雨の庭で来ぬ君を待つ【本編・その後 完結】

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第二章 白驟雨

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 九月最後の土曜日、お父さんの会社のパーティーが行われた。
 会場は、県内で一番大きなホテルの大広間だ。お父さんの会社の偉い人たちだけではなく、取引先だったり、地元の国会議員や有力者、そんな人たちが大勢集まっている。壇上での挨拶が済み、お父さんと継母が二人で招待客の元へまわり始めた。二人になると、樹が私に耳打ちして来た。

「そのドレス、ものすごく似合ってる。めちゃくちゃ綺麗でドキドキする」
「こんなところで、やめて」

咄嗟に樹から離れ、周囲を見回してしまう。どこで誰が見ているか分からない。

「どうして?  綺麗だから綺麗だと言ってるんだ。姉さん、こんなドレス持ってたんだ」
「この前、お父さんと一緒に買いに行ったの」

とりあえず樹との間に少しの距離を置く。

「この前、食事に行ったっていう時?」
「そう」
「へぇ……」

樹の声が、途端に硬くなる。そんな樹を不思議に思って見返した時、挨拶周りに行っていた両親が私たちのところに戻って来た。

「――子供たちを紹介しますよ。二人とも挨拶をして」

連れ立って来た年配の男性とその息子と思われる人を前に、私と樹に視線を向ける。

「長女の未雨に長男の樹です」

お父さんのその言葉に促されるように、私も挨拶をする。

「初めまして、糸原未雨と申します」
「樹です」

樹も、私に続いて小さく頭を下げた。

「これはこれは、お二人とも聡明そうなお子さんでいらっしゃる」

年齢はお父さんと同じくらいだろうか。柔和な笑みを浮かべた男性が私を見る。

「こちらはね、Kコーポレーションの社長をされている古谷ふるやさんだ。私が、日頃から大変お世話になっている方だよ」
「いやいや、こちらも糸原さんにどれだけお世話になっているか。ほら、おまえも挨拶をして」

Kコーポレーションというのは、お父さんの会社と同様、この辺りではとても大きな会社だ。その古谷さんの一歩後ろに立っていた男の人が、にこやかに前に出て来た。

「初めまして、古谷光紀ふるやこうきです」

高校生の私から見たら、とても大人に見えた。身体にぴたりとフィットした黒いスーツに、細いネクタイをしている。少しウェーブがかった前髪が、どことなく垢抜けていた。

「東京の大学に通っているんだが、大学というところはまだ夏休みのようでね。まったくいい身分だ」
「お父さん、もう夏休みは終わっていますよ。こちらのパーティーがあるからって残るように指示したんじゃないですか」

豪快に笑う古谷さんに、光紀さんは笑みを浮かべたまま言葉を返した。

「あれ、そうだったかな?」

そんなやり取りに、私まで笑ってしまう。

「光紀君、それは悪かったね。来てくれて感謝するよ」

お父さんがすかさずそう言うと、光紀さんがすぐに言葉を返した。

「いえ、こちらこそご招待いただけて嬉しいです。こうして、皆さんにお会いできましたし」

そう言いながら、何故か息子さんは私の方を見てにこりとした。

「本当に、素敵な息子さんですね。ご立派だわ」

継母が満面の笑みで感嘆の声を上げる。

「いえいえ、糸原さんのお子さんたちに比べたらうちの愚息など。未雨さんも、高校生とは思えない綺麗なお嬢さんで。なあ、光紀」
「ええ、本当に。お会い出来て嬉しいです」

どう応えたらよいのか戸惑う。とりあえず、小さく会釈する。

せがれも、来年大学を卒業したらこっちに戻って来る予定でね。未雨さん、ぜひ、仲良くしてやってください」

その言葉が社交辞令的なものなのかどうか古谷さんの真意が分からず、曖昧に笑うことしか出来なかった。

「――樹君だったかな? 君には、お父さんも大変期待している。ぜひ、頑張りなさい」

話題は樹に移りほっとして顔を上げると、不意に光紀さんと目が合った。焦る私とは対照的に、落ち着いた微笑みを向けて来る。私は無理矢理に笑顔を作った。



「――私たちは失礼します」
「では、そこまでお送りしますよ」

私以外の人間たちで会話を繰り広げていたが、それも終わったようだ。

「未雨さん」

古谷さんに頭を下げていると、光紀さんの声がした。

「またね」

さっきと変わらない微笑みの中に、どこか意味深な視線が胸に引っかかる。立ち去る光紀さんの背中を不思議に思いながら見つめた。

「――姉さん、ちょっと来て」

二人だけになったと同時に、背後から樹の低い声がして、すぐに腕を強く引かれた。

「ちょっと、何? どこに行くの?」
「いいから。来い」

強引に会場から私を連れ出す樹の背中に声を掛けても、いっこうにこちらに振り向いてはくれない。ただ、その手が私を強く引っ張るだけだ。

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