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第3話「男と女、密室、サキュバス。何も起きないはずがなく……」④
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夜陰の家のリビングで、俺は正座をしている夜陰とそのお母さんを前に呆れかえっていた。
「まったく、お母さんも。確かに、夜陰の事を応援したいのはわかるけど、ああいう背中の押し方は違うと思うよ」
2人の前で、同じように正座をしている中年の男が言う。
この人は夜陰の父親らしく、髪の毛こそスパッと短く切られているものの、ただ適当に切ってもらったと言う感じで、地味な黒縁眼鏡も相まり、どことなく冴えない雰囲気が漂っている。
失礼な物言いだが、所謂陰キャオタクと言う感じだ。まあ、夜陰曰く医者をしているらしいのだが。
俺はリビングの床に座り込んで、「いや、お父さん……別に、いいんで。今はなんともなってないんで……」と言うと、夜陰のお父さんは、「ダメですよ。こういうのはちゃんと言っておかないと」と、お説教モードをやめる気配はなかった。
「いいかい、お母さん。サキュバスの力は、恋愛においては反則のような物なんだ。それで無理矢理カップルを成立させたとして、それは2人を尊重したことにはならないよ。近道をしようとすれば、必ず何かを見失うんだ。以後改めるように」
「うぅ……ごめんなさい、あなた……」
「わかれば別に、問題ないよ」
夜陰のお父さんは、そう言ってため息を吐く。
語調はそれほど強くなく、言うべきことを端的に述べる程度に抑えている。どうやら、この人は結構良い親らしい。俺は夜陰のお父さんに少しだけ好感を抱いていた。
「……ごめんね、クロくん……」
と。夜陰がうつむき気味に、泣きそうな声で俺に謝った。俺は慌てて「いやいや、夜陰のせいじゃないから。気にすんな」とフォローに回るが、夜陰は落ち込んだままで、どうにも慰めきれていなかった。
どうすればいいんだ。俺は申し訳ない気持ちになり、言葉に悩んで頭を搔く。
と、「クロくん」と、夜陰のお父さんが、俺に向けて話しかけてきた。
「僕の立場でこれを言うのは恐縮だけど……どうか、お母さんに悪気がなかったことだけは、理解してほしい」
「え?」
「サキュバスと言うのは、本来10歳程度で男の精を求めるようになるんだ。でも、夜陰はサキュバスの本能に目覚めてからも、1度も男の精を得たことがない。生きる分にはミルクで十分だけど、それだけじゃ、圧倒的に栄養が足りないんだ。娘の体のことを言及するのは良くないけれど、この子の胸が小さいのも、彼女が吸精を拒否しているのが原因なんだ」
夜陰のお父さんは、申し訳なさそうに頭を下げながらそう言った。
――まあ、そりゃあ、心配にもなるよな。俺はお父さんの主張に納得していた。
本来、サキュバスと言うのは、色々な男と関係を持ち、糧を得るらしい。善し悪しとかは関係なく、彼女らはそう言う生き物なのだ。俺たちとは、種別からして圧倒的に違う。
しかし夜陰は、幼い頃をこの社会で生きたせいで、価値観がサキュバスに適応仕切れていない。その結果吸精を拒否するようになり、今の彼女が出来上がっている。
人として、普通の在り方と言う物から外れただけで心配する親は多い。ましてや夜陰の場合、目に見えて体に影響が出ている。母親からすれば、心底不安になるのも無理はない。
そんな折に、唯一吸精が出来る『俺』と言う存在が現れたのだ。母親としては、是が非でも娘に頑張って欲しい、となるところだろう。
ましてや、もしも俺が別の女の所へ行ったらどうなるのか。そう考えたら、無理矢理でもいいからくっつけたい、と言う彼女の心理も理解出来る。
――俺は、自分が思っていたよりも、余程重たい立場なんだな。俺は、夜陰にとって自分がどういう存在なのかを、改めて思い直した。
「とは言え、君が気負う必要はない。恋愛と言うのは、男女双方の思い合いでするものだ。君が夜陰に振り向かなかったとして、それはそれで仕方がない物だし、その点は夜陰にも強く言って聞かせている。同情で関係を結ぶのだけは、やめてほしい。それは、何よりもあの子に失礼だ」
夜陰のお父さんは、少し語調を強めて俺にそう言った。
