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四章

★37・幼馴染みが底辺に堕ちていく

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 パーティーから離脱したフェリシーは、そのまま冒険者ギルドに向かった。

「なにか良いクエストはありませんか?」

 受付に行って、フェリシーが問いかける。
 そもそもエリオットがいない方が自由に動けるのだ。

(私の魔法さえあったら、すぐにでも大金を稼ぐことが出来る……!)

 フェリシーはそんな確信があったからこそ、エリオットと仲違いをした。
 エリオットのことが好きだった。

 だが、今思えばあれは一種の気の迷いなだけだった気がする。
 エリオットが力も権力もお金もぜーんぶなくった瞬間、キラキラ見えていた彼が急に濁りだしたのだ。

(エリオットはもう元に戻らない。どうしてあんなことになったか分からないけど……あんなヤツと一緒にいたら、私も負け組になっちゃうよ)

 このままエリオットは底辺に堕ちていくであろう。
 良い気味だ。
 何故ならフェリシーを働かせて、自分は怠けるつもりだったのだから。

(とにかくお金を稼いで、さっさとこんな街から出て行こう)

 そう思ったら、フェリシーは胸が弾んでいくようであった。

 だが受付から返ってきた言葉に、フェリシーは耳を疑った。


「お前に依頼するクエストは一つもないよ」


「……え?」

 フェリシーの思考が停止してしまう。

「王都から追放されたんだろ? こっちにも連絡が届いている。今まで王都……いや世界中の人達を騙してきたらしいじゃないか」

 心底嫌そうな顔をして、受付はそう続けた。

「だ、騙してるだなんて……! あ、あれはあいつ等の陰謀だよ! エリオットはともかく私はなにもしていない!」
「嘘を吐け! お前、エリオットの愛人だったんだろ? 関係ないわけないじゃないか!」
「愛人……」

 フェリシーは絶句する。

 エリオットとは対等な仲間……そして恋人のつもりだった。
 しかし周囲の人達からは、そんな目で見られていたのかと。

 二の句を紡げないフェリシーに、周りの冒険者も集まってきて罵声を浴びせる。

「この街から出て行け! お前等の居場所はどこにもない!」
「俺達の税金を使って、今まで贅沢してたんだろ? 知ってるんだぜ、俺達は」
「それに戦場で酷いことを言ったらしいじゃないか。兵士が死んで自分だけが生き残れば……って。そんな自分勝手なヤツに渡すクエストなんて一つもない」
「薬草摘みくらいだったらいいぜ? もっとも報酬も少ないから、それで生計を立てるのは難しいと思うがなあ」

 敵意の込められた視線を向けられ、フェリシーは針のむしろに入ったような気分になった。

 王都はこの世界の中心だ。
 ゆえに違う街や村であっても、王都ちゅうおうには莫大な税金を送り続けなければならない。
 みんな王都に不満を抱いていた。

 そんな時に分かりやすい悪者フェリシーがいたら?
 不満を爆発させるのは、無理もない話かもしれない。

(ご、誤解だ! 私はなにも悪くない!)

 とフェリシーは叫びそうになったが、そんなことをしたらさらに事態が悪化するのが分かっていたので、言葉を引っ込める。

 代わりに名案を思いついた。

「聞いて! 私、勇者パーティーから抜けてきたんだ! あのクソエリオットのやり方に反対してね! エリオットの野郎には私もむかついてたんだ!」

 彼等に向けられている敵意を、エリオットに向ければいいじゃないかと。

 しかし。

「そんなこと信じてられっか! お前、状況が悪くなって適当なこと言ってるだけだろ?」

 と突き放された。

(ああ……)

 フェリシーは膝をつく。
 まだ魔王が存命中の世界では、凶悪なモンスターも多くフェリシーのような強い魔法使いを求めていた。
 いくらフェリシーが嫌われていようと、街としては凶悪なモンスターを野放しにする方がマイナスだからだ。

 だが、今は魔王が死んで平和な世界。

(平和だということが裏目に出るなんて……)

 残党のモンスターや魔族が残っているだけで、誰もフェリシーのような強い魔法使いを求めていないのだ。

 平和な世界では勇者はいらない。

「帰れ! ここからさっさと出て行け!」
「キャッ!」

 愕然として座り込んでいるフェリシーに、どこからともなく水をかけられる。
 ずぶ濡れになった体が、さらに自分の惨めさを実感させる。

「……! そ、そう言われなくても出て行くよ! 後悔しないでよね! 強いヤツが現れても、私なんにもしないから!」
「この平和な世界でか? そうなったらまた新たな勇者が現れてくれるはずだ」
「そんなの簡単に現れないよ!」

 そう吐き捨てて、フェリシーは逃げるようにしてギルドから出て行った。
 今からの予定もないままに。

 ◆ ◆

(どうしよう……これからどうやって生きていけばいいの?)

