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第三章 シモンの章(シモンEDルート)

35. シモン、しかけてくる

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「この先の山で、大水の被害がまだ続いてるって。
 道が崩れて馬車も入れないから、空から行かなきゃ」

 翌朝まだすっかり日が昇る前。
 急ごしらえのかまどに火をいれるパウラの隣にしゃがみこんで、シモンは言った。

「パウラの飛竜、僕も一緒にのせてもらえるかな?」

 飛竜騎士の数は、もともととても少ない。
 ヴァースキーから借り受けた飛竜は、3頭だった。
 陸路を閉ざされた地域への救援となれば、貴重な飛竜は物資の運搬や被災地住民の避難に使うべきだろう。
 シモンやパウラの足としての飛竜は、1頭でも贅沢なくらい。

「もちろんですわ」

「良かった」

 にっこり笑うシモンの顔が、なんだかとても嬉しそうで、思わずドキリとした。
 何を不謹慎なことをと自分を戒めてみるが、無駄なこと。
 薪の炎を映して揺れる緑の瞳、弾けるような無邪気な喜色に、パウラの胸はどきどきと煩い。

「早めに朝食をいただきましょう」

 固いパンを粉ミルクと少しの砂糖で煮たお粥は、お世辞にもおいしいとは言えないものだ。
 それでも温かいだけマシ。
 バニラオイルを数滴たらしたから、マシの程度も少しだけ上がっただろうかと思う。
 日なた臭い粉ミルクのにおいを隠すだけで、ずいぶん食べやすくなる。

「パウラはお姫様だから、料理したことないのよね。
ごめんね。
わたしがすれば良かった。
これ、自分で食べてみた?」

 やはりというか、予想どおりというか。
 鈍い銀色のトレイに入れたお粥を一口食べて、エリーヌが不平を鳴らす。
 それも微妙に狡猾に、マウントをとりながら。
 わたしがすれば良かったとは、よくも言ったものだ。
 天幕の設営も火おこしも料理も、手伝うそぶりを見せただけで、ほとんど何もしなかったのに。
 パウラ呼びに関しては、もはやたしなめるのも面倒になっている。

「ミルクとパン、そのままの方がまだ食べられるんじゃないかな。
そのままのミルクとパン、ない?」

 あるにはあるが、それは今後の食糧である。
 今日の分はこれでおしまいと説明しようと口を開きかけたところを、シモンが遮った。

「エリーヌはセスランと、ここで医療テントを立ててね。
ケガや病気になった人のお世話を、お願い」

「え?
じゃ、シモン様は?」

「うん。
僕とパウラはこの先の、陸路が崩れた地域の救援に行くよ」

「ドラゴンにのっていくんですよね?
あっちにもケガや病気の人、たくさんいますよね。
ならわたし、いっしょに行きます」

 パンとミルクのことは、もうすっかり忘れたようだ。
 少し慌てたように、エリーヌは早口で言う。

「シモンルートの設定だもの」とかなんとか、ぼそぼそと低い声で続けている。

「飛竜に余裕がないんだよ。
3頭しかいないからね。
物資を積んでゆくことを考えたら、君を運ぶ余裕はないよ」

 これ以上ないくらい満面の笑みを浮かべて、シモンはばっさりと切って捨てる。

「だってパウラは……」

「パウラはヘルムダールの魔術騎士だからね。
自分の飛竜を持っているよ。
僕もそれにのせてもらうんだ」

 セスランが苦虫をかみつぶしたような表情で、じっと見ていた。
 けれど納得せざるをえないことも、彼にはわかっているようだ。

「そちらは任せる」

 セスランが頷いても、まだぐずぐずと言うエリーヌにシモンがとどめをさした。

「じゃあエリーヌが飛竜に乗ってくれる?
ヘルムダールの姫だから、エリーヌも乗れるのかな。
ごめんね。
僕、知らなくて……」

「そっ……れは、シモン様が……」

「ああ、ごめん。
僕、飛竜なんて乗ったことないんだ。
飛竜に乗れるなら、エリーヌでもいいよ?」

 ぐっと黙り込んだエリーヌを、うすい微笑でシモンは見下ろした。

「もう邪魔しないでね」

 エリーヌの耳元でささやく声。

「そうしたら最高点をつけてあげるよ」

 目に見えてさぁっと顔色を変えたエリーヌが、高い声でかみついた。

「おかしいわ!
こんなこと、シモン様が言うわけない。
わたしと一緒に行きたいって、誘うはずだもの」

 パウラにはそれがエリーヌの知る「シナリオ」なのだとわかる。
 確かに前世、シモンと一緒に被災地を回るのはエリーヌだった。

 ふぅ……とあからさまにため息をついて、シモンは首を振る。

「何を言っているのか、僕には少しもわからないけど。
セスラン、後は頼むよ。
エリーヌ、少し気がたかぶってるみたいだから」

 ぷるぷると震え続けるエリーヌをちらりとも見ない。
 色も熱もない冷たい口調のシモンは、パウラには珍しくもないものだったが、エリーヌには違うようだ。

「どうして?
わたしはエリーヌ・ペローなのに……」

「じゃ、僕たち行くね?」

 重い空気など、意に介する気はまるでない。

「パウラ、君の飛竜はどこ?」

 シモンの身体にはいささか大きすぎる荷袋を軽々と抱え上げ、すたすたと飛竜の厩舎へ向かう。

「それでは、わたくしも」

 セスランに向かって腰を落とすと、パウラも急いでその後を追った。
 睨めつけるような湿度の高い視線が、背中に痛い。
 少しだけ気の毒な気もしたが、同情は禁物だと思う。
 情けをかけて良い相手とそうでない相手がいる。
 今のパウラは、それを知っているから。





「嫌な思いをさせちゃったね」

 銀の飛竜が4頭。
 山間を低く高く飛びながら目的の村へ向かう途中で。
 シモンがしょんぼりと言った。

「僕、これでもずいぶん我慢してるんだよ?
パウラと約束したからね。
彼女を応援するって」

 パウラの背をそっと抱きしめるようにして、耳元でささやく。
 吹き抜ける風の冷たさにかじかんだ耳が、一気に熱を持つ。

「み……っみみもとで、ささやかないでください!」

 ふふ……と、息だけでシモンは笑う。

「嬉しいな。
少しは僕を意識してくれてる?」

 飛竜を操る手綱を、落としそうになる。
 こういうの、本当にやめてほしい。
 前世、今生通して、こういうシチュエーションには、まるで免疫がないのだから。

「シモン様、あまりおからかいになると、落としますわよ?」

「ひどいな。
いつまでそうやってはぐらかすつもり?
僕、ずっと言ってるよね?
本気だよ」

 恐ろしいほどに真剣な声が、パウラの心臓を締め上げる。
 いや、だから、だめなのだ。
 そこまで真剣になってもらうのは、行き過ぎだ。

「適当に都合の良いところで、僕の気持ちを止めようって。
そんなこと、できるとホントに思ってるの?」

 図星をつかれてびくりと身体が揺れる。

「だめだよ、パウラ。
僕はもう、君を逃がしてあげられない」

 ああ、言わせてしまった。
 どうしよう。
 こうなった後のこと、何も考えていない。
 激しく動揺しながらも、心の奥にぽうっと暖色の灯がともるのをパウラは感じた。
 暖かい優しい灯。

 なぜだか、恥ずかしくてたまらなかった。
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