俺は黙したまま、目を閉じ、大きく呼吸をする。そしてゆっくりと目を開けると、「まあ、」と前置き続けた。
「……正直なことを言いますと、その、夜陰からくっつかれるのは、悪い気はしないんです。これを言うと恥ずかしいですけれど、俺は夜陰のこと、かわいいって思うし、だからベタベタされるのは正直嬉しいです」
「うん? それなら、もう付き合っても……」
「いえ。……そりゃ、普通なら、こうなったら付き合うってなるんでしょうけど。……俺は、なんか、そう言うのは違うって思うんです。確かに、かわいいとか、綺麗だからって言うのは、付き合うに足る理由だとは思います。でも、俺はそんな気持ちで、男女って仲にはなりたくないんです。なんて言えばいいかわからないですけど……そんな気持ちで付き合うって言うのは、俺は夜陰に失礼だってさえ思います」
俺は自分の考えを、出来るだけ気取らず、本心で伝えていく。夜陰のお父さんも、お母さんも、俺の話を、深く頷きながら聞いていた。
「……よかったわ」
と。夜陰のお母さんが、やわらかく微笑みながら俺にそう言ってきた。俺は「え?」と首を傾げると、夜陰のお母さんはまたくすりと笑って続ける。
「サキュバスとして生きているとね。人間の恋とか愛とか、性欲の感情とかに、凄く敏感になるの。だからわかることがあるのだけれど――恋心って言うのは、所詮、性欲でしかないの。男の子も、女の子からしても、ね。
私たちサキュバスは、それをよく分かっている。だから体を重ねる相手を選ばないし、言い換えるならそれは、欲望を満たし合うだけの関係性でしかない。でも人間は違う。人間は、恋と性欲を履き違える。単なる欲望を、相手と一緒にいたいって言う気持ちなんだと錯覚してしまう。
欲望がベースになった関係は、とても淡白な物よ。だから恋は長くは続かない。……あなたがそこまで深く、誰かとの関係を考えてくれるのは、欲望よりも、相手を尊重しているから。それが見えたから、夜陰があなたを好きになってくれてよかった、って思ったのよ。あなたなら、手放しであの子を任せられるわ」
俺は夜陰のお母さんの話を聞き、色々な思考が脳内を巡った。
人間は、恋と性欲を履き違える。なんとなくだが、その感覚はわかる気がした。
イチャイチャするカップルほど、別れが早い物だ。夜陰のお母さんが言いたいのは、俺たちが恋ともてはやしている感情の大半は、とどのつまり、そんなキラキラとしたものではない、と言うことなのだろう。
だとしたら、俺のこの感情はどうなのだろうか。夜陰と一緒にいて、ドキドキするし、嬉しくも思うこの感覚は、果たして恋なのか、性欲なのか、どちらに属するのだろう。
俺はチラリと夜陰を見る。夜陰はぽけっとした顔で、お母さんの話を聞いていた。
――欲望で付き合った関係は早く途切れる。俺はその言葉を反芻すると、なおさら、今の気持ちで夜陰と向き合うのは間違っていると、そう確信した。
「でも、覚悟しなさいね、クロくん。サキュバスはね、性欲と恋愛の区別が付く。逆に言えば、サキュバスが愛情を向けたと言うことは、それは正真正銘の愛よ。
誰とでも体を重ねるから勘違いされやすいけれど、サキュバスは決して軽い女では無いわ。むしろ、1人に対して向ける愛情は並々ならない。サキュバスに狙われるって言うのは、多くの場合『堕とされる』ってことだと思わった方がいいわ」
「……て言うか、なんかもう付き合ってる感じで言うんですね、お母さん」
「当然じゃない。私の娘よ? 私だって、夫を堕とした時は、わざわざ彼の隣の部屋に引っ越して、夫を拉致監禁して三日三晩私の部屋で……」
「サラッととんでもない馴れ初め言わないでくださいよ! えっ、て言うかそれ犯罪じゃないですか!?」
「うふふふ」
「うふふ、じゃなくて!」
俺は夜陰のお母さんに怖気を感じた。夜陰がやたらと俺のケツの穴を狙ってくる理由が、少しだけわかった気がする。
「それに、きっとだけど、あなたはそう遠くないうちに娘と付き合うわ。もう8割堕ちている感じがするし」
「い……いや、それはちょっと、わかんないッスよ?」
「そうね。あなたがその『わかんない』って言っているところで、2割って感じかしら。まあ、私が何かを言わなくても、きっとすぐに理解するわ。その日を楽しみに待っているから」
