雨の庭で来ぬ君を待つ【本編・その後 完結】

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第五章 神立

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「おね――」

がいやめて――。

咄嗟に上げた声を、樹が私の口の中にたくし上げたブラウスを突っ込んで消し去った。近付いて来る足音が私を追い詰める。

お願い――。

壊れてしまいそうなほどに心臓が暴れる。

春日井さん、入って来ないで――!

少しの音も漏らさないように呼吸を止める。でも、そんな願いは叶うはずもない。ドアノブに鍵が差し込まれた。口の中を布で一杯にさせられながら樹を見る。溢れる涙で樹の顔はぐちゃぐちゃに歪んでいた。

お願いだから、やめて――。

乾いたそこを樹が貫く。

「ん……っ!」

その瞬間、溢れた涙が筋となって滑り落ちた。

「未雨、最高に気持ちいいよ。自分でも腰動かしてどうしたの……? そんなにいい? もっと? 自分からねだったりして、可愛いな。感じてる顔見てたら、たまんない。二人でもっと気持ちよく、なろ……っ」

樹が突然、声を大きくして、吐息交じりに勝手な声を漏らす。そして、何度も何度も滑りの悪いそこを激しく突いた。その度に身体が振動を受けて、押し止めたいのに、どうしても玄関扉まで伝わって激しく揺れる。樹の呼吸は乱れ、私を壊そうと何度も何度も身体をぶつけた。
 この家で、樹はおかしなことをしないだろうと思った。でも、違ったのだ。むしろ、樹は春日井さんが帰って来ることを見越して、こんな場所で話をしようと言い出したのだ。

春日井さん。お願い、気付かないで――。

それも無理だと、もう頭では分かっている。それでも、私は何度も何度も祈るのだ。

 ドアノブから鍵が引き抜かれる。

玄関の扉一枚隔てたそこに、春日井さんがいる。いるのに――。

込み上げて来る涙が感情をかき乱して、私を壊す。

春日井さん――。

その足音が、激しい雨の音の中へと消えて行った。

 まるで人形か壊れたロボットか。されるままに激しく揺さぶられた後、樹がようやく私から離れて行った。

「――さっき、あいつ帰って来てただろ。絶対に俺たちのこと気付いたよな」

ファスナーを上げる音とベルトがカチャカチャと鳴る音。そして乱れた呼吸のまま喋る樹の声。そんなものがどこか遠くで聞こえる。

「他の男との最中の声なんて聞いちまったら、その女は絶対無理だろ。普通の趣向の男なら受け付けないよ」
「う……っ、う」

もう感情なんて全部捨ててしまいたいのに、涙は止まってくれない。

「泣くなよ!」

苛立ったように樹が叫ぶ。力の入らない身体が扉に沿って滑り崩れ落ちた。

「全部、未雨が悪いんだ」

震える身体を必死に抱きしめようとするのに、腕にも力が入らない。がらくたみたいな身体を扉にただ預ける。

私が悪い――。

こんな風に、春日井さんの前で凌辱されるのも、身体も心も壊されるのも。

私が全部悪い。こんな私、もう――。

どうしてこんな時に、あの眼差しを思い浮かべてしまうんだろう。どこか憂いを隠し切れない、それでいてとても優しい笑み。

もう、あんな風に笑いかけてくれないかもしれないのに――。

近づく気配に身体を固くする。あまりに震えていて歯がカチカチと音を立てる。

「――分かった? 未雨には俺しかいない。これまでも、これからも」

――未雨には俺しかいない。

何度も何度も言われて来た言葉。私もずっと、そう思って来た言葉。

「ちゃんと俺のところに戻って来たら、嫌ってほど優しくする。大事に大事にするから」
「……やっ」

腕が回されて反射的に出た声もか細くて、役立たずの自分に怒りすら感じる。

「愛してる。未雨好きだよ」

苦しくて、このまま消えてしまいたい。

「春日井さん……っ」

溢れる涙の熱さが、体温を実感させる。あの人が好きだと胸が締め付けられて、その痛みがまだ生きていると訴える。

「未雨……」

息を飲むような声の後、樹の呼吸が一瞬止まる。じっとうずくまる私には、その表情は見えない。
 樹が飛び出して行った。土砂降りの中に晒されるその背中を思っても、もう心は動かない。乱暴に開かれた扉の向こうは、少し先も見えないほどに激しい雨が地を叩きつけていた。

 乱れたブラウスからはだけた肩と、ぐちゃぐちゃになったスカートから出る足。そこから流れ出る生温い感触。おもむろに立ち上がろうとしても、身体が酷く痛んで力を入れられない。殴られたわき腹も、気付かないうちに肌に付けられていた噛み跡も、切り裂くように痛い。

こんなところにいたら、春日井さんが戻って来てしまう――。

そう思った瞬間、違う痛みが身体を貫く。この雨の中、消えて行った足音。どこに行ったのか。

今、春日井さんは何を考えていますか――?

私と樹が恋人関係だと知っているのだから、少し驚きはしても、呆れているだけかもしれない。
 私は、苦しくてたまらない。樹に無理やり身体を貫かれている時、無心になろうとした。感情を全部消そうと思ったのに、全然だめだった。

 せっかく乾いたと思った涙が性懲りもなく流れ続ける。ボロボロで汚い身体を、両腕で抱きしめる。

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