雨の庭で来ぬ君を待つ【本編・その後 完結】

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《その後》二人で見た海であなたを待つ

君を守るということ、君を愛するということ 18

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 あの記者が再び来る前に、ここを離れるのが得策だろう。

”あんたの悲恋を書きたい”

それが、あの記者にとって、未雨を取材対象にしない最大限の譲歩だった。でも、どんな形であれ未雨と生きて行くと決めた今となっては、もうそんな申し出を受けるわけにはいかない。結局、あの記者から逃げなければならなくなった。
 どちらにしろ、僕はすべてを決断しなければならない。未雨といくつもの夜を過ごしたこの部屋で、僕は覚悟を決める。



「――ごめん、急に来て」

次の日の夜、直前に連絡をして、未雨のアパートを訪ねた。電話ではなく、直接顔を見て告げたいと思ったからだ。

「ううん、大丈夫だよ。さあ、入って」

僕は目深くパーカーのフードをかぶり、素早く未雨の部屋に入る。何かを察したのか、緊張気味な声が僕を部屋と促した。以前と変わらない未雨の部屋を見ると、これから自分がすることに現実味を持てなくなりそうになる。多分もう、この部屋を訪ねることはない。

「大事な話があって、ここに来た。未雨の顔を見て、ちゃんと話をしたいと思ったから」

小さなテーブルに向かい合って座る。座ったその横に、ボストンバッグを置いた。

「実は、昨日で、図書館を辞めたんだ」
「……えっ」

未雨は、小さな声を上げて僕をじっと見つめた。

「うん。本当は、もう少し働いていたかったんだけど、不測の事態が起きて」

いずれは辞めなければならないにしても、本当のことを言えば、あともう少しだけ働いていたかった。職を変えていなければ、未雨のことをあのまま誤魔化せたかもしれない。これからの生活を整えるための時間も稼ぎたかった。でも、こんなにもすぐに図書館を辞めてしまったとあっては、あの記者の推測が正しいと証明するようなものだ。もうどんな誤魔化しもきかない。予定よりも早く、あの土地から離れなければならなくなった。

「不測の事態って……」
「昨日の朝、図書館の人たちに僕のことがばれてね。それで、辞めざるを得なくなった。まあ、それはいつもと同じ流れだ」
「どうして……まさか、私のせい?」

未雨が、はっとしたように目を見開いて僕を見た。

「いや、違う。全然違うから。あの記者は今回の件に絡んでいないし。いつも、こういうことは本当に思いもしないところから漏れたりするんだ」

清水さんだとは言わない方がいいだろう。それこそ未雨は、自分のせいだと責めてしまいかねない。

「――それで。本題はこれからなんだけど」

僕は無意識のうちに姿勢を正す。

「図書館を辞めた以上、仕事を探さなくちゃいけない。それに、あの記者が僕をずっと追い続けている。未だ、君と僕が恋人関係だったと確信している。君を取材させるようなことはもう絶対にしたくない。だけど、君との関係を完全に否定する方法がもうない。唯一できることは、これ以上あの記者と接触しないこと。そのためには、あそこから離れなくちゃならない」
「また、どこかに行くっていうこと……?」

未雨の目がみるみる不安に揺れる。

「そうだ。今日、アパートを出て来た」

未雨が、一瞬言葉を飲む。そして口を開こうとした時、僕が先に言葉を発した。

「とりあえず、僕は一人で行こうと思ってる」
「そんなの、ダメです!」

未雨は身を乗り出して、声を上げた。

「僕には時間がない。それに、君には君の生活がある」
「でも!」
「しばらく君がここにいたままなら、あの記者は、本当に僕たちが別れたと思ってくれる。もしまた、君の前に現れたとしても、僕のことは知らないと押し通せばいい。だからーー」

未雨は激しく頭を振り、僕の言葉を遮った。

「私は太郎さんから離れない。太郎さんも言ってくれました。私のそばにいるって」
「そうだ。僕は君にそう言った。その気持ちに変わりはない」

はっきりとそう告げると、未雨が理解出来ないというように僕を見た。そんな未雨に一枚の紙を差し出した。

「これ……」
「ごめん。君にあげられる確かなものは、今はこれしかなかった」

未雨が、今度は驚いた顔で僕を見る。

「……婚姻届?」
「僕の記入欄は書いておいた。それを君に預ける。君に対する僕の気持ちだ」
「太郎さん……」

未雨がその紙を握りしめて、口元を指で押さえる。

「僕はもう君から逃げたりしない。どこにいるのかも何をしているかも、すべて君に連絡する。どんな形であっても、君といる。だから、それをどうするかは、君に決めてほしい。君がここに残っても、僕の元へ来てくれても、僕は変わらず君を愛している」

未雨には未雨の生活がある。ここには未雨の人生がある。

「僕は君から離れない。だから、どうするにしても時間はいくらでもある」

未雨には、冷静に考え、決断する時間を与えたかった。それでもし、僕と暮らすことを選んだとしても、すべてを放り出してここを去るのではなく、今の生活をきちんとした形で終えてからにしてほしい、そう思ったのだ。
 未雨は目を潤ませ、ほんのわずか微笑んだようにも見えた。そして、「分かりました」とだけ答えた。

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