夜陰のお母さんは口元を押さえ楽しそうに笑う。俺はその様子に肩を落として、深くため息を吐く。
ふと。俺は、チラリと、母親の横にいる夜陰へ目を移した。
夜陰は、俺の事をじっと見つめていた。俺は少しだけ恥ずかしくなって、彼女から目を逸らす。
……8割堕ちている、か。俺は頭の中でその言葉を思い出し、カッと顔が熱くなるのを感じた。
しかし、悔しいことに、俺はそれを否定出来る程の根拠を持っていなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
翌日。俺は朝飯を食べ終えて、部屋で学校へ行く準備をしていた。
いつもなら夜陰が窓から入って来るのだが、今日はなぜかやって来なかった。俺は『風邪でもひいたのか?』と少しだけ心配になったが、黙々と準備を終えて、玄関で靴を履いて家を出た。
すると。「おはよう、クロくん!」と言う、いつもの朗らかな声と共に、夜陰が現れた。
「よう。おはよう、夜陰」
「えへへ。待ってたよ、クロくん! 今日も一緒に登校しよう!」
夜陰はそう言うと、俺の隣に並び、腕を組もうと手を伸ばす。
しかしその瞬間、夜陰は「あっ……」と言って、スっと伸ばした腕を引っ込めた。
「え、えへへへ……」
夜陰はごまかすように頭を掻き、後ろ手を組む。俺は夜陰のその仕草に、少しだけ、心がチクリとざわめき。
――こいつ。俺はため息を吐くと、「ん」と言って、夜陰に手を伸ばした。
「え?」
「ほら。組みたいんだろ、腕」
夜陰が俺を見つめてぽかんとする。俺は顔を赤くして咳払いをし、「ほら!」と、夜陰の手を強引に握った。
「あっ、」
「……昨日のこと、気にしてんだろ。別に、あそこまでのことしなきゃ、俺はいいから」
「……」
「お前には、これが必要なんだろ。だったら、遠慮するな。それに、言っただろ。悪い気はしてないって」
俺は照れを隠すためにぶっきらぼうに言う。すると夜陰は、しばらく俺を見つめて、「うん!」とパッと笑みを浮かべたかと思えば、遠慮なく、勢いよく俺の腕に抱き着いた。
「ぬおお、力強ぇ!」
「クロくん、やっぱり私、大好き!」
夜陰は俺の肩に頭を擦り付ける。俺は彼女からの温もりに目を落とし、じっとその頭を見つめる。
――8割落ちている、か。俺は、昨日の言葉を思い出してから、『そんなわけないだろ』と、夜陰から目を逸らした。
「まったく、お母さんも。確かに、夜陰の事を応援したいのはわかるけど、ああいう背中の押し方は違うと思うよ」
2人の前で、同じように正座をしている中年の男が言う。
この人は夜陰の父親らしく、髪の毛こそスパッと短く切られているものの、ただ適当に切ってもらったと言う感じで、地味な黒縁眼鏡も相まり、どことなく冴えない雰囲気が漂っている。
失礼な物言いだが、所謂陰キャオタクと言う感じだ。まあ、夜陰曰く医者をしているらしいのだが。
俺はリビングの床に座り込んで、「いや、お父さん……別に、いいんで。今はなんともなってないんで……」と言うと、夜陰のお父さんは、「ダメですよ。こういうのはちゃんと言っておかないと」と、お説教モードをやめる気配はなかった。
「いいかい、お母さん。サキュバスの力は、恋愛においては反則のような物なんだ。それで無理矢理カップルを成立させたとして、それは2人を尊重したことにはならないよ。近道をしようとすれば、必ず何かを見失うんだ。以後改めるように」
「うぅ……ごめんなさい、あなた……」
「わかれば別に、問題ないよ」
夜陰のお父さんは、そう言ってため息を吐く。
語調はそれほど強くなく、言うべきことを端的に述べる程度に抑えている。どうやら、この人は結構良い親らしい。俺は夜陰のお父さんに少しだけ好感を抱いていた。
「……ごめんね、クロくん……」
と。夜陰がうつむき気味に、泣きそうな声で俺に謝った。俺は慌てて「いやいや、夜陰のせいじゃないから。気にすんな」とフォローに回るが、夜陰は落ち込んだままで、どうにも慰めきれていなかった。
どうすればいいんだ。俺は申し訳ない気持ちになり、言葉に悩んで頭を搔く。
と、「クロくん」と、夜陰のお父さんが、俺に向けて話しかけてきた。
「僕の立場でこれを言うのは恐縮だけど……どうか、お母さんに悪気がなかったことだけは、理解してほしい」
「え?」
