ドラゴンズ・ヴァイス

シノヤン

文字の大きさ
上 下
24 / 48
壱ノ章:災いを継ぐ者

第24話 受け継がれた呪い

しおりを挟む
「台風の目 ?」

 盃を差し出された龍人は香りを嗅いだ。変な物は入れてなさそうである。その代わり日本酒特有の清涼且つ仄かに甘い香りが鼻腔を通り抜ける。

「おう。お前はちょっとした有名人だ。特に仁豪御三家にとっては」
「仁豪…御三家 ?」
「ああ、この仁豪町は名目上はどんな法にも国家にも属してない…だが一つだけ絶対に守っておかないといけない掟がある。"御三家には死んでも逆らうな"だ」
「何で ?」
「質問ばっかだなお前。この町を作った三匹の妖怪、その末裔が御三家と呼ばれてる勢力を作り上げたんだ。貴族や王族みたいなもんだと言えば分かるだろ ? そいつらより遥かにタチが悪いけどな」

 互いに運ばれてきた肴と共に酒を呷る。龍人は迷っていたが最近になって身分証明書上は二十歳になったため、なるようになれという勢いであった。めふんと呼ばれる鮭の内蔵の塩辛、河豚の刺身、鰹のタタキ、とり天、松茸の土瓶蒸し…それらに舌鼓を打ちながら自分の置かれている状況を理解しようと努める。

「で、そんなお偉いさん方が何で俺を ?」
「暗逢者が原因だよ。どこから来たのかはおろか、どんな起源を以て生まれたか分からない外次元の化け物。大昔から存在自体は確認されていたが、動きが活発になってきたのは最近だ。元々は睨み合いこそすれど、必要とあらば協力が出来るよう体制を作って来た筈の御三家も、ここ最近になって連携が取れなくなってきている。暗逢者を兵器として使いたいどころか、その力を利用して一儲けしようと躍起になってきているんだ…特に”鋼翠連合”はな」

 険しい顔つきをしていた颯真は、舐めるようにして箸で摘まんだめふんを口に入れた。先程までの少し斜に構えた若者的な面影はない。文字通り仕事人の目つきをしていた。

「うお…しょっぺ…鋼翠連合ってのは御三家の一つなのか ?」

 同じく龍人もめふんを頂いた。塩気が強すぎて細かい味がよく分からない。酒で流し込む前提の味なのかと勝手な推測をする。

「まあな。鬼の一族によって作られた、いわば喧嘩番長ってやつだ。仁豪町で起きている荒事や抗争には大体こいつらが一枚噛んでいる。直接、間接問わずな。もう一つは、化け猫たちによって組織された破壊工作や恐喝を行う暗殺者集団…つまり御三家に逆らった連中への見せしめと脅しを担当している”渓殲同盟”と呼ばれる一族だ。招良河地区を縄張りにしている。そして最後が嵐鳳財閥。だけどうちは、その現状をどうにか変えたいと思っている。暗逢者の目的や出現の原因が分かってないのに、全員でまともに協力が出来ないんじゃ取り返しのつかない事態に陥った時の対応力にも影響が出て来る。かつてのように全ての勢力とコネクションを持って対等な関係を築きたい…そう考えていた折に現れたのがお前だ」

 はしたない動作ではあるが、少し汚れた箸を龍人に向けながら颯真は語る。肘をついてなかっただけマシかもしれない。両方同時にやった結果、佐那に食事中怒られた事が龍人にはあるからだ。侮辱されるのは作法を知らない者ではなく、その程度の事すら教えなかった家族や友人であるというのが彼女の口癖だった気がする。

「箸向けるなよ。下品だぞ」
「こいつは失敬。話を戻すが、玄紹院佐那の兄弟子であった霧島龍明の子孫が生きていて、おまけに幽生繋伐流を習得する才もある。爺ちゃんと老師様はたぶん賭けてんだ。お前が仁豪町にいる勢力を繋ぐキッカケ…糸になってくれるのか。それとも破壊しつくすだけの厄災になっちまうのか」
「その…事情は詳しく知らない。老師が凄いって事だけは分かってるし、幽生繋伐流を使える人が過去にいたってのも聞いた。だけど何でだ ? 何でその龍明って人と家族ってだけで注目されなきゃいけないんだよ ?」

