雨の庭で来ぬ君を待つ【本編・その後 完結】

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《その後》二人で見た海であなたを待つ

君を守るということ、君を愛するということ 15

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「未雨!」

だんだんと高くなる波の音に負けないように、僕は声の限りに叫ぶ。

「未雨……未雨っ!」

海岸をひたすらに走り、その海岸ももう終わるというところで、黒い影が動く。その動きが、どこかぎこちない。薄闇に眼が慣れて、未雨が片脚を少し引きずっているのが分かる。

「未雨!」
「太郎……さん」

僕の方に振り返るその声を聞けば、もう、だめだった。どうして僕はこの人と離れられると思ったのだろうか。未雨の目は、涙で溢れていた。

「未雨――」

その身体を奪い去るみたいに、抱きしめた。

「もう泣かせないって言ったのに、泣かせてごめん」

抱き締めた身体を覆うコートが、哀しいくらいに冷たくて。僕は、目一杯抱きしめる。抱きしめた時に触れた頬は、冷たくて、熱かった。力の限りで抱きしめているのに肩の震えが止まらない。それが、寒さからなのか、泣いているからか。どちらにしても、未雨をこんなにも苦しませた。細い腰も、長い髪も、未雨を構成するすべてを包み込みたい衝動にかられる。

「未雨、ごめん――」
「太郎さん、来てくれて、良かった……」
「未雨……?」

不意に未雨の身体から力が抜けたのに気付いた。少し身体を離し、その顔を覗き込む。

「ごめん、安心したら、急に力が抜けちゃって」

そう言うと、未雨が僕の胸に顔を埋めしがみつくように抱きついて来る。

「私の事、たくさん考えてくれたんだよね。太郎さんも、苦しんだんだよね。でも、どうせ苦しむなら、二人で一緒に苦しもうよ。太郎さんがどこかに行っちゃうくらいなら、その方がずっと苦しくない。だから、もう、離れて行こうとなんかしないで」

僕は、救われてもいいのだろうか。未雨が、決して許されてはいけない僕を救ってくれる。だから――。

「ああ。もう、未雨から逃げたりしない。未雨のそばにいる」

苦しい想いは、そのまま未雨への想いへと裏返って。どうしようもないほどに込み上げる感情に、飲み込まれそうになる。抱き締めた身体の儚さに、涙が溢れて、僕はただきつく抱きしめた。





 薄暗い僕の部屋で、冷え切った身体を温めるように、未雨を抱きしめた。
 そして、僕の部屋の貧相な布団に横たわる未雨に触れる。溢れても溢れてもまだ溢れ続ける、切ないまでの想いをその身体にぶつける。

「た、ろうさん……っ」

未雨の足首に唇で触れる。

「ここ、まだ痛いんだな?」

未雨が頭を振る。

「嘘。さっき、足、引きずっていたよ」

その足をこの手で包み込む。未雨を痛めつけてしまった。身体も心も。そう思うからこそ、この手のひらは慎重になる。優しくしたい。大切にしたい。

「ごめんな――」
「そんなところ、触れないで」
「嫌だ」

引こうとした足をそのまま僕の方へと寄せる。

「ごめん、未雨。これから、未雨の人生を僕の人生に巻き込んでしまう。こんな風に、辛い目に遭わせることもあるだろう。余裕ある生活だってさせてあげられない。どちらかと言ったら、苦労ばかりかけることになる」

未雨が上半身を起こし、僕の両頬に手を当てた。

「うん。そうだね。辛いことが起きる度にきっと、私を見て太郎さんは苦しくなる。罪悪感でいっぱいになる。私がいくら平気だと言っても、あなたは私を想って苦しくなる。太郎さんは、そういう人だから」

僕を見下ろす未雨の目が、優しく細められる。

「だから、『苦しんだりしないで』なんて、もう言わないよ。その代り、お願い」

窓の向こうから届く月の薄明りが、未雨の頬を青白く照らす。その唇が、僕に想いを届けるために動く。

「苦しむ分だけ、罪悪感を感じる分だけ、私を愛して。たくさん、愛してください」
「未雨……」
「他の何よりも、私はそれがいい」

そう言って微笑む未雨に、僕は顔を寄せた。どうしようもなく未雨にキスがしたくなった。未雨の首筋を僕の両手で支えて、何度も唇を重ねる。触れる度に、重ねる度に、温かくなる。やわからな唇は、僕の心を揺さぶって、衝動をかき立てる。

「君は、優しすぎる。本当に」

”苦しむ分だけ愛して”だなんて、そんなの、ただ僕を楽にするためだけの言葉じゃないか。

「未雨に言っただろう。これまでもこれからも、愛するのは君だけだって。でも、約束するよ」

君だけを愛している。これから先も、死ぬまでずっと。

「ありがとう、太郎さん。私は、もう何も怖くないよ。あなたの言葉は全部、信じられるから」

未雨の身体に唇を這わせる。この身体を慈しむように。僕は、未雨のこの身体の奥にある魂を守ろう。

「未雨は、強いね。君が、そんなに強いなんて知らなかった」
「……強くなんか、ない。でも、もし強くなったんなら、それは、太郎さんといたいから」

少しずつ弾む息を零しながら、未雨が言う。

「太郎さんだからこそ、自分が強くなってでも、捕まえたいと思ったんだよ――」
「未雨……っ」

未雨のために何が出来るだろうか。言葉にするだけじゃ足りないほどの苦労を課してしまうのなら、僕は未雨のために一体何ができるのか。

この柔らかく細い身体を、壊さないようにするために――。

「未雨、君を愛してる」

答えは見つからないかもしれない。でも、僕は、それを探すことをやめないでいよう。ずっと探し続けることが、未雨を愛することになる。

「太郎さん……好きです」

未雨が目尻に涙を溢れさせる。君と一つになると、僕も、涙が溢れた。僕の光は、優しく淡く、僕を包み込む。
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