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第9章 怠惰魔城に巣食いし怪人

第237話 取って引いて、断って

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「んで、取引って何よ?」

 リュウヤは余裕の表情を見せながら訊く。これから碌でもない、それでも悩ましい条件が飛んでくると言うのに。まるで、この状況も楽しんでいるかのように振る舞っている。
 
『ではまず、貴様の武器。その剣を捨てなさい』
「剣じゃなくて、これ刀でっせ?」
『細かい事などどうでも良い。でなければ、この娘を捻り潰すぞ』
「ダメだリョーマ!アタシなんていい、さっさと攻撃しやがれ!」
「へへいのへい。で、コレやっぱり下の庭に落とした方がいい?」
『あぁ。貴様が反撃できぬよう、そこから落とせ。今すぐに!』

 アケイドは、声を荒げて指示を出す。リュウヤのわざと過ぎる抜け演技に腹を立て始めたようだ。
 しかし、どれだけ抜け道を進もうと、こうも具体的に言われると抜けづらくなる。リュウヤはやむ無く、刀の鞘を3回ほど撫で回した後に刀を投げ捨てた。勿論、屋根の上から。

「これで要求は満たしたし、アリちゃん返してーな?」
『お気楽な奴め。あんな剣一本で私が満足すると思ったか。貴様は今、私の掌の上なのだ。断る事も、否定する事もできまい』
「マジで!?じゃあ俺ちゃん、兄ちゃんの掌の上でブレイクダンスするけど、良き?」
『踊りたければ勝手に踊れ。まあ、それが許されるのは貴様が天に昇る時だけだがな』
「あらそう。で、次の要件なんじゃらほい?」

 わざわざ皮肉を交えつつノってやったものの、リュウヤはその返答を何事もなかったかのように回避し、第二の要求を訊いた。
 どうせ罪源の事だ。刀を捨てた程度じゃあ満足しない。
 すると、物分かりが良いとアケイドは褒め、次の要求を口にした。

『上着を脱ぎ、私に体を捧げたまえ』
「えっ、兄ちゃんそんな趣味があったのか!?イヤンえっち」
『バカ言うな!私が喰らいやすいよう、無駄な布を取るのだ!』
「ほぉ、にゃるほどねぇ」
「おいリョーマ、冗談じゃねぇよなぁ。アタシのためにテメェの命……ぐぁぁ!」
『さぁ早くしろ。でないと娘の命は──』
「……やだ」

 するとその時、リュウヤはアケイドの言葉に食い入るように返答した。しかも、リュウヤにしては珍しく、すんっと無に近い真顔で。
 もちろん、その言葉を聞いたアケイドは、想定外の返答に自身の耳を疑った。しかし、彼は本当にその口から「やだ」と発していた。

「それはダメ」
『お、おいおい。この状況を分かっていないのか?ここに人質がいる以上、貴様は「はい分かりました」と答える以外に選択肢はないのだ。それを、や、やだと?』
「だってよ、この服は先週福岡の両親から送られてきた、母さん考案デザイン、試作の一点ものなんだ。どうせ死ぬくらいなら、この服と一緒に死にたいね」

 完全に私情ではあったが、リュウヤは目を真剣に尖らせ、要求を断った。人質がいるにも関わらず、なんて目をしてやがる。小娘の悲鳴なんて聞いてすらいない。

『ならば良かろう、その大事な服ごと喰ってやりましょう』
「あー、それもダメ」
『何?』
「どうせ食うなら、焼いて食おうぜ?生なんて、酸っぱくて食えたモンじゃないぜ?」
『おふざけもここまでにしたまえ。貴様のわがままはあれっきりだ!』
「あっそう。じゃあ俺ちゃんにも考えあるので」

 逆に、今度はリュウヤの要求を受け取られなかった。するとリュウヤは、潔く諦めたような素振りを見せて、屋根の上に寝転んだ。
 そして、子供のように手足をジタバタと動かし、「やだやだ~」と騒いだ。そう、駄々をこね始めたのである。

『えぇ……』
「やだやだ~、生で食われるのはやだ~!踊り食いだけはやだ~!どうせ食われるなら調理して食われたい~!」
「リョー、マ……」
「生肉なんて絶対腹壊す~!牛ならまだしも他は腹壊れる~!レア、せめてミディアムレアがいい~!」

