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第一章 姿の見えない座敷わらし

2 高梁一級建築事務所にようこそ?

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「……え?」


 楢村ならむら杏斗あんとは自分の目を疑った。
 見てはいけないものを見てしまった気分が瞬時に沸き立ち慌てて部屋の外に出ると、扉の前に掲げられたステンレスのプレートを再確認する。


『高梁一級建築事務所』


 ここで間違いない。改めて扉を開けて中に入る。


「……。」


 事務所の部屋の床一面には大小様々な紙が散乱していて足の踏み場がない。しかし、楢村が驚いたのはそこではなかった。

 まるでシーツのように広がった紙の上に男女が倒れているのだ。まさか床で睦み合っていたのかと先程は目を疑ったが、改めて確認するとそんな痕跡は無く、微かな寝息を立てて男は仰向けで、女はうつ伏せになって死んだように寝ているようだ。

 楢村は時計を探して部屋を見渡した。
 二十坪程のその建物は、元々喫茶店を営んでいたのをそのまま改装し、新たに事務所として使っているという噂の通り、全体的にレトロな雰囲気だ。タイル張りの広いカウンターキッチンにステンドグラスのランプが天井からいくつもの垂れている。人工革ソファーの客席がそのままデスクになって、机の上はパソコンや書類の類で溢れている。元々飾り棚だったであろうスペースには、白い建物の模型が飾られて、天井まである本棚には製本された図面や建築雑誌で一杯になっていた。さらに部屋の奥には、ロートアイアンの手摺が付いた螺旋階段があり、二階があるようだがここからでは何も見えなかった。壁にかかった鳩時計は九時三十分を過ぎていた。


「あの……おはようございます。」


 散らばった紙を踏んでしまわないように気を付けながら近づいて、控えめに声を掛けてみる。すると先に男の方の目が薄っすら開いた。スーツを着たまま倒れていた中年男性は髭も剃らず目の下に深い隈を作っていた。微かに首をこっちに向けてやつれた顔の男は、訝しげに眉間に皺を寄せた。まるで寝起きどっきりをしている気分だ。


「……今何時?」


 男に聞かれて時計を再確認する。


「九時三十七分です。」
「……九時…九時半!?」


 男は飛び起き上がるが、足下の紙に革靴を滑らして前につんのめる。紙が数枚、宙に舞う。


「メール!図面送らないと……おい、東屋!床で寝るな!」


 床に寝ていた自分の事を棚に上げて、隣で倒れている女性の尻を引っ叩く。乾いた音が鳴り、隣の女が呻く。


「…ぅう、おぇ。」


 うつ伏せだった女性が顔を上げる。自分より年下だろう。それなりに整った女性の頬には紙のインクが写っていた。女は腹をさすり若干えずく。デスクを支えにしてゆっくり立ち上がったが、目はまだ開いていない。
 横になっている時には気がつかなかったが、立ち上がってみると脚はスラリと長くパンツスーツが似合うスレンダーな女性だった。履いている黒のヒールが更にそれを助長しているようだ。


「おら!今、フォルダに図面入れたから、さっさと印刷しろ!」
「はぁい」


 彼女は気の抜ける返事をすると、ソファーに腰掛けパソコンを操作しだした。


「……。」


 自分はどうすれば良いのか分からず、楢村はその場に立ち竦む。しばらくして、男がデスクトップの裏から顔を出す。


「後、十分待ってくれ。」
「あ、はい。」


 楢村は少し迷った後、再び紙を踏まないように避けながらカウンターへ移動する。やることが無いので席に腰掛けながら二人を様子を見守ることにした。
 『東屋』と先程呼ばれていた女性が立ち上がりプリンターにA2サイズの紙をセットする。電源を入れると、プリンターが紙を飲み込んでは吐き出す。顔半分が黒くなった女はその様子を見て、また腹をさすった。

「お腹空き過ぎて、気持ち悪い。」

 大丈夫だろうか、この会社。
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