148 / 154
《その後》二人で見た海であなたを待つ
君を守るということ、君を愛するということ 18
しおりを挟むあの記者が再び来る前に、ここを離れるのが得策だろう。
”あんたの悲恋を書きたい”
それが、あの記者にとって、未雨を取材対象にしない最大限の譲歩だった。でも、どんな形であれ未雨と生きて行くと決めた今となっては、もうそんな申し出を受けるわけにはいかない。結局、あの記者から逃げなければならなくなった。
どちらにしろ、僕はすべてを決断しなければならない。未雨といくつもの夜を過ごしたこの部屋で、僕は覚悟を決める。
「――ごめん、急に来て」
次の日の夜、直前に連絡をして、未雨のアパートを訪ねた。電話ではなく、直接顔を見て告げたいと思ったからだ。
「ううん、大丈夫だよ。さあ、入って」
僕は目深くパーカーのフードをかぶり、素早く未雨の部屋に入る。何かを察したのか、緊張気味な声が僕を部屋と促した。以前と変わらない未雨の部屋を見ると、これから自分がすることに現実味を持てなくなりそうになる。多分もう、この部屋を訪ねることはない。
「大事な話があって、ここに来た。未雨の顔を見て、ちゃんと話をしたいと思ったから」
小さなテーブルに向かい合って座る。座ったその横に、ボストンバッグを置いた。
「実は、昨日で、図書館を辞めたんだ」
「……えっ」
未雨は、小さな声を上げて僕をじっと見つめた。
「うん。本当は、もう少し働いていたかったんだけど、不測の事態が起きて」
いずれは辞めなければならないにしても、本当のことを言えば、あともう少しだけ働いていたかった。職を変えていなければ、未雨のことをあのまま誤魔化せたかもしれない。これからの生活を整えるための時間も稼ぎたかった。でも、こんなにもすぐに図書館を辞めてしまったとあっては、あの記者の推測が正しいと証明するようなものだ。もうどんな誤魔化しもきかない。予定よりも早く、あの土地から離れなければならなくなった。
「不測の事態って……」
「昨日の朝、図書館の人たちに僕のことがばれてね。それで、辞めざるを得なくなった。まあ、それはいつもと同じ流れだ」
「どうして……まさか、私のせい?」
未雨が、はっとしたように目を見開いて僕を見た。
「いや、違う。全然違うから。あの記者は今回の件に絡んでいないし。いつも、こういうことは本当に思いもしないところから漏れたりするんだ」
清水さんだとは言わない方がいいだろう。それこそ未雨は、自分のせいだと責めてしまいかねない。
「――それで。本題はこれからなんだけど」
僕は無意識のうちに姿勢を正す。
「図書館を辞めた以上、仕事を探さなくちゃいけない。それに、あの記者が僕をずっと追い続けている。未だ、君と僕が恋人関係だったと確信している。君を取材させるようなことはもう絶対にしたくない。だけど、君との関係を完全に否定する方法がもうない。唯一できることは、これ以上あの記者と接触しないこと。そのためには、あそこから離れなくちゃならない」
「また、どこかに行くっていうこと……?」
未雨の目がみるみる不安に揺れる。
「そうだ。今日、アパートを出て来た」
未雨が、一瞬言葉を飲む。そして口を開こうとした時、僕が先に言葉を発した。
「とりあえず、僕は一人で行こうと思ってる」
「そんなの、ダメです!」
未雨は身を乗り出して、声を上げた。
「僕には時間がない。それに、君には君の生活がある」
「でも!」
「しばらく君がここにいたままなら、あの記者は、本当に僕たちが別れたと思ってくれる。もしまた、君の前に現れたとしても、僕のことは知らないと押し通せばいい。だからーー」
未雨は激しく頭を振り、僕の言葉を遮った。
「私は太郎さんから離れない。太郎さんも言ってくれました。私のそばにいるって」
「そうだ。僕は君にそう言った。その気持ちに変わりはない」
はっきりとそう告げると、未雨が理解出来ないというように僕を見た。そんな未雨に一枚の紙を差し出した。
「これ……」
「ごめん。君にあげられる確かなものは、今はこれしかなかった」
未雨が、今度は驚いた顔で僕を見る。
「……婚姻届?」
「僕の記入欄は書いておいた。それを君に預ける。君に対する僕の気持ちだ」
「太郎さん……」
未雨がその紙を握りしめて、口元を指で押さえる。
「僕はもう君から逃げたりしない。どこにいるのかも何をしているかも、すべて君に連絡する。どんな形であっても、君といる。だから、それをどうするかは、君に決めてほしい。君がここに残っても、僕の元へ来てくれても、僕は変わらず君を愛している」
未雨には未雨の生活がある。ここには未雨の人生がある。
「僕は君から離れない。だから、どうするにしても時間はいくらでもある」
未雨には、冷静に考え、決断する時間を与えたかった。それでもし、僕と暮らすことを選んだとしても、すべてを放り出してここを去るのではなく、今の生活をきちんとした形で終えてからにしてほしい、そう思ったのだ。
未雨は目を潤ませ、ほんのわずか微笑んだようにも見えた。そして、「分かりました」とだけ答えた。
0
あなたにおすすめの小説
結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~
馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」
入社した会社の社長に
息子と結婚するように言われて
「ま、なぶくん……」
指示された家で出迎えてくれたのは
ずっとずっと好きだった初恋相手だった。
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
ちょっぴり照れ屋な新人保険師
鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno-
×
俺様なイケメン副社長
遊佐 学 -Manabu Yusa-
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
「これからよろくね、ちとせ」
ずっと人生を諦めてたちとせにとって
これは好きな人と幸せになれる
大大大チャンス到来!
「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」
この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。
「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」
自分の立場しか考えてなくて
いつだってそこに愛はないんだと
覚悟して臨んだ結婚生活
「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」
「あいつと仲良くするのはやめろ」
「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」
好きじゃないって言うくせに
いつだって、強引で、惑わせてくる。
「かわいい、ちとせ」
溺れる日はすぐそこかもしれない
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
俺様なイケメン副社長と
そんな彼がずっとすきなウブな女の子
愛が本物になる日は……
私たちの離婚幸福論
桔梗
ファンタジー
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。
しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。
彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。
信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。
だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。
それは救済か、あるいは——
真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。
冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。
そこで待っていたのは、最悪の出来事――
けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。
でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
☘ 注意する都度何もない考え過ぎだと言い張る夫、なのに結局薬局疚しさ満杯だったじゃんか~ Bakayarou-
設楽理沙
ライト文芸
☘ 2025.12.18 文字数 70,089 累計ポイント 677,945 pt
夫が同じ社内の女性と度々仕事絡みで一緒に外回りや
出張に行くようになって……あまりいい気はしないから
やめてほしいってお願いしたのに、何度も……。❀
気にし過ぎだと一笑に伏された。
それなのに蓋を開けてみれば、何のことはない
言わんこっちゃないという結果になっていて
私は逃走したよ……。
あぁ~あたし、どうなっちゃうのかしらン?
ぜんぜん明るい未来が見えないよ。。・゜・(ノε`)・゜・。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
初回公開日時 2019.01.25 22:29
初回完結日時 2019.08.16 21:21
再連載 2024.6.26~2024.7.31 完結
❦イラストは有償画像になります。
2024.7 加筆修正(eb)したものを再掲載
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる