Shame,on me

埴輪

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佐々木さんと元カレ

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 目を細めて、口角を薄く上げる。
 随分と懐かしい笑みだ。
 他人の目にどう映るのか知らないが、篠田のその「笑顔」は今の佐々木からするとうすら寒い作り笑いにしか見えない。

 それでいてこれがこの男の素であり、本気で愉しくて笑っているときも小馬鹿にして嘲っているときも同じ笑みを浮かべるものだから性質が悪い。

「つか、いい加減さみぃ……」

 篠田が甘えるように肩に顎を乗っけて来る。
 背後から覆いかぶされ、腰に手まで回された。
 完全なセクハラだ。

「太った?」
「……」

 腹を摘まんで来た男にイラッとする。
 更に意味深に下腹部を撫でようとする手を力任せに叩く。

「いってー」

 棒読みで言われてもまったくスッキリしない。
 顔を見なくとも分かる。
 きっと余裕に満ちたニヤニヤ顔で見下しているのだ。

 佐々木の攻撃などまったく効いていない。

(やっぱり抓ってやればよかった)

「なぁー はやくー 部屋入れてくれよー」

 懲りもせず、背中に引っ付いている篠田に深々と溜息を吐く。

「さみー、凍死するー」
「うるさい」

 篠田の言う通り、確かに寒かった。
 背中の重み、体温に一瞬「あったかい」と思う程度に身体が冷えていた。

「はぁー……」

 重々しく、胸の中に溜まった鬱憤を吐き出すような溜息。
 それをニヤニヤと見下す男。

 結局、何を言っても、今更抵抗してももう遅い。

 もう既に部屋の前。
 住所も知られた。
 終電もない。

 本気でそこら辺に捨てようかと思った。
 急所でも蹴ってやろうかと思った。

 それをしなかったのは結局面倒臭かったからだ。

 大勢の見知らぬ他人の視線がある中で本気で嫌がったり反撃したり抵抗したり……そういった本気の拒絶を他人に見られるのが恥ずかしかった。
 変にトラブルを起こしたくなかった。
 もっと早く、清水くんや他の知り合いがいる中で嫌がったり、なし崩しにタクシーに乗る前に、降りる前に、部屋に着く前に、他人の視線や他人にどう見られているのかとか気にせず嫌がれば……

「な? 結局、俺のこと本気で拒否れないだろう?」
「……」

 否定したいのに、否定できない。

 嫌な気持ちは本当だ。

 ただ、頑張って抵抗する労力や羞恥心。
 それに対して面倒くさい穏便にすませたいという気持ち。
 2つを秤にかけると後者に傾く。
 それだけだ。

 揉め事が面倒くさい。
 でも素直に篠田の言うことを聞くのも嫌、屈辱だ。
 でもやっぱり面倒くさくて、結局最後はこんな感じにぐだぐだと流されてしまう。

 辛い。
 苦々しい気持ちでいっぱいだ。

 べたべたとセクハラして来る男はそんな佐々木の性格を知っている。

「……分かったから、ちょっと離れて」
「んー?」
「っ、揉むなッ」
「騒ぐなよ、こんぐらいで」

 近所迷惑だろ?とわざとらしく耳元で囁く篠田に肘鉄を食らわしてやろうと……した途端気配を覚ったらしい篠田がひょいっと離れていく。

 勘の鋭い奴だ。

「お構いなく。ベッドが狭いのは慣れてるから」

 そして一言余計過ぎる。

「……あんたは床に決まってるでしょ」

 だがこれ以上ここでくだらない会話をしても仕方がない。
 身体が冷えるだけだし、こっちも眠くなって来た。
 あとは本当に近所迷惑だ。

「それよりさ、ここって見た目通り壁薄い?」
「……」

 無視だ。
 無視。

 流されている自覚はあるが、もう考えるのが面倒くさい。
 疲れた。
 眠い。

 だるい。

「激しめにやったら、隣り聞こえちゃう系?」
「…………」

 知るか。

「なぁ、」

 篠田の声のトーンが低く、酒とは違う熱を帯びて佐々木に忍び寄って来る。
 背中の温もりがなくなったせいか、夜風のせいか。
 ぞわっと寒気がする。

「っ、」

 部屋の鍵を取り出そうとしている佐々木の耳裏に湿った唇が当たる。
 その感触が嫌で首を振って拒絶する佐々木に篠田が笑う。
 悪気のない様子に、怒鳴る気力はなかった。

 睨みつけようと振り返ると、予想以上に近い篠田の顔があった。
 それについ、動揺してしまったのだ。

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