頬に落ちる、透明な君

いちごみるく

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やっと素直になって、人間と交わろうと強く決めた時、俺が目の前にいて良かったのだろうか…。


その答えはもう、一生分からない……。


俺は昨日の夜、鳴美さんがいるから生きようと決めた。

あの人となら、自分の殻を抜け出せるような気がしていたから。


でも……



気がついたら俺は、日曜なのに学校に来ていた。

学校の、理科棟に囲まれた中庭。


俺がいつも座っていた木の下に立つ。

見上げると、蝉の抜け殻がいくつも木の幹にくっついていた。

いつも下ばかり見ていたので気が付かなかった。

だけど、最期に鳴美さんの言うことがよく分かったような気がした。

自然に目を向けてみること。
昨日までと違う発見があるのが、こんなに嬉しいんだ。


俺は満足して、ポケットに入れていたロープを木の別れ枝に引っ掛ける。


近くにあったベンチを足元に引き寄せ、その上に立つ。


俺は、もう生きる意味を見失った……


そしてこれからも、もう二度と生きたいなどと思わないだろう…








目を閉じロープの輪に首を置いたとき…




ピチャッ…




頬に伝う生暖かい液体。

今度は一瞬ではなく、連続して俺の頬やら頭やらに降り注ぐ。




止んだ時にふと見上げたら、そこには1匹の蝉が止まっていた。





(そうか…こいつらも、1週間か……)



鳴美さんが俺にくれた1週間。

蝉たちが地上で生きる1週間。


どちらもどうしようもなく尊くて、胸が苦しくなるくらいに儚いもの…



別に俺がここで命を断つのを辞めたところで、この蝉の寿命が延びるわけではない。


だけど、かけがえのない1週間という共通点は、俺の頭に冷ややかな風を吹き込んでくれた。


今日頬に落ちてきた少し暖かいものは、まるで心が溶けきった鳴美さんの涙のよう。

高らかに鳴き美しく懸命に生きる蝉の姿は、まるで俺たちの1週間を生きた彼女の姿そのものだった。
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