家から追い出されました!?

ハル

文字の大きさ
19 / 36

初めての幸福なプレゼント

しおりを挟む
 ジークに雇われて3週間が経とうとしていた。夏の暑さはすでになく気温が急降下、肌寒い日が続いていた。
 しかし、この落ち込むような気候に負けず、私は毎日が楽しくて仕方ありませんでした。
 その理由は、仕事があることもそうなのですが、ジークに、予定では別の人だった、連れられたデパートで買った毛糸と編み棒で毎日自由時間に勉強を終えてからの数時間と朝の早起きをして確保した1時間で編み物をしていたからです。とても根気のいる作業だけど、逆に集中できて私にはとても合っていた。
 たびたび、ジークからキラキラとした視線を向けられるが、その犬のような目は無視して、目的だった紘一と静江のために色違いのセーターを編んだ。
 最初は手袋にしようかと思ったが、彼らの手のサイズの型が必要で、それを取るために彼等の手を止めるわけにもいかず、遠目でも大体のサイズが分かるセーターにした。デザインは特に考えておらず、最もありがちの鎖型が胸元に入っているシンプルなデザインにした。デザインの才能はないので、そこは大目に見てほしいが、この2週間弱で彼らのセーターは完成した。

「あとはどうやって渡そうかな。」

 ラッピングもしてみた。ただ、ちょっと柄が子供っぽいかと思ったが、小さい白いうさぎが暗い青色、夜空に散りばめられていて、一目に気に入り毛糸と一緒に購入したものだ。こうして、プレゼントを用意するなど初めてのことだと思う。
 昔、一度だけ、父親のためにバレンタインでチョコレートクッキーを焼いて渡すと彼はそれをその場でもらいはしたものの、後日ゴミ出しに行ったゴミ袋の中に入っていた。一口も食べていないクッキーが。
 元両親は私に対して暴力を振るったことも暴言を吐いたことも嫌味を言ったこともなかったが、心の中は不平不満で一杯だったのかもしれない。
 今思えば、そんな気がした。

 あんなふうに囲んでデパートに行った記憶などないのだから。

 そのクッキー以来、私は決して他人にプレゼントをしないことにしていた。今回も既製品だと言って渡そうとは思っている。

 渡し方に悩んでいるとドアがノックされた。プレゼントを慌ててベッドの下に隠し、返事をすると、入って来たのはジークだった。
 夜20時でまだいつもなら仕事をしている時間なのだが、彼はすでにお風呂に入った後で完全に寝間着姿でリラックスしていた。

「髪の毛乾かさないと風邪ひきます。もう、温かくないんですから。」

 彼の手にはドライヤーが握られており、それを渡された。
 故意だということは一目瞭然だろう。
 しかし、それを呆れてはいても嫌ではない自分がいるのだから、自分も結構やばいところまで落ちているのだろうかと思ってしまう。

「編み物は完成したの?」

 ドライヤーで乾かしていると彼は何の前置きもなく尋ねた。

「はい、ついさっき。ラッピングもしました。」
「そうなんだ。じゃあ、今から渡しに行くの?」
「いえ、今はちょっと。」
「なんで?」

 彼は不思議そうにこちらを向いて来たので、ドライヤーを止めた。
 まっすぐに見られてつい目を逸らしてしまった。気持ちは浮気がばれた彼女的心情かもしれません。そんなことをしたことがないけど。
 彼は私が話すまで決して視線を逸らさない気のようで、その上、元々プライベートスペースがおかしい人だったからか、さらに顔が寄ってきて鼻同士がくっつくぐらいまで近づけてきた。その近さにはさすがに驚いた。
 キ・・キスされるかと思った。
 心臓がバクバクと音を立てていた。

「どうやって渡せばいいか分からないんです。」
「・・・え?普通に渡せばいいと思うよ。”いつもありがとう。”みたいな。」

 こらえきれなくなった私は自分の思いをぶちまけた。
 すると、彼の方は首を傾げて提案をしてきた。彼には理解できないみたい。

「それで受け取ってもらえなかったら?使ってもらえなかったら?」
「そんなことはないよ。」
「そんなこと分からない。次の日、捨てられていたら?」
「それは絶対にない。」