「サキュバスと言うのは、本来10歳程度で男の精を求めるようになるんだ。でも、夜陰はサキュバスの本能に目覚めてからも、1度も男の精を得たことがない。生きる分にはミルクで十分だけど、それだけじゃ、圧倒的に栄養が足りないんだ。娘の体のことを言及するのは良くないけれど、この子の胸が小さいのも、彼女が吸精を拒否しているのが原因なんだ」
夜陰のお父さんは、申し訳なさそうに頭を下げながらそう言った。
――まあ、そりゃあ、心配にもなるよな。俺はお父さんの主張に納得していた。
本来、サキュバスと言うのは、色々な男と関係を持ち、糧を得るらしい。善し悪しとかは関係なく、彼女らはそう言う生き物なのだ。俺たちとは、種別からして圧倒的に違う。
しかし夜陰は、幼い頃をこの社会で生きたせいで、価値観がサキュバスに適応仕切れていない。その結果吸精を拒否するようになり、今の彼女が出来上がっている。
人として、普通の在り方と言う物から外れただけで心配する親は多い。ましてや夜陰の場合、目に見えて体に影響が出ている。母親からすれば、心底不安になるのも無理はない。
そんな折に、唯一吸精が出来る『俺』と言う存在が現れたのだ。母親としては、是が非でも娘に頑張って欲しい、となるところだろう。
ましてや、もしも俺が別の女の所へ行ったらどうなるのか。そう考えたら、無理矢理でもいいからくっつけたい、と言う彼女の心理も理解出来る。
――俺は、自分が思っていたよりも、余程重たい立場なんだな。俺は、夜陰にとって自分がどういう存在なのかを、改めて思い直した。
「とは言え、君が気負う必要はない。恋愛と言うのは、男女双方の思い合いでするものだ。君が夜陰に振り向かなかったとして、それはそれで仕方がない物だし、その点は夜陰にも強く言って聞かせている。同情で関係を結ぶのだけは、やめてほしい。それは、何よりもあの子に失礼だ」
夜陰のお父さんは、少し語調を強めて俺にそう言った。
俺は黙したまま、目を閉じ、大きく呼吸をする。そしてゆっくりと目を開けると、「まあ、」と前置き続けた。
「……正直なことを言いますと、その、夜陰からくっつかれるのは、悪い気はしないんです。これを言うと恥ずかしいですけれど、俺は夜陰のこと、かわいいって思うし、だからベタベタされるのは正直嬉しいです」
「うん? それなら、もう付き合っても……」
「いえ。……そりゃ、普通なら、こうなったら付き合うってなるんでしょうけど。……俺は、なんか、そう言うのは違うって思うんです。確かに、かわいいとか、綺麗だからって言うのは、付き合うに足る理由だとは思います。でも、俺はそんな気持ちで、男女って仲にはなりたくないんです。なんて言えばいいかわからないですけど……そんな気持ちで付き合うって言うのは、俺は夜陰に失礼だってさえ思います」
俺は自分の考えを、出来るだけ気取らず、本心で伝えていく。夜陰のお父さんも、お母さんも、俺の話を、深く頷きながら聞いていた。
「……よかったわ」
と。夜陰のお母さんが、やわらかく微笑みながら俺にそう言ってきた。俺は「え?」と首を傾げると、夜陰のお母さんはまたくすりと笑って続ける。
「サキュバスとして生きているとね。人間の恋とか愛とか、性欲の感情とかに、凄く敏感になるの。だからわかることがあるのだけれど――恋心って言うのは、所詮、性欲でしかないの。男の子も、女の子からしても、ね。
私たちサキュバスは、それをよく分かっている。だから体を重ねる相手を選ばないし、言い換えるならそれは、欲望を満たし合うだけの関係性でしかない。でも人間は違う。人間は、恋と性欲を履き違える。単なる欲望を、相手と一緒にいたいって言う気持ちなんだと錯覚してしまう。
欲望がベースになった関係は、とても淡白な物よ。だから恋は長くは続かない。……あなたがそこまで深く、誰かとの関係を考えてくれるのは、欲望よりも、相手を尊重しているから。それが見えたから、夜陰があなたを好きになってくれてよかった、って思ったのよ。あなたなら、手放しであの子を任せられるわ」
俺は夜陰のお母さんの話を聞き、色々な思考が脳内を巡った。
人間は、恋と性欲を履き違える。なんとなくだが、その感覚はわかる気がした。
