霊と恋する四十九日

色部耀

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 いつも通りの下校路。連日の残暑から少し気温が下がってきてようやく秋らしくなってきている。涼しげに歩く那由の少し前を宗祇が行く。その後ろ姿に向かって那由は聞こえるギリギリの声で話し掛けていた。もちろん周りには誰もいない。

「ねえ宗祇さん。今週の休みはどこ行きたい?」

 一瞬振り返って那由の顔を見た宗祇はすぐ前に向き直って返事をした。

「幽霊の俺とじゃなくて、ちゃんと生きてる友達と遊ぶ約束をした方が良いぞ。俺だっていつ成仏するか分からないし、それ以前に那由から見えなくなるかもしれないんだから」

「えーそんな寂しいこと言わんで、ずっと一緒におってよ」

「一緒にいても一緒に楽しめることも限られてるしな。那由には一緒に遊べる友達と遊んで、一緒に遊べる彼氏を作って生きていって欲しい」

「私は宗祇さんと話してるだけでも十分楽しいんやけどな……。宗祇さんには私しかおらんのやし!」

「なんだかその言葉を聞くと思い出すな……」

 呟くように言った宗祇の言葉を那由が聞き逃すことはなかった。

「思い出すって何を? あ、もしかして生前付き合ってた彼女とか?」

 冗談半分といった感じで那由は宗祇に駆け寄って顔を覗き込んで聞いた。宗祇はその時一瞬暗い表情を浮かべていたが、那由の顔を見ると直ぐに笑顔を取り戻した。

「付き合ってたというか……結婚してたから。彼女というより妻かな」

「嘘っ! 宗祇さん結婚しとったん? その若さで?」

「今の見た目はともかく実際に死んだのは二十八歳の頃だし、そう若いってほどでもないよ。まだ結婚して一か月も経ってなかったけど」

「宗祇さんに奥さん……。へー。ふーん」

 なんだか那由はつまらなさそうに返事をすると、路肩の石を蹴飛ばした。

「な、なんだよ」

「別にー。そしたらさ……次の休みにその奥さんに会いに行ってあげよっか?」

「やめとこう。……会ったところで向こうは俺のことが分からないんだし」

「でも……」

 那由は何かを言いかけてやめる。宗祇の満足そうな笑顔を見て、那由はそれ以上何も言うことができなかった。俯き、唇を噛みしめている。

「今の俺にとっては那由が怪我無く幸せに生活できることが一番大切だから」

「ほんとに? 私は嬉しい……けど……。宗祇さんは後悔せん?」

 後悔……。那由は自分が後悔したくないという信念と共に、他の人にも同じように後悔などしてほしくないと考えている。それは今の真剣で心配そうな表情を見れば明らかだった。

「後悔はしないよ。絶対。だから那由も心配しなくていいんだよ」

「そこまで言うんやったらいいけど……」

 俯きながら言った那由は少しして視線を上げると遠くを見る。するとそこには二人そろって自転車で帰宅する勝也と沙知の姿があった。那由は仲良さげに笑い合いながら走る二人から見つからないように物陰に隠れると、宗祇に耳打ちをした。

「テスト勉強あったし、まだちゃんと聞いてなかったけど……。やっぱあれ付き合っとるよね?」

「うーん。俺の口からは何とも」

 物陰から顔だけを出して二人を見守る那由。その視線には疑惑というより確信じみた光が宿っていた。しかし宗祇からは全く肯定する気配がない。

「こういう場合って自分から言ってくれるの待った方が良いんかな? どう思う? 宗祇さん」

「うーん。何も見なかったことにしてそっとしておくのも良いかもね」

 宗祇にも何か考えがあるのか、那由に言い聞かせるようにしてそう返す。那由も宗祇の言葉に納得したのか腕を組んでうんうんと頷いていた。

「沙知とかっちゃんが教えてくれるまで私は黙って待つ。どう? 宗祇さん。いい女みたいやない?」

「そうだね」

「あー心がこもってない!」

「こもってるこもってる」

 手をひらひらさせて煙に巻く宗祇は先に家へと歩き出した。遅れて那由も宗祇について行く。この歩く宗祇の半歩後ろはもはや那由の定位置として固まっていた。那由もこの距離感に安心を覚えている様子だ。そのまま二人は何事もなく家路についたのだった。
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