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《その後》二人で見た海であなたを待つ
エピローグ 3
しおりを挟む「ここ……」
「そう、写真館」
未雨を無理やり連れて来たのは、この街にある写真館だ。その隣には、教会もある。
「それは、分かるんだけど、どうして?」
未雨が状況を飲み込めずに僕をただ見つめる。
「写真館は写真を撮るところだろ? さあ、行こう」
「え、写真って――」
未雨の手を引いて、写真館の受付へと向かう。
「予約をしている春日井です」
「春日井様ですね、お待ちしておりました」
「予約?」
横でただただ驚いている未雨に構わず、僕は手続きをしていく。
「本日は、お写真の撮影と挙式ということで承っておりますが、それでよろしいですか」
「はい、よろしくお願いします」
「え? きょしき……?」
「では、まず新婦さまのご衣裳から選んでいただいて撮影を済ませてから、そのあとお隣の教会へと行っていただきまして――」
「ちょ、ちょっと、待ってください!」
とうとう未雨が声を上げた。
「太郎さん、私、何も聞いてない」
「うん。内緒にしていた。君に言うと、そんなの必要ないとかいらないとか言うだろと思って。さっきも、そう言ったしね」
「それは――」
「これは、僕がしたくてすることだ。君はそれに付き合ってくれればいい」
何もいらない。二人で頑張ろう。
そう言ってくれる未雨を、僕はある意味で利用しているのかもしれない。未雨がそう言ってくれるからこそ、こんな結婚が成り立つのだから。でも、未雨の覚悟に僕の気持ちを返したいと、ずっと思っていた。
「太郎さん……」
「ほら、衣装を選びに行こう。僕が、君の花嫁姿を見たいんだ」
そう言って笑うと、未雨は、ようやくその表情を緩めてくれた。
「これなんか、君にいいんじゃない?」
「こんなにフリルが付いたドレス? 可愛らしすぎて私には似合わないよー」
「馬鹿だなぁ。君は何を着たって似合うんだよ。というかむしろ、君自身が可愛い」
「もう、やだぁ」
婚礼衣裳が並ぶ部屋の前で待つこと、そろそろ一時間――。僕も一緒に選ぶ気満々でいたら、未雨に『太郎さんは入ったらダメ』と言って締め出されてここで座っている。この日もう一組写真を撮るカップルがいるようで、この部屋のドアの向こうから男女二人の仲睦まじい会話がさっきから聞こえて来て耳に障る。
「シンくんだって、超かっこいーよ」
「俺は、君の引き立て役でいいの。なあ、このドレスにしよう? 君の可愛らしさならこの派手さに決して負けないよ」
「ええ~でもぉ~」
僕だって、未雨に選びたかった。どうせ、未雨はレンタル料が一番安いシンプルなものを選ぶに決まっているし。僕も、可愛いとか綺麗だとか、未雨が嫌というまで言いまくりたかったのに。このドアの向こうの男が、羨ましい。羨ましすぎる。羨ましすぎて、さっきから心の中では舌打ちしそうになって。
未雨だって、綺麗だよ――。
未雨がどんなドレスを選んでいるかも、その女性がどんな風かも見えないのに、勝手に張り合っている始末だ。
「春日井さまー」
そうこうしていたら、ようやく名前を呼ばれた。
「はい!」
「新婦さまのご準備が整いました」
「え……っ?」
女性の係の人が目の前の衣裳部屋を素通りして行こうとした。
「あ、あの、ここじゃないんですか? 衣装を選び終わったんじゃ――」
「ええ、もう衣装は早々に選んでいただきまして、お支度まで終わりました」
「え!」
衣装を決めただけではないのか――?
僕はもう一度驚いた。
「新婦さま、とってもお綺麗ですよ」
係の人に微笑まれる。僕は、心の準備も出来ないうちに支度部屋に連れて行かれ、係の人が開けたドアの向こうのその姿を目にした。
「――未雨」
僕は、名前を呼ぶのが精一杯だった。”可愛い”とか”綺麗だ”とか、言いまくろうと思っていた自分が呆れる。本当の姿を目の当たりにしたら、言葉なんて何も出て来ない。ただただ胸が締め付けられて、何かが自分でも訳が分からなくなるほどに込み上げて。馬鹿みたいに立ち尽くす。
長い髪をアップにして、控えめな髪飾りが未雨の清楚さを際立たせる。ベールがふわりと落ち、それが余計に未雨を厳かな雰囲気にして。純白のシンプルなドレス。それは僕の想像通りだったけれど、その美しさは想像をはるかに超えていた。どんな衣裳だって関係なかったのだ。
それは、まるで、闇の底に落ちた人間に光を射す女神みたいで――。
「太郎さん……?」
未雨がベールの向こうの瞳を見開いて、僕を見つめる。その眼差しにさえ、僕は胸が苦しくなる。どうして僕の元に、来てくれたのか。どうして僕に出会ったのか。その意味はすべて、僕のこの呪わしい運命を救うためだったのではないかって。そう思ったら、未雨に申し訳なくて苦しくて、どうしようもなく心が震えて僕は動けない。
「未、雨――」
「太郎さん、泣かないで」
動けない僕に未雨が近付いて来る。僕が動けなくても近付けなくても、こうして未雨は僕の元へと来てくれる。
「……泣く?」
「うん。泣いてる。どうして泣くんですか?」
未雨が僕の前に立ち、心配そうに見上げて来る。だから僕は必死に頭を振り、目を擦った。こんなに綺麗に支度をした未雨に涙を見せて、そのうえ「綺麗だ」とも言えないなんて。
「ごめん、まさか、太郎さん泣くなんて思わなくて。太郎さんがいろいろ勝手に決めていて、それで少し仕返ししてやろうって思ったの。全部自分一人で選んで準備して、太郎さんを驚かせようって。『未雨が変身していてびっくりした』って少し驚いてくれればそれで満足で――なのに、ごめんね」
あたふたとする未雨を見ていたら、余計に込み上げて来るからたちが悪い。
「あんまりに綺麗で、感極まってしまったんじゃないですか? ね、春日井さま」
僕たちのやり取りに助け舟を出したのは係の人だった。
「でも、お父様やお母様でなく新郎様が涙を流されるのは初めて見ました」
そんな言葉まで付け足される。
「ご、ごめん、未雨。すごく綺麗だよ。本当に、綺麗。こんなに綺麗なんだ。やっぱり、ちゃんとドレスを着て写真を撮ることにして良かったよ」
ようやく僕は、未雨に言葉を掛けることが出来た。
「太郎さんも、早く衣裳、選びましょう――」
「ううん、僕はこれでいいよ。そのためにスーツを着て来たんだから」
「そのためだったの? 用事だって言っていたからてっきりそれでだと思っていたのに――」
「いいんだ。僕は、君の引き立て役だからね」
さっきの男の言葉を借りておこう。
未雨が手にしたブーケとお揃いの花を僕の胸に付けてもらい、二人で教会へと向かった。
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