 ジークははっきりと断言した。
 私の方は昔のことが思い出されて涙で視界が濡れていた。

「なぜ、そんな風に言えるんですか?」
「付き合い長いし、彼らの性格は結構分かっているから。」
「それはそうかもしれませんけど。」

 私はそれでも踏ん切りがつかなかった。
 それを見かねた彼は立ち上がって私の手を掴みベッドに座っていた私を立ち上がらせた。

「今から渡しに行こう。僕も一緒に行くから。ちゃんと、素直に気持ちを言えばいい。郁美がどんなふうに思って編んだものかを伝えればいいんだ。そして、渡したら彼らはそんな思いを無下にはしないよ。」

 彼に促されるまま恐る恐るラッピングした袋を2つ持って彼らがいるという彼らの生活スペースに案内された。
 初めて入ったのだが、1階の日当たりの良い部屋で畳の部屋だった。見た目が洋館だったので、畳の空間があることに驚いたものの、彼らも突然の訪問に驚いており、2人で玄関口の方の庭を見ながら談笑していたようだが、それを中止してこちらにやって来た。

「おや、こんな時間にどうされましたか?ジーク様、郁美さん。」
「何か飲み物ですか?」

 今日は仕事が早く終わり、ジークが彼らに休むように言ったようだった。
 そんなジークが現れたら、畏まるのも無理はないだろう。

「いや、そうじゃない。用があるのは郁美だ。ほら、郁美。」

 彼に背を押されて彼の少し前に押し出された。
 彼らはおどおどした私に不思議そうな視線を向け、私が話すのを待っていた。
 いつも以上に視線が集中しているような気がして、緊張は最高に達した。しかし、唇をグッと噛んで体の震えが止まるように色んなものを堪えた。

「あの、夜分遅くに尋ねてすみません。これ、お2人には日々お世話になっておりますし、以前、やけどした際も薬をいただきましたから、お礼のプレゼントを用意したんです。良かったら、あの、使ってください。」

 私はどうにか全部言えた気がして持っていた袋を2人に押し付けると、その場に留まることが耐え切れず、そそくさと逃げてしまった。自分の部屋に着いて、ベッドに倒れ込み息をどうにか整えた。
 緊張で固くなった体だったからか、単純に運動不足で急に走ったからか、どちらか分からないがだいぶ息を乱してしまった。

 こんなに息を乱したのはジークとの初対面で全力疾走して以来かもしれない。
 疲れたな。

 渡すだけで私の体力はそこを付きたようで、眠ってしまった。

 その日は覚えていないが温かい気持ちで目覚めたので、きっといい夢だったのだろう。

 次の日、起きて着替えていつものようにダイニングに行くと、そこには、昨日渡したセーターを着た紘一と静江がいた。彼らはいつものように笑っていた。

「おはようございます、郁美さん。」
「おはようございます。」

 彼らに挨拶をされたので、いつものように返す。

「このセーター、とても着心地がいいし、体にぴったりなんですよ。前まで使用していたセーターはほつれが出てて新しいものを買おうかと思っていたところでした。素敵なプレゼントをありがとうございます、郁美さん。」
「さっき、リオウ様に褒められたんですよ。いいセーターで良く似合っていますね。って」
「それは良かったです。」

 彼らに手を握られて手放しに喜ばれた。心から嬉しいとそう言っているような顔だった。
 それを見ていたら涙が浮かんできそうだったので、何とか声を出してフイッと彼らを背けて

「忘れ物をしたので部屋に戻ります。」

 なんて見え見えの嘘をついてその場から退散した。

 また、逃げてしまった。

 部屋に戻りベッドに顔を押し付けてその涙を拭った。
 そして、目を瞑って何度も彼らの顔を思い出していた。目の裏に残像を刻み込むように。

 そう祈りながら。

「こちらこそありがとうございます。」

 私はボソッと呟いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?

宇多田真紀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。 栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。 その彼女に脅された。 「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」 今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。 でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる! しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ?? 訳が分からない……。それ、俺困るの?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

大好きな幼なじみが超イケメンの彼女になったので諦めたって話

家紋武範
青春
大好きな幼なじみの奈都(なつ)。 高校に入ったら告白してラブラブカップルになる予定だったのに、超イケメンのサッカー部の柊斗(シュート)の彼女になっちまった。 全く勝ち目がないこの恋。 潔く諦めることにした。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

処理中です...