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後編

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 結婚して3か月。

 時々ケンカも(と言っても本気じゃないけど)したけれど、毎回折れるのはセディ。
 彼はいつも私に優しくて甘い。……嬉しいっ

 私はこの先も、こんな風に小さな喜びを日々積み重ねながら、幸せな毎日が過ごせると信じていた。

 あの夜会で彼女に出会うまでは―――…

◇◇◇◇

「セディエルッ 久しぶり!」

「元気そうだな、カーティオ」

 今夜はセディのご友人が主催する夜会に招待された。
 絢爛豪華な広間には、たくさんの招待客で賑わっていた。

 夫婦同伴でパーティーに出掛けるのは今回が初めて。
 少し緊張している。

「カーティオ、妻のルドセリアだ」
 友人の前でセディが私の肩を抱く。

「分かっているよ、結婚式で会っているんだから。こいつ『妻』って言いたいだけなんですよ」
 セディを揶揄からかうカーティオ・グレイ侯爵令息。

「よけいな事を言うなっ」
 セディが少し照れている。かわいい。

「ふふ。お久しぶりです。カーティオ様」
 私は二人のやりとりが面白くて、思わず笑ってしまった。

 その時、カーティオ様の隣にいらっしゃるご婦人に気が付いた。

「あ、こちらはドロシア・ハンプティ伯爵令嬢」

「ドロシア・ハンプティと申します」

 私たちと同い年くらいかしら?

 鮮やかな赤い髪に光を集めたような金色の瞳。
 そして流れるようなカーテシーに、私は思わず見惚れてしまい、挨拶が遅れてしまった。

「あ、ルドセリア・ウィスコンティと申します」

「……」

「セディ?」
 何も言わない彼をいぶかりながら、私は名前を呼んだ。

「…セディエル・ウィスコンティと申します」
 私の声にハッとしたセディは、何事もなかったかのように挨拶をした。

 そんなセディを見ながら、意味ありげに右側の口角を上げたドロシア様。

「じゃあ、またあとでな」
 そう言うと、カーティオ様とドロシア様は連れ立って行かれた。

 セディはしばらく、二人の姿を目で追っていた。
 二人というか…ドロシア様を見ている…?

 私はセディの袖を軽く引っ張りながら声をかけた。

「…どうかしたの?」

 セディは予想していた言葉を返す。

「何でもないよ」

 …嘘よ…挨拶の時、ドロシア様に見惚れていた…っ
 それに気が付いたドロシア様…笑っていたわ。

「何か飲み物を取ってくるから待ってて」

「…うん」

 あんなにきれいな方だもの。誰だって目が行ってしまう。
 私だって思わず見入ってしまったもの。
 けど…っ あんな露骨に…

 私は不安になった気持ちを振り払うかのように軽く頭を振り、吐き出しそうになる感情を抑えるかのように両手を握り締めた。


 けれど、その後のセディの行動に、私の不安は日増しに大きくなっていった――――…


◇◇◇◇


「じゃあ、行ってくるよ」

「…最近、お休みの時は出かけてばかりだけど…」

「ごめんね。今の仕事が片付いたら、旅行にでも行こう」

 そう言いながらセディは私の頬に軽く口づけをし、馬車に乗り込んだ。
 私は心の中で溜め息をつきながら、去り行く馬車を見送った。

『本当にお仕事なの…?』

 以前のセディは、仕事がお休みの日は私と過ごしてくれていた。
 どこかに出かけたり、部屋で一緒に寛いだり。
 私の為に時間を割いてくれていたのに、最近は休みの度に出掛けた。

 それもあの夜会の日の後から…

 疑いたくはないけれど、疑わざるを得ない証拠を見つけてしまった。
 実は昨日、執務室で偶然帳簿を見てしまったのだ。

 そこには私には心当たりのないドレスや宝飾などの出費が記載されていた。
 一瞬私に対するプレゼントかと思ったけれど…購入してから随分日数が経っていた。
 誕生日とか記念日もないし…誰かのために購入した…?


 ――――そう思った瞬間、ドロシア様の顔が浮かんだ――――


 それで二人の関係を疑った私は、決定的瞬間を押さえ、離婚を突き付けようと思い、実家に帰るふりをしようと考えた。

 私がいなければ、もしかしたら彼女を家に招き入れ、不倫現場を押さえられると思ったからだ。

 外で逢瀬を楽しんでいたら意味がないかもしれないけれど、不倫している男性にとって、妻が家にいない場合、愛人を招き入れる確率が高いらしい。

 最近読んだ小説の受け売りだからよく分からないけど…

 だからセディには久しぶりに実家に帰ると伝え、実際は私たちの寝室のクローゼットにこうして身を隠して様子を窺っていた。するととんでもない話を聞いた上、彼女がセディにありえないお願いをした!

 今、セディがドロシア様に手を引かれて寝所へと向かっている。

 私たちが共に寝ているあの場所に。

 やだっ…やだ!

「やめて―――――!!!!」

 私はクローゼットから飛び出した。

「ルドセリア!?」

 セディの驚く声が聞こえた。

 すると私の両サイドからぞくぞくと人が出てきた。

 えっ? えっ? 誰誰誰誰?!?!?!

 今、一緒にクローゼットの中にいたの?!?!


