、事故にあったのか。何らかの犯罪に巻き込まれてしまったのかもしれない。慌てて戻ろうとしたが、その腕を強く掴まれた。振り返ると、おじいさんが微笑んでいる。
「どこに行くんだい、子供はもう帰る時間だよ」
その言葉に、涼平はためらいながら返す。
「あの、俺探さないといけないんです! もしあいつに何かあったら……」
「ハナちゃんと言ったね? その子は無事親元に帰れただろう」
「適当な事言わないでください!」
思わず声を荒げ、手を振りほどく。我に返り謝ろうとしたが、おじいさんはただ微笑んでいる。
「ほら、見なさい」
そうして彼は、空を指さした。花火はもう、とっくに終わった。一体空に何があるというのか。
そう思い顔をあげ見たその光景に、涼平は言葉を失くした。
無数の明るい光が、空に向け登って行っている。
「こ、これは……蛍……?」
「違うね。これは、魂だ」
「魂……?」
頭がこんがらがって仕方ない。今目の前では、何が起こっているのか。
「ハナちゃんも、あの中にきっといるよ」
彼のその言葉に、登っていく光を見る。
「彼らは、死んだ人たちなんですか」
「うーん。正解であり、不正解だね」
おじいさんの言葉に、涼平は彼を見る。彼は「生き物すべてさ」と答えた。
「たまにこうやって帰ってくるんだよ。そうしてまた、あっちに戻っていくのさ」
ハナは、たえおばさんの子では本当になかったのか。それなら、彼女は一体何者だったのか。なぜ、涼平に会いに来たのか。
「いずれ分かるさ」
おじいさんはそう言って、涼平の肩に手を置いた。涼平はもう一度空を見る。
その光は明るく、先ほど見た花火にも負けていなかった。
「涼平くん、元気ないね」
「えっああ、いや」
「ハナちゃんの事思い出してる?」
図星をさされ、小さく頬をかく。あれから十五年経った今も、祭りの風景は当時にそっくりで、つい思い出してしまった。
結局あの後、ハナは姿を見せなかった。警察にも行こうとしたが、母に止められそのままになってしまった。息子が狂ってしまったんじゃないかと心配する母に、それ以上心配はかけられなかった。それに、実は図書館でも尋ねた事がある。だが、誰も彼女の事を覚えていなかった。彼女と話した事がある人でさえも。
覚えてるのは、俺と詩織だけだった。
「私ね、ハナちゃんは妖精だったと思うんだ」
詩織の言葉に、涼平は目を丸くする。彼女は少し恥ずかしそうに、「本の読みすぎかな」とつぶやいた。
「いや……」
涼平はそれを聞いて、初めてあの日の夜の出来事を話した。不思議な光を見た出来事を。詩織は少し驚いていたが、「そっか、じゃあやっぱり妖精さんだったのかな」と笑ってくれた。
涼平も、ずっと考えてる。ハナは一体、何者だったのか。もしや人間ではなかったんじゃないか。
だとしたら何故、彼女は自分の前に現れたのか。
「またいつか、会えたらいいね」
その言葉に、涼平も笑みを返す。詩織は笑うと、右手に掴んでいたものが走り出して慌てて叫んだ。
「わわっ華! 駄目だよ走っちゃ!」
彼女は一目散に駆け出し、やがて一個のお店で止まった。
「金魚すくい、したいの?」
華はこくこくと頷く。
「金魚すくいか、懐かしいな」
「涼平くん、昔金魚飼ってたんだっけ」
「うん、こんな小さいの。名前は太郎って言って」
そこで涼平は気づいた。
最後にハナが言った事を。
『今度は、かわいい名前がいいな』
ああ、そうか。
そうだったんだ。
涼平は、賑やかな喧噪の中、あの日の光を思い出した。
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