 なぜ自分が注目の的なのか。その疑問が龍人の口から時、辺りが急に静まり返ったような気がした。食事を客へ運ぶ従業員の足音と床の軋み、池の中を泳いでいた錦鯉が立てる水しぶき、酒の席で盛り上がる客同士の賑やかし。その全てが忽然と存在しなくなったかのように空気が凍り付いた。

「……聞いただけの歴史だけどよ。妖怪はさ、戦国時代が終わる前までは現世に暮らしていたらしいぜ」

 ふぅと颯真はため息をつき、盃を置いた。

「そこでの戦乱やその中で起きた人間との戦いに負けて、生き残った妖怪たちで隠れるようにして作った土地。それが仁豪町の始まりだ。御三家の始祖は戦いの中心にいたが、見事に負けた。たぶん…老師の助力が無ければ、きっと全滅していたと思う。皆殺しになっていただろうな。時代が進むにつれ、妖怪の存在感が薄くなっていったのはそのせいだ。ほとんど現世からいなくなったんだから、そりゃ目撃もされなくなるよな」

 寂しげな顔だった。仕事で現世の住人と関りこそすれど、表立って動く事は困難である。ましてや永住など出来る筈も無い。隔絶された空間でなければ生きる事すら出来ないが故の悲哀がそこにはあった。同時に、龍人はそこから先を聞くことが酷く怖くなり出した。話が始まった段階で薄々分かり始めていたが、もはや止めようはない。

「何となく分かったよ。でも敢えて教えてくれないか ? 妖怪たちは…誰に・・滅ぼされかけたんだ ?」
「察しが良いんだな。霧島龍明は俺達妖怪を滅ぼそうとした……その張本人だ」



 ――――楽な姿勢を取るために織江は駐車場でシートを倒し、横になりながら神通力で辺りを探っていた。颯真のそれとは違い、広範囲にわたって生物の動きを探知できるわけでは無い。だが、引き換えに彼女の神通力はより細かい動きを探知する事に長けていた。半径二百メートルの範囲内ならば、様々な音が彼女の脳に届いてくる。この後どこの店に行こうか話をしているSNSを弄る事以外に脳味噌を使ってなさそうな頭の悪いカップルの会話や、上司がいない所で飲んだくれて本人がいないのをいいことに罵詈雑言を言って傷をなめ合う酔っ払いの声、更には辺りを走る鼠や野良猫の足音まで聞こえる。

 その中に、呑気さとはかけ離れた動きをしている者達がいる事に気付いた。空から降り立ったのだろうか、少しづつ小さくなる翼のはためきが聞こえる。靴が地面と擦れる足音の数からして、少なく見積もっても十人は固い。金属製の硬いスイッチの切り替え音や、何か細長い物でアスファルトの地面を小突いたような音も聞こえる。前者は恐らく銃、後者は鈍器か長尺の刃物だろう。一歩一歩動くたびに脳に響く音は増大する。接近しているのだ。

 織江はすぐ起き上がり、助手席に置いていたタブレットを操作して何かを起動する。そしてすぐに上着のポケットに突っ込んでいたスマホを取り出した。

「颯真様、緊急の連絡です」
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

乙女ゲームのヒロインに転生したはずなのに闇魔法しかつかえません

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:995pt お気に入り:106

CODE:HEXA

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:3

伯爵令嬢アンマリアのダイエット大作戦

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:469pt お気に入り:222

自宅アパート一棟と共に異世界へ

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7,618pt お気に入り:4,503

ひみつ探偵しおりちゃん

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

ヴォルノースの森の なんてことない毎日

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:221pt お気に入り:1

処理中です...