 アケイドでさえも、彼の幼児的な行動にドン引きしていた。声をかけようにも、すぐに遮られ、屋根の上ではリュウヤの駄々が炸裂する。
 しかしその間にも、アケイドはゆっくりとアリーナの事を締め付ける。それでもリュウヤは駄々をやめない。

『おーい、小娘死ぬぞ?そんな事してると小娘死ぬぞ?』
「調理しろ~!調理してくれ~!」
『あーもういい!わかった、わかったから!小娘返すからさっさと炎に飛び込んでくれ!』

 もう聞いてられない。耳が死ぬ。
 アケイドはリュウヤの駄々に押し負け、アリーナの解放を約束した。すると、リュウヤの駄々は突然止まり、何事もなかったかのように立ち上がった。

「いや、それならもう、とっくの昔に返してもらってるぜ」
『なにをバカな。この尻尾に巻かれた小娘が見えないのか?』
「その小娘って、ただのウィッグ被った丸太がか?」

 リュウヤは今にも「は?」と言いたそうな顔で、アリーナに指を指す。しかしそんな筈はない。小娘はずっとこの尻尾の中に閉じ込めていたのだ。そう簡単に逃れ、丸太と変われる筈がない。
 アケイドはまさかを想定して、尻尾を顔の前に移動させる。

「久しぶりだなおマヌケさん!秘密兵器、ルギウス・カノン砲!」
『ぬぁっ!貴様ら、騙したな……』
「リョーマが駄々をこねてくれたお陰で、たっぷり時間を使えたぜ」

 騙し討ちで解放されたアリーナは、まんまと引っかかったアケイドを笑い、バズーカを肩に乗せた。
 そう、リュウヤが要求に拒んだ理由は、アリーナが武器を取り出すまでの時間を稼ぐためだったのである。そして、最後にハッタリを信じ込ませ、ルギウス・カノン砲を放ったのだ。
 
『くそう!姑息な真似をしやがって!貴様らに敬意など払ってられぬ!来い、我が両腕よ!』
「残念じゃが、腕はもうないぞ」
「今ではもう、ただの溶けた鉄でありんすよ」
『なっ、その声はまさか!くそっ、どうした、早く来い!』

 アケイドは声を荒げながら、自身の腕を呼ぶ。しかし、いくら呼んでも、煉獄嵐の牢からは鎌が現れない。
 だがその代わりのように、どこからともなく2人の声が聞こえて来る。牢獄の中に自ら閉じこもった筈なのに、何故!

「俺ちゃんが、ただアリちゃんの準備時間を稼ぐためだけに、駄々をこねたと思ったか?」
「そうでありんすよ。ウチらも、肉を焼く為に火を起こしたわけでは無いでありんす」

 そう言って、屋根に鎖鎌がかけら、おタツとメアが上がってきた。しかも、彼女のその手には、リュウヤが捨てたはずの刀が握られていた。

『貴様、まさか全て……邪魔だどけっ!《メガ・ウィンド》!』

 あの煉獄から全て計算していたのか?苛立ったアケイドは、竜巻の上から逆風の風魔法を放ち、風の勢いを相殺した。すると、その中で動き回っていた鎌達が動きを止め、重力のままにドシンと落下した。重さがあったため屋根は抜け落ちたが、その音の中に、刃が欠けて砕け散るような音も混じっていた。

「いや、リュウヤはそこまで考えてはおらぬ。第一、妾達は妾達で、炎を挙げてすぐ、タツの落下傘の術を瞬時に使っただけじゃ」
「つまり、互いに互いを信じ、それぞれ作戦を決行したってだけだ。そして、テメェが万が一の確認を怠った事が、その敗因だったってワケだぜ!」

 アリーナは大声で得意げに叫び、ドン!と人差し指を突きつける。
 彼女の言う通り、リュウヤはあの煉獄で2人の死を信じなかった。だからこそ、アレを気にする事なく戦ったのだ。
 その間、おタツも気球の要領で、炎の上昇機流を活かして竜巻の最長点まで昇り、こっそり戻れるように遠くの茂みに落ちた。

『ぐぬぬぬぬぁ!ハエのようにちょこまかと動き、実に鬱陶しい!取引など取りやめだ!4匹まとめて食い殺してくれるゥ!』
「そうはさせねぇぜ顔だけ野郎!おら、リョーマも、なんか言ってやれ!」
「聞いて驚きな!こっからが、俺ちゃん達の銀幕版だぜ!」
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