家から追い出されました!?

ハル

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番外編

無自覚な困った彼女【side ジーク】

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 やっと、僕の家に着いた。彼女をここに連れてこれたと安堵した。
 彼女は家を見るなりカチコチに固まっていて、家に馴染めるのか不安だった。大きいし、予想以上に広かったせいだろうが、不安なものは不安だった。
 家族の方は問題ない、どころか、彼女を一目見るなり、祖母と母、姉という女性陣は彼女に夢中だった。日本人の色を持っているのに、こちらの国のような体格で服もヨーロッパではやりのファッションが似合いそうで、どうやって買い物に誘おうかうずうずしているのは目に見えていた。

 まさか、初日になるなんて思いもしなかったし、僕が引き金を引いてしまうなんて予想もできなかった。

 ただ、郁美が持っている服は少ないので外商を呼んでの購入には賛成だったから、祖母に郁美の服サイズなどを訊かれたので教えておいた。彼女は早速嬉々とした様子で外商に連絡して追加の商品を持ってこさせるように伝えていたし、母も楽しみ過ぎて笑みがいつもの数倍輝いていた。

 この人達のファッションに対する熱はすごいからな。
 郁美には我慢してもらうしかない。

 僕は内心謝りながらも彼女が彼女にあった服を着た姿を楽しみにしていた。

「ああ、早く見たいな。」
「そんなことはいいですから仕事をしてください。」
「お前にあ僕を気遣おうっていう誠意はないの?」
「これはあなたが日本でしたことの後始末ですから、ご自分の責任でしょう。私も本当ならバカンスを利用してイタリアにでも行こうかと思っていたんですよ。」
「え?旅行行く気だったの?いつもは冬は寒いからと言って、実家のこたつでまったり過ごしているくせに。」
「悪いですか?」

 リオウに睨まれた。
 想像の邪魔をされたので八つ当たりしたら僕の方が悪いので何とも言えなかった。
 驚いたのは本当なので仕方がない。
 執務室でリオウに差し出される資料に目を落とした。黙って言うことを聞くのが一番だ。
 それに彼の言う通り、今見ている資料は日本で友人の会社買収を手伝ったせいもあるから仕方がないことだ。友人が買収した会社で日本の交渉の鉄則なんかを訊いてくるし、他にもグループ企業だったのでグループ全体の経営悪化が国内の景気に大きなダメージを与えてしまったので、そのための対策をしているところだった。

「大切な人を得るための代償ならこれぐらい軽いものだよね。」
「そうですか。執着が強すぎて逃げられないことを祈っています。」
「失礼だな。」

 彼はドン引きしていた。その反応に僕はムッとした。

 資料も片付いて本当に休暇を楽しめると思いつつディナーに向かったのだが、なんと、郁美は寝てしまったようで残念だった。飛行機での長距離移動や僕の家族に彼女の意見も聞かずに合わせたりして緊張していたせいだろう。

「恋人の家族に会わせるのは早すぎたかな。」
「いいえ、そんなことはないわ。私がマリアと盛り上がったせいなのよ。色々と似合うから楽しくなってしまって。」
「それなら私も同罪ですわ。熱とか体調を崩さないといいのだけど。」
「そうね。一応、イバン医師に連絡をしておきましょう。」
「ええ、それがいいわ。」

 ぼそりと呟いただけだったのに、祖母たちに拾われ、彼女たちも責任を感じているようだった。

 やっぱり、着せ替え人形にしていたんだ。

 彼女たちは若い子を着飾るのが好きだった。それが原石や宝石なら尚のことだろう。彼女たちだけで盛り上がり、郁美が苦笑いしている姿が目に浮かんだ。

「郁美のこと、少しだけ気を配ってあげて。」
「はい、もちろんです。」

 僕は指示だけして夕食を終えて寝る前に郁美の部屋に入り様子を見に行った。
 懇々と眠っているようだが、彼女の顔色は思ったより悪くはなかった。

「疲れさせてごめんね。ちょっと気が急いてしまった。」

 僕は寝ている彼女の頬を優しく撫でた。割れ物に触るように優しく。

 翌朝には元気になった様子で食堂に現れた。彼女は低姿勢で謝りどおしだったが、こちらの方が悪いので、彼女の謝罪を流した。
 そして、ここに来る前の出来事に酷く気にしている様子だったのだが、それを聞いた僕らの反応は半笑いだっただろう。
 彼女が自己評価の低い所があり、他人からどう見られているのか分かっていない。だから、”使用人が固まっていた”と言われた際、彼女は驚かしてしまった”と考えていたが、僕ら家族は”君のきれいな姿に見惚れた”で一致した。実際、例の使用人から話を聞いたポールが、

ジェシカ例の使用人からは郁美様の美しさと凛々しさに見惚れてしまって失礼をしたと嘆いておりました。」

 なんていう報告をしてきた。それを聞いていた家族は全員で

 やっぱり

 なんて思っていた。
 本当に彼女の意識が低い所は無防備で可愛いとは思うが、警戒心を持ってほしい。彼女はいったん信頼すると、どこまでも信頼して大切にする人だった。僕もやっと数か月かけて見せてもらったものを僕の知り合いだからというだけで全部大切にする必要はないんだ。

 いや、もういっそ、僕だけを大切にしてほしい。
 なんだか、このままだと世の中の全ての人から視線を避けるために監禁してしまいそうだ。
 うん、僕って結構まずいかも。

