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《その後》二人で見た海であなたを待つ
エピローグ 5
しおりを挟む「太郎さん――」
それがまるで自然なことのように、僕たちは抱き合った。
「太郎さん」
呼吸をするように、会話をするように、愛を交わす。
「ん? なに?」
未雨のもこもこの服を一つ一つ開いて行きながら、未雨の呼びかけに答える。マフラーを取り除き、コートを剥ぎ取り、セーターを頭からすっぽりと引き抜く。
「好き……好きよ。私、あなたの奥さんで、すごく、嬉しい」
長い髪に静電気が起きて、未雨の顔にまとわりつく。髪を指でかき上げながら、頬に額に鼻に瞼に、唇を落とす。そんな僕の首に、未雨が必死に腕を回す。
「太郎さんが、好き――」
そう言った後、目を閉じていた未雨の唇をすぐさま塞いだ。唇を重ねた瞬間から、未雨の熱で身体中が揺さぶられる。どんな葛藤も溶かして忘れさせて、僕を溺れさせる。欲しくて欲しくて、何度も重ねる。何度も重ねても、奥底からもっと欲しいと未雨に対する飢えのようなものが込み上げて。未雨に息もさせないほどに貪る。
「……はぁっ」
いつまでも絡みあっていたい衝動を抑えて唇を離すと、未雨が大きく息を吸った。
「ごめん、苦しかったね」
見下ろした未雨の顔が真っ赤になっていて、思わず心配になる。
「ううん。太郎さんのキス、気持ちよくて、息するのも忘れてる」
とろんとした瞼で僕を見上げ、少し開いた唇からは甘い吐息を零して。それだけで僕を狂わせると言うのにそんな言葉まで吐くのだから、僕の理性はあっという間に砕かれる。
「未雨――っ」
触れるのも怖いと思っていた。今でも、その感覚がわずかに残っている。それでも僕は、欲しいとは思わずにいられない。未雨と向き合うことは、恐れと向き合うことでもあった。
でも、僕が未雨を抱いているようで、実は、未雨に抱かれている。そんな気持ちに包まれて、僕は結局、深く救われて来た。
一つになった後、身体が二つに分かれると、余計に少しでも触れていたくなる。汗ばんだ身体を、セミダブルベッドの中で寄せ合う。
「――この指輪、素敵です。本当に、ありがとう」
未雨が、僕の腕に頭を預けながら、天井に手の甲をかざした。その横顔を見れば、心から嬉しそうに目を細めているのが分かる。そんな未雨を見れば、僕の方が嬉しくなる。
「気に入ってくれて、良かったよ」
未雨の細い指によく似合う。プラチナの指輪の中央に一粒の小さなダイヤモンドが埋め込まれている。そんな、本当にシンプルなデザイン。華やかさはまるでないけれど、僕の精一杯をここに込めた。
「太郎さんの分は、私が準備したかったな……」
未雨が少し残念そうに呟くから、上半身を起こして未雨を見下ろした。
「――僕の指輪は、僕が準備することに意味があるから、いいんだよ」
「え?」
僕の指から指輪を外し、未雨に見せる
「ほら、指輪の裏側を見て。ここには、君の名前を刻んだ。結婚指輪は毎日つけているものだろう? ”いつも未雨とともにありたい”って意味と、”僕の心を未雨に捧げる”っていう気持ちを込めたから。僕自身の決意と覚悟でもある。だから、これは僕が準備してこそ意味があるんだ」
僕を見つめているその目に、視線を返す。
「太郎さん……ありがとう。本当に」
「ううん。こちらこそ、ありがとう。僕と共に生きてくれて――」
そう言って、未雨の額にキスをした。そうしたら未雨が、目を閉じて優しく微笑んだ。
狭いアパートのベッドで眠る彼女の顔を見つめる。どこか幸せそうに眠る顔を見れば愛おしくてたまらなくなるのに、かつての僕は、それ以上の痛みが襲った。その頬に触れようとする指さえ躊躇われても、結局彼女を永遠に僕のものにした。
躊躇いも痛みも葛藤も、消える日が来るのだろうか。いつか、自分を許せる日が来るのだろうか――そう思うと、僕は果てしないほどの絶望を感じた。
でも、 今感じるのは絶望じゃない。躊躇いも葛藤も、きっと一生消えはしないだろう。でも、未雨は、いつだって僕に光を与えてくれた。
この先も、迷い躊躇い、もがく僕に、寄り添ってくれる人――。
だから僕も、この命が果てるまで、誰より近くで支えよう。
君にとって一番の味方になるよ――。
指輪をはめた薬指に頬を寄せて眠る未雨の、柔らかな髪を撫でる。
君のためなら、僕は、なんだって出来る――。
起こさないように、そっと唇を重ねる。
「僕が君の家族になる。君と僕の二人で、ささやかだけれど、誰より強固な家族になろう」
僕の頭上に神なんていたためしはない――そう思っていた。でも、今は、神に感謝している。
僕のような男に、未雨を与えてくれてありがとうございます。
闇の底を這いつくばっているような僕に、罪にまみれた僕に、こんなにも温かな光を与えてくれたことを、生涯、感謝し続ける。
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