イチャイチャするカップルほど、別れが早い物だ。夜陰のお母さんが言いたいのは、俺たちが恋ともてはやしている感情の大半は、とどのつまり、そんなキラキラとしたものではない、と言うことなのだろう。
だとしたら、俺のこの感情はどうなのだろうか。夜陰と一緒にいて、ドキドキするし、嬉しくも思うこの感覚は、果たして恋なのか、性欲なのか、どちらに属するのだろう。
俺はチラリと夜陰を見る。夜陰はぽけっとした顔で、お母さんの話を聞いていた。
――欲望で付き合った関係は早く途切れる。俺はその言葉を反芻すると、なおさら、今の気持ちで夜陰と向き合うのは間違っていると、そう確信した。
「でも、覚悟しなさいね、クロくん。サキュバスはね、性欲と恋愛の区別が付く。逆に言えば、サキュバスが愛情を向けたと言うことは、それは正真正銘の愛よ。
誰とでも体を重ねるから勘違いされやすいけれど、サキュバスは決して軽い女では無いわ。むしろ、1人に対して向ける愛情は並々ならない。サキュバスに狙われるって言うのは、多くの場合『堕とされる』ってことだと思わった方がいいわ」
「……て言うか、なんかもう付き合ってる感じで言うんですね、お母さん」
「当然じゃない。私の娘よ? 私だって、夫を堕とした時は、わざわざ彼の隣の部屋に引っ越して、夫を拉致監禁して三日三晩私の部屋で……」
「サラッととんでもない馴れ初め言わないでくださいよ! えっ、て言うかそれ犯罪じゃないですか!?」
「うふふふ」
「うふふ、じゃなくて!」
俺は夜陰のお母さんに怖気を感じた。夜陰がやたらと俺のケツの穴を狙ってくる理由が、少しだけわかった気がする。
「それに、きっとだけど、あなたはそう遠くないうちに娘と付き合うわ。もう8割堕ちている感じがするし」
「い……いや、それはちょっと、わかんないッスよ?」
「そうね。あなたがその『わかんない』って言っているところで、2割って感じかしら。まあ、私が何かを言わなくても、きっとすぐに理解するわ。その日を楽しみに待っているから」
夜陰のお母さんは口元を押さえ楽しそうに笑う。俺はその様子に肩を落として、深くため息を吐く。
ふと。俺は、チラリと、母親の横にいる夜陰へ目を移した。
夜陰は、俺の事をじっと見つめていた。俺は少しだけ恥ずかしくなって、彼女から目を逸らす。
……8割堕ちている、か。俺は頭の中でその言葉を思い出し、カッと顔が熱くなるのを感じた。
しかし、悔しいことに、俺はそれを否定出来る程の根拠を持っていなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
翌日。俺は朝飯を食べ終えて、部屋で学校へ行く準備をしていた。
いつもなら夜陰が窓から入って来るのだが、今日はなぜかやって来なかった。俺は『風邪でもひいたのか?』と少しだけ心配になったが、黙々と準備を終えて、玄関で靴を履いて家を出た。
すると。「おはよう、クロくん!」と言う、いつもの朗らかな声と共に、夜陰が現れた。
「よう。おはよう、夜陰」
「えへへ。待ってたよ、クロくん! 今日も一緒に登校しよう!」
夜陰はそう言うと、俺の隣に並び、腕を組もうと手を伸ばす。
しかしその瞬間、夜陰は「あっ……」と言って、スっと伸ばした腕を引っ込めた。
「え、えへへへ……」
夜陰はごまかすように頭を掻き、後ろ手を組む。俺は夜陰のその仕草に、少しだけ、心がチクリとざわめき。
――こいつ。俺はため息を吐くと、「ん」と言って、夜陰に手を伸ばした。
「え?」
「ほら。組みたいんだろ、腕」
夜陰が俺を見つめてぽかんとする。俺は顔を赤くして咳払いをし、「ほら!」と、夜陰の手を強引に握った。
「あっ、」
「……昨日のこと、気にしてんだろ。別に、あそこまでのことしなきゃ、俺はいいから」
「……」
「お前には、これが必要なんだろ。だったら、遠慮するな。それに、言っただろ。悪い気はしてないって」
俺は照れを隠すためにぶっきらぼうに言う。すると夜陰は、しばらく俺を見つめて、「うん!」とパッと笑みを浮かべたかと思えば、遠慮なく、勢いよく俺の腕に抱き着いた。
「ぬおお、力強ぇ!」
「クロくん、やっぱり私、大好き!」
夜陰は俺の肩に頭を擦り付ける。俺は彼女からの温もりに目を落とし、じっとその頭を見つめる。
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