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第十四章 軽はずみで切ない嘘の果て

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身体も心も、熱くてふわふわとして来た――。

それから、どれくらい経ったのか、自分ではよくわからない。緊張なんて、宇宙の彼方へ飛んで行ったのか。そんなものの片鱗は、もう、どこにもない。ただ、心の底から自由になれた感覚。

こんな解放感を味わったのは、いつ以来だろう?

何でも出来る気がしてくる。身体が宙を漂う感じで、どこに力を入れていればいいのか分からなくなって、ふらりと隣に身体を倒す。

「……気持ちいい、です」

隣に座っているのは和樹さん。

これは、和樹さんの肩? それとも、胸?

どちらでもいい。それが和樹さんのものなら。

「柚季――」
「あったかい。触りたかったから、嬉しい」
「……え?」

そこにあった腕に、ぎゅっと抱きつく。

「ぎゅって、しても、いいですか?」

しがみついた腕から顔を上げて、私を見下ろしている和樹さんを見つめる。

「あの……もう、既に、ぎゅってしてるよ?」
「うん。でもね。もっと……って、意味です」

頬をその腕に押し付けた。

「柚季は、僕に、触りたかったの……?」

頭上から和樹さんの声が降って来る。大好きな、低いのに優しい声。

「うん。すっごく。毎日。触りたいし、触って欲しいって、思ってます」
「柚季は、酔うとこんなに可愛くなるんだ」

一段低くなった声に、身体がゾクリとする。ただ優しいだけじゃない、艶を纏った大人の男の声だ。

「柚季が、こんな風に酔っている姿を初めて見た」

和樹さんが私の肩を掴み、腕にしがみついている私をそこから引き剥がした。それに寂しさを感じたのも束の間、和樹さんの顔が間近に迫る。

「でも、柚季が男の前で酔ったのは、僕が初めてじゃないよな?」
「和樹、さん……?」

気付くと、ソファに押し倒されていた。ソファのクッションに背を預け、のしかかる和樹さんを見上げる。その目は、優しく見つめるものではなく、仄暗さと鋭さをにじませて。私を捕らえる眼差しから、逃げられない。

「一緒に暮らしていた時、柚季が他の男と二人で酒を飲んで泣いて帰ってきたのを思い出してしまった。その時も、こんな風に甘えたの?」
「そんなことしてない。それに、その時は……っん」

和樹さんの長くて骨ばった指が、私の首筋から鎖骨へと滑って行く。

「そうだね。その時は、契約結婚をしていた時だ。君は責められる立場にない。でも、僕は今――」

まるで私の反応を確かめるみたいに触れるから。勝手に吐息が荒くなって、恥ずかしくてたまらない。瞬きもせず射抜くように私をじっと見る。

「柚季の過去にまで、激しく嫉妬してる」

その指はゆっくりと滑り続けて。

「こんな柚季の姿を他の男が見て、もしかしたら、柚季を抱きしめたかも――そんなことを想像している始末だ」

至近距離にあるグレーがかった目が、僅かに歪んだ。

「ほんと、理不尽で愚かだよね。でも、それくらい、柚季のことが好きでたまらないってこと、分かってる?」
「……あっ」

唇が耳たぶに触れて、低い声が身体の芯を揺さぶる。それと同時に、和樹さんの指が私のパジャマの胸元に入り込んで行く。

「分かってて、こんな風に僕を煽ったの?」
「ちが……っ、だって、全然、私のこと、抱こうと、しないから――」

追い詰めて攻める立てるような言葉と愛撫に、馬鹿正直に暴露してしまった。

「柚季、君は、本当に何も分かっていないんだね」

和樹さんがふっと息を吐いて、私の顔を両手で挟んだ。 

「僕が、この一年、柚季に会いたくてどれだけ苦しかったのか。柚季に触れたくて、どれだけ焦がれていたのか。今僕が、どれだけ君を二度と失いたくないと思っているのか」

感情的な声が、眼差しが、真っ直ぐに私に向かう。

「柚季に嫌われたくなくて。君を抱こうとして、少しでも嫌がるような素振りをされたら……そんなことを考えてた。一年以上離れていたから、僕も怖かった」

そんなことを考えていたなんて、思いもしなかった。

「でも、君も僕を欲しいと思ってくれるなら。もう、我慢はしない――」
「んん……っ」

言葉を吐き出したと同時に、噛み付くように私の唇を塞いだ。

「……んんっ、か、和樹さ――」

顔も肩も強く固定されていて少しも身動きが取れない中で、荒っぽい舌が口内を激しく蠢く。熱く濡れた舌が私の舌を捉えればきつく吸い上げ、歯のうらをなぞり、隙間なく絡まろうとする。
 優しくて穏やかな和樹さんの裏の顔――日常の中では見ることのできないその顔が見たい。