 そうして、なんとか自制をしていたというのに、甥のウォーリーと抱きしめ合っている姿を見たら、そんな黒い気持ちが一気に噴き出してしまった。それに彼女が怯えていたのは分かったが自分でも抑えきれないのだからしょうがない。
 結果として、彼女に膝枕をしてもらってリラックスできたから良かったけど。怯えられて避けられ始めたら、本当に監禁、実行してしまいそうだった。

 島も持っているからすでに準備万端だし。

 それから1か月ぐらいたってクリスマスが近くなっていた頃に祖母がクリスマスの過ごし方を郁美に尋ねた。毎年、母の実家で開かれるパーティーに行くのだが、今年は郁美が来て初めてのクリスマスだからという理由で彼女に合わせようと祖母が提案したのだ。もちろん、家族はすぐに賛成した。
 しかし、これが間違いだったと気づかされ、気まずい雰囲気になった。彼女は元家族から排除されて過ごしてきたようだった。彼女にとっては僕に出会うまで不自由ない生活をしていたと言ったのはあくまで金銭面や教育面のことだけであって、精神衛生上良い家族ではなかった。それには誰もが言葉を失っていたし、空気は凍っていた。
 特に子供大好きな家族たちは苛ついてもいたようだ。
 そこはウォーリーのおかげで何とかカバーでき、気遣うような視線を向けてきた彼女にも、それ以上気にしなくなった。
 人生初のクリスマスをこちらで過ごすことに思考を返還させて、家族は張り切った。
 予定通り、母の実家に行くことになり、そのことを伝えると郁美は恐縮していた。数週間とはいえ、言葉が拙いこととマナーも知らないことが理由だった。僕らは相変わらず日本語で話しているが、使用人たちとも会話をするためにフランス語や英語までも学習しているのだが、彼女にとってはまだまだというレベルらしい。
 ただ、彼女に傍仕えにした使用人たちからは

「とても発音がきれいで丁寧に話してくださる。」
 
 と嬉しそうに報告してきたので、おそらく、コミュニケーションを取るのには何の不自由もないはずだ。
 それなのに、未熟だと言い張るので僕がマナーや語学を学べばいいと提案すると、彼女は嬉しそうに頷いた。元々、勉強が嫌いなわけではなく、むしろ、新しいことを学習して知識を身につけることを楽しんでいた彼女だから、この話には乗ってくると思っていた。
 さっそく、祖母や母にはマナーのことを頼み、僕と父、祖父が語学の学習を見てみることにした。
 結果は脱帽だった。
 いや、良い意味で。

 マナーを見た初日から祖母たち曰く、ほとんどアドバイスするところがなかったらしい。元々、立ち居振る舞いはきれいだった。高身長あるあるの猫背もなくがに股や内股でもないのでそれほど注意は必要なかった。食事も見ていた限りはナイフもフォークもきれいに使えていたから、食べる姿もきれいだった。だから、マナーについてはほとんど注意点もなく、初日で合格を言ったらしい。
 語学の方は推して知るべし。ドイツ語を独学でマスターしただけあって、飲み込みが早かった。発音もとてもきれいだった。英語に関しては日本教育だったからか、カタカナ発音である箇所があったが英語の発音教材なんかを渡したらすぐに修正してきたし、フランス語は元々使用人が話している声を聞いていたからか、まるで母国語のような発音をしていた。
 彼女の才能に家族が全員驚かされた。

 そして、パーティー当日、彼女は祖母たちに贈られたドレスを身に着けて出席した。パーティー会場に入ると、誰も彼もが見たことのない彼女を見ていた。隣に僕が立っていなかったらと思うとぞっとした。
 信頼のおいている友人数名だけを紹介して僕は彼女を連れて端に寄った。これ以上、彼らから注目を浴びるのは隣で若干顔色を悪くしている彼女が気の毒だったのと、僕の個人的な理由からだった。
 彼女が体調悪そうにしていたのは、僕の知り合いが皆固まったりするので、失礼をしたことを心配していた。相変わらず、彼女は自己評価が低い。それをどうやって向上させるかが僕の課題だ。

 そんなことを考えていると、元婚約者候補がやって来た。
 アマンダは母方の親戚の知り合いだから出席するのは分かっていたし、なぜか、連絡を寄こしてきた。全てスルーだったけれど。
 彼女は自分との差を見せつけようと嫌味混じりに下品な言い回しをしてきた。僕はそれに我慢できずに止めようとしたのだが、郁美は僕が思うより純情だったのかもしれない。
 男女のそういう関係のことを言ったのに、彼女は生活面でのことだととらえたらしく、誰もがその認識の差に大笑いしていた。当の本人はそれに気づかない様子だったが、言われた側は顔を真っ赤にしていた。
 それはそうだろう。そういうことしか考えていない低能であると公言したようなものだから。
 帰宅後、彼女にお休みと言ってから、リビングに向かうと家族が揃っていた。もちろん、ウォーリーはすでに自室で夢の中だ。家族は今日のことを笑っていておかしそうだった。
「いつになったら結婚するの?」
「早めにしないと他にとられるわよ。」
「ええ、ですが、もう少し時間をかけますよ。」
 急かす家族に苦笑した。特に女性陣の熱がすごかったが軽く流した。慌てなくても彼女はここにいるのだから、決して逃がしはしないし、とられるなんてへまもしない。

 郁美は本当に純粋で真っ白だった。僕の見つけた世界で何よりもかけがえないのない僕だけの宝石。
 そして、僕にとっては眩しく決して届かない月のような優しさまで持っていた。

 郁美は僕のもの、絶対に手放さない。
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