「闇ギルドへの関与及び殺人予備罪で逮捕する!」

「なっ! 何よこれ! やめて! セディエルっ 助けて!」

 自警団に囲まれたドロシア様は抵抗も虚しく、引きずられるように部屋から出て行った。
 私は何が何だが分からず床にへたり込み、ただ呆然としていた。

 そんな私にセディが慌てて駆け寄ってくる。

「ルドセリアっ 大丈夫? ごめんっ 不安な思いをさせてしまって! けど彼女とは何の関係もないからっ 信じて!」

 そう言いながら私を強く抱きしめた。

「…っ ド…シア様とは何でもないの? 彼女の事を好きになったんじゃないの?」

「そんな事あるはずがない! 僕が愛しているのは君だけだ!」

「っ…ううっ…うわぁっ…!」

「ごめん…ごめんね…本当に…君だけなんだ…ごめん…」

 なぜドロシア様が自警団に連れて行かれたのか分からなかったけれど、セディの言葉に安心した私は子供のように泣きじゃくった。

 私を抱きしめる耳元で、何度も何度も謝るセディの声がずっと聞こえていた。

 翌日、詳細を話してくれたセディ。

「夜会であった俺の友人カーティオから領地内に潜んでいる闇ギルドが、とある貴族とつながりがあるという密告があったという相談を受けたんだ。その貴族がハンプティ伯爵家。

 カーティオは探りを入れるために彼女に近づいたらしいけど、確たる証拠が掴めず、闇ギルドの潜伏場所もなかなか分からずに困っていたよ。

 そんな時、夜会で彼女が僕に興味を示した事でカーティオから協力を依頼され、探りを入れる事にしたんだ。

 ドロシア嬢の信用を得るためにいろいろプレゼントを贈ったりしたけれど、それ以上の事は決してない。

 けれど彼女は事もあろうか、君を殺して僕の妻になり替わろうと毒薬を手にしたから許せなかった。けど、それで闇ギルドとのつながりが掴めると思ったんだよ。

 そこで入手ルートを聞き出して、闇ギルドとの関係を自白させるために、一芝居打つ事にしたんだ。自警団にはクローゼットに待機してもらっていたんだ。君が入ってきて、皆驚いていた。

 闇ギルドに関与する事は重罪だ。ハンプティ家は廃絶が決定だろう」

 セディの話が終わったけれど、私は別世界の出来事すぎて、思考が追い付かなかった。
 だから言える事はただ一言だけ。

「そうだったんだ…」

 後日、セディの言う通り、ハンプティ伯爵家はお取り潰しとなり当主は処刑、妻と娘のドロシア様は離島にある監獄へ収監された。闇ギルドはハンプティ伯爵からのルートを辿り、潜伏先を割り出し壊滅状態となった。

新聞に載っていたハンプティ家と闇ギルドの記事を読み終えるとセディはまた私に謝った。あの事件から、『ごめん』がセディの口癖になってしまったようだ。

本当はもう怒っていないけれど、やっぱり他の女性と過ごした事は許せなかったので、もう少し怒ったふりを続ける事にした。

「…本当にごめん。たくさん不安な思いをさせたよね」

「本当よっ それに夜会で彼女を紹介された時、セディ見惚れていたでしょ?」

「ち、違うよ! 事前にハンプティ家の事でカーティオから相談を受けていたから、まさかその家の者を夜会に連れてくると思わなくて少し驚いただけだよ」

「…せめて、前もって話して欲しかった」
 私は不機嫌なふりをした。

「そ、そうしたかったけど機密事項だったし、君に言うと絶対に顔や態度に出るでしょ?」
 あせる口調で言いながらも、鋭いところをついて来るセディ。

「そ…そんな事っ! …な…あ…るか…な? …ふふふっ」

 久しぶりに顔を合わせて、二人で笑った。
 やっぱり怒り続けるのは難しいわ。

 セディが私を自分に引寄せ、ぎゅっと抱きしめた。

「ルドセリア…僕の心は君だけのものだ。他の誰かが入る事は決してないよ」

「セディ…」

 私は彼の胸の中で、彼からの愛情を感じていた。


◆◆◆◆


 やっとドロシアあの女を葬る事ができた。

 湖でルドセリアと会えなくなってから彼女を探すのと同時に、あの女の事も調べていた。

 金を使って、平民の子供を俺にけしかけ面白がっていた女。
 会えば人の容姿を侮辱し、馬鹿にし続けた女。

 何よりあいつのせいでルドセリアと連絡が取れなくなり、再会するまで時間がかかってしまった。

 あいつが手紙を湖に捨てなければ、僕はずっとルドセリアのそばにいられたのに…
 あいつの存在が何年経っても許せなかった…っ!

 あの女は成長しても変わらない高慢な人間になっていた。
 それと同時に、ハンプティ家に黒い噂が立ち始めた。


 ――――闇ギルドとの関係――――


 さらに調べるとハンプティ家と関係があると思われている闇ギルドが友人であるカーティオ・グレイ家の領地内に潜伏しているようだった。

 その事をグレイ家に密告したのは僕だ。

 夜会に招待されたあの女は、僕の事には全く気がつかなかった。
 忌々しい赤い髪に人を蔑む金色の瞳を見たら、当時の気持ちが蘇ってきた。

 僕は見惚れていたんじゃない、怒りを抑えていたんだ。

 あの女は僕に誘いをかけてきた。既婚者相手に道徳観念が低すぎる。

 その様子を見ていたカーティオから協力を頼まれた。

 もしかしたらあの女も家も破滅に追い込めるかもしれないと思い、僕は喜んで協力した。

 闇ギルドとのつながりを自白させるために、僕はあの女に近づいた。

 僕に媚びる姿は滑稽だった。僕があの時の太ったにきび顔の子供と知ったら驚くだろうな。

 けど、いくら信用を得る為とはいえ、あの女の機嫌を取る事は不快で仕方がなかった。

 何よりあの女のせいでルドセリアとの時間が取られ、彼女に不安な思いをさせてしまった事は後悔の念に苛まれる。

 けれど今は、消したいヤツは消え、求めた君はここにいる。

 僕はルドセリアのぬくもりを感じながら、幸せに酔いしれていた。
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