「今日は、全部、分からせてあげる。君の心にも、カラダにも」

ようやく離れた唇の隙間から、呼吸をしても、またすぐに塞がれる。激しく唇が絡まる音が、次第に大きくなって。躊躇いなく自らも絡める。もっとくっつきたくて、腕を和樹さんの首に回した。

「いやというほど、刻みつけるよ。覚悟して」
「……いいです。たくさん、して」

自分のひどく甘ったるい声に、もう恥ずかしさもない。
今日は、ただ、和樹さんを求めるだけの女でいい。私の言葉に一瞬、動きを止めて、和樹さんが私の顔を覗き込んだ。

「……なんて顔してるんだ」

どんな顔してるんだろう。とんでもない顔をしているかもしれない。そんな顔を見せたくなくて咄嗟に顔を逸らしたけれど、和樹さんの手のひらがそうさせない。
 私の顔をじっと見つめて、親指で私の唇をなぞる。その指を口の中に差し入れられるから促されるように舐めた。

「たまらなくいやらしくて、可愛い。そんな柚季を見たら、抑えなんて効かなくなるだろ?」

舌の上を指が滑り、身体がじんとする。

「もっともっとそんな顔をさせたい」

そう言葉にしたと同時に、和樹さんの手が脚の付け根に入り込んで来た。

「そこは……っ」
「まだ触ってないのに、こんなにしてたのか?」

指が、既に敏感になっている突起を撫でる。ただそれだけでじわっと更に溢れたのが分かった。

「恥ずかしいから、言わないで」
「恥ずかしがる顔が見たいんだよ」

最初は撫でるだけだったのが、ぐりと押し潰すみたいに捏ねる。そこに気を取られているうちに、胸の先端も指で挟むように刺激された。

「や、っ、だめ……ん、あぁ」
「顔、真っ赤にして、目を潤ませて。気持ちいい?」
「ん、」

強烈な快楽が押し寄せて来て言葉にならない。その代わりに自分の身体がコントロール効かないほどにびくびくと跳ねた。

「もっと濡らして、もっと喘がせたい。正気をかなぐり捨てて僕を求める姿を見せて?」

獰猛な目が私を捉える。優しいのに荒っぽくて、甘いのに意地悪だ。
 一体、どのくらい時間が経っただろう。和樹さんは、私を甘く焦らし続けている。長い指が潤み切った襞を擦る。濡れた舌が胸の蕾を吸い尽くして。もう限界に来ていた。

「お願い、もう……」
「言って? どうしてほしい?」
「和樹さん……っ」

さっきからはち切れそうな和樹さん自身が私の太ももに押し付けられている。なのに、全然くれないのだ。

「ちゃんと言ってくれなきゃ、分からない」
「意地悪しないで……っ」

短くなる吐息が絶え間なく唇からは漏れる。

「意地悪は君だろ? 早く言って。僕が欲しいって」
「欲しいの……和樹さんの、挿れてーー」

言い終えたかどうかと同時に、熱く硬いものが焦らしに焦らされた私のナカを一気に貫いた。

「あぁ、!」

目の前がチカチカと点滅するような快感で頭を振り乱す。
激しい律動に、身体全部が快楽に溺れて行く。

「柚季、君のナカ、たまらない」

額に汗を浮かべ私の上で激しく身体を揺らす和樹さんを見ているだけで、もっともっとと欲しくなる。

「欲しくて欲しくてたまらなかった。夢で何度も君を抱いた」

うちつけられるたびに響く肌同士がぶつかる音。少しでもあくまで繋がりたくて、和樹さんの腰に足を絡めた。

「好きだ、柚季」
「好き、大好き」

素肌が隙間なくぴたりと重なる。このまま重なって一つになっていたい。

 もう、何度繋がったかわからない。

「ねぇ、柚季、大丈夫……?」

まどろむように後ろから抱きしめられる体勢で、和樹さんの少し掠れた甘い声が吐息と共に耳にかかる。

「いくらなんでも、求めすぎた?」
「い、いえ……私の方こそ――んっ」

長くて綺麗な指が私の胸を覆う。

「そうだね。柚季もすごかった」
「ご、ごめんなさい……っ。で、でも、和樹さんの、その手は何ですか?」
「ああ、これ? だって、そこに柚季の胸があるから。触われる場所にあるんだから、触るだろ?」

え……?

