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第20章 僕のこの恋は夏生色

No,268 カミングアウトは大変

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【これは35歳の時のお話】

 夏生がセッティングして家族をレストランに招待した。
「何事かしら?」と不思議がりながらも、夏生の家族は嬉しそうにやって来た。
 夏生の母と兄貴を対面に、俺達二人が並んで座った。実はこんな風に食事をしたのは初めてではない。
 ただ──夏生の口からいつもと違った話が出て来た。

 それは楽しく食事も済ませ、最後にコーヒーを飲み始めた時だった。
「母さん、兄さん……オレ、自分の人生の中で女性と結婚する事はありません。ただ、理久とずっと一緒に生きて行こうと思っています」
「え……?」
 二人はきょとんとした顔を見せた。やはり俺の事は「親友」としか認知してない。
「どう言うこと……なの?」
 夏生の母親が怪訝けげんな顔で首をかしげる。

「それは今言った通りだよ。
オレは結婚はしない。だから理久と一緒に生きて行こうと思ってる。そのために鷹岡に帰って来たんだ」
「はあ……?」
 兄貴も不可解な表情を浮かべてる。
 たまらず俺は口を挟んだ。

「俺たち、二人とも同じ気持ちです。俺は……夏生君のことを世界で一番大切に思っています」
「あ!あ!あ!」と、突然兄貴が割って入った。
「まあ、とにかく話しは分かった。ただあまりに突然で母さんは混乱してる。大丈夫。母さんには俺がゆっくり説明するから、だから理久君、今夜はこれで失礼するよ。夏生、あとで電話するから」
「そうね、その方がいいわね。
ごちそうさま……」
 二人はそそくさと席を立った。
 俺達はその場に立ち上がって、ただ黙って見送った──


※──────────※


 歴野家の家族の反応も似たようなものだった。ただ、うちの母親は夏生の母よりもずっと感情的な質だった。

 それを考慮し、母親とは事前に機会を作って二人で話した。
──つまり、政治で言うところの「根回し」だ。
 それは波奈からのアドバイスでもあったけれど、中々に困難な話し合いだった。
 確かにいきなりの家族会議よりはワンクッション置く効果が有ったのだろうけれど、はたしてあの母親をどれだけ説得出来たものか……。

 事実、本番の家族会議に於いても、母親は予想以上の興奮状態で多弁をまくし立てた。
 ここではその修羅場をあまり書きたくはない。夏生は少なからず傷付いたと思う。

 まあその分、父親が鷹揚おうようだったかな?
 あ、それとも、もしかすると父親は俺達の関係なんてな~んにも深く考えていないのかも知れない。それは昔も今も変わらない。そう言う人だ。

 波奈はなは結婚していて、とっくに歴野家からは出払っていた。俺には既に可愛い姪っ子と甥っ子もいるのだ。
 前にもどこかで書いたけれど、俺は波奈にさえ、はっきりとカミング・アウトした記憶はない。
 中学から高校にかけて初恋の圭の事はタイムリーに聞いて貰ったけれど、それ以降は取り立ててゲイ関係の話しはして来なかった。
 何だかもう、波奈には言わずもがなって感じだ。

 だから夏生が近所に越して来た時も「中々やるわね!」と感心していた。
「夏生君との事を母さんに話す時は必ず私を呼ぶのよ!多分母さん取り乱すから」
 と言ってくれたし、現に立ち合って貰って助かった。

 結果的には波奈の援護の元、俺達は両親と言うより、母親に理解を求めようと努力した。
 が、しかし、母親の反応は芳しくはなかった。
 そりゃそうだ。
 息子が「これからの人生、男と一緒に生きて行く」なんて報告を「ああそうですか」とすんなり納得する親もいないだろう。
「まあ、あれだろ?男同士の方が何かと気楽だからなぁ」なんて、ピント外れな受け止め方をするのはうちの父親くらいのものだ。

 でも、俺達だって自分達の事は譲れない。現に夏生は既に近所に住んでいる。
 そして俺達は二人共、家族とはずっと円満にやって行きたいと望んでいた。
 簡単には認めてもらえない二人だったとしても、手に手を取って家族と断絶しようとは思っていない。


──時が解決してくれる──


 使い古されたフレーズだけれど、これはやっぱり言い得て妙。

 そこは家族だ。
 お互いを思い遣りながら、何となく少しずつ、いつの間にか自然に振る舞えるようにはなってきた。
 特に姉の波奈はなと、夏生の兄貴が良い緩衝剤かんしょうざいとなってくれた。
 俺達二人は互いの親や兄姉けいしに気を配りつつ、付かず離れずに新しい家族関係を作っていった。

 少しずつ、少しずつ──。

 俺は夏生の父親の墓参りに参加させて貰ったり、お母さんや兄貴の誕生日には一緒にお祝いをさせて貰った。
 夏生も近所のよしみでちょこちょこ歴野家に顔を出してくれたし、俺の締め切り前に事務所の雑用を手伝ってくれたりするようになると、やがてあの難しい母親が夏生の分まで食事を用意してくれるようになった。

 ある時、母親の方から
「今夜は焼肉にするから夏生君も呼んであげて」
 なんて言ってくれるようになって、俺もじんわり嬉しくなった。

 やっぱり家族。

 でも、少~しずつね──。


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