むにむにと、片方の手のひらがゆっくりと意思を持って動き出す。もう片方の手のひらが私の顎を掴み、後ろへと向けさせて、唇と唇が触れる場所で囁く。キスをしながら喋っているみたいで、また、おかしな気分になってくる。

「柚季の身体が可愛いから悪いんだろう? ようやく収まったと思ったのに、もうこれだ。どうしてくれるの……?」
「そ、そんな!」

お尻に何かが当たり、それどころか、分からせるみたいに押し付けてくる。

 一体私の身体はどうなってしまったのか。
 微かに触れる唇から、もっと生々しいものを求めて、勝手に開く。そこに、望んでいたものがすぐに入り込んできて、いやらしく絡まる。

「ん……はぁっ」
「柚季、可愛すぎるよ。遠慮がちな柚季も可愛いけど、大胆な柚季もたまらなく可愛い。毎日、やらしい季も見たいな」

離れた唇から、そんな、甘えるみたいな台詞が吐き出されて。

「か、和樹さんこそ、別人、みたいです」
「柚季とくっついてると、バカになるみたいだ。これから覚悟して?」

汗ばんだ胸が背中にぴたりとくっついて、ぎゅっと私を抱き締める。

「そこら中で、欲情してしまうかも」
「和樹さんが、まさか!」
「多分もう、我慢はできない。こんな柚季知っちゃったから」
「わ、私なんて…….、もう、子供も産んで、体型変わったし――」

出産は、本当に大変なものだったから。腰のラインやらお腹やら、自分ではその変化を認識している。

「君は、ほんとに分かってない!」
「か、和樹さん?」

くるりと身体を反転させられてら、気付けば見下ろされていた。

「以前の柚季も可愛らしかったけど、今の柚季はもっと綺麗だ。レストランで男に声を掛けられたらどうしようって、毎日不安なんだよ」

和樹さんの人差し指が、私の唇をなぞる。

「どうしたら、ずっと僕のものだけでいてくれるか……僕のことだけを好きでいてくれるか、心配だよ」

いつも穏やかな目をしている人の目に熱が灯ると、そのギャップが恐ろしいと知った。

「君を、死ぬまで僕に溺れさたい」

整った顔が近付いて来る。

「もう、一生、どこにも逃がさない」

熱く激るような目が私を捉えた。



「……光樹、ぐっすり寝てる」

離れ難い身体を離し、ようやくシャワーを浴びた後、二人で寝室に戻った。

「寝顔も天使だな」

大きめのベビーベッドですやすや寝息を立てる光樹を、二人して見つめる。

「毎日、夜は、熟睡してほしいな」

和樹さんがそんなことを言いだした。

「どうして?」 
「君を襲えないだろ……?」

――!

「さっきも言っただろ。もう、僕は少しも欲情を抑えられる気がしないって。柚季は……?」

後ろから顔を覗き込まれる。

そんな質問、あり……?

「……私も、したいですけど」
「約束したもんな。出産終えたら、たくさんしようって」

和樹さんが台詞に似合わない爽やかな笑みを浮かべた。

「あ……一緒に暮らしてた頃、ですね?」

和樹さんも覚えていたのだ。

「光樹の、弟か妹もほしいしな」

その言葉に和樹さんを見上げる。

「これから、柚季と一緒に家族を作って行く。君を必ず最高に幸せな妻にするから」

幸せになる。絶対に。

「私も。和樹さんを、最高に幸せな旦那様にしたい」

優しい腕が、私を抱きしめる。

――僕は、柚季に出会えて、こうして君といられて。十分幸せだ。

噛み締めるような声が鼓膜に直に響いて、私の胸をじんとさせた。


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