 ギルドから放り出されて、フェリシーは途方に暮れていた。

 この街では暮らせそうにもない。
 だからといってエリオットの元に戻る気もない。戻ったところで同じことだ。
 とにかくこの街から出なければならないのだが……。

「近くの街って、どれくらい歩けばよかったかな?」

 確か……一週間は歩き続けなければ、辿り着かない距離にあったと思う。
 それを想像して、フェリシーはぞっとする。

 今から? 地図もないのに? それどころか食料も水すらもない。

 苦しい旅になるだろう。
 そんなの真っ平ごめんだ。

「転移魔法使おうかな……でも転移魔法、遠い距離感だったら使えないんだよな……どこに出るか分からないから」

 海の中に転移なんかされたら、溜まったものじゃない。

 そうやってフェリシーが悩んでいると、

「……ん?」

 少し行った先に馬車があった。
 フェリシーは物陰に身を潜めながら、馬車のところまで近付く。

 ……人数は五、六。
 どうやら今から人を乗せて出発するところらしい。

「隣町のジュノアまで出発だ。馬車の中は狭いけど、我慢してくれよ」

 会話の内容が聞こえてくる。
 フェリシーの想像通りのようだ。

「ジュノア……私も乗せてってもらいたい……」

 だが、正攻法で頼んでも確実に無理だろう。

 御者に払うお金もない。
 それどころか街中にフェリシー(とエリオット一行)は嫌われているようなので、お金があったとしてもぼったくられるだけだ。

 フェリシーは拳を握りしめる。

「どうして私がこんな目に遭わなくちゃいけないの?」

 今まで私は良いことばかりしてきた。
 自分でも良い女だと思う。
 だからこそ、勇者エリオットにも見初められたのだ。

 まさに勝ち組。

 それなのに、今の私はなんだ?
 こうやってコソコソするような女じゃなかっただろう?

 そう思ったら、ふつふつと怒りが込み上げてきた。

(私は悪くない……!)
「うわっ、なんだ。こいつ!」

 気付いたら、フェリシーは馬車の前に姿を現していた。

「こいつ、勇者パーティーの魔法使いだぜ! どうやらこの街に潜り込んでいるらしい」
「どっかに行ってくれ! オレはそこまであんたらを恨んでない。だが、あんた等に味方していたら、こっちまで悪くなっちまうんだ。悪いが、どっかに行ってくれ……!」

 御者が手を合わせて懇願する。
 どうやらこの御者は、さっきのギルドみたいではないらしい。

 しかし。

「うるさいうるさいうるさいうるさい!」
「うわああああああああ!」
「な、なにをするんだ!」

 フェリシーはそんな御者に向けて、火炎魔法を放った。
 御者の右腕に直撃し、魔法で作られた炎はどんどんと勢いを増していく。

「いいから、私もその馬車に乗せろ。そして隣町まで連れて行け」
「わ、分かった! だからこの火を早く止めてくれ……!」

 御者は慌てて地面に転がり、火を消そうとするが無駄だ。
 魔法の炎はそんな簡単には消えやしない。

「止めてくれ? どうしてそんな言葉遣いなのかな。目上には敬語でしょ?」
「や、止めてください……あなたを乗せてあげますから」
「最初からそう言っておけばいんだよ」

 フェリシーが指を鳴らすと、御者の右腕を燃やす炎が消えた。
 心配そうに他の人達も駆け寄ってくる。

「ああ、そうそう。乗るのは私一人だけだよ? みんな乗ったら、狭い馬車が余計に狭くなるじゃん」
「この……悪魔が……! やはり勇者エリオットに流れていた噂は本当だったんだな!」
「なに? 文句でもあるの?」

 フェリシーが睨みつけると、みんなが口を閉じる。
 その光景を見て、この上なく快感を覚えた。

(そうそう……! これこれ! 私は勝ち組だ。私が一番偉くて可愛い! みんな私の言うことだけ聞けばいいんだ)

 そうだ。
 私にはこの魔法があるじゃないか。
 これを使えば、例えギルドに行ってクエストを受けなくても、いくらでもお金を得ることが出来るじゃないか。

(この街で暴れ回るのもいいかもしれないけど、エリオットがいる。あいつ等にはもう顔を合わせたくないし、このまま隣町まで行くけど……着いたら強盗でもしよう)

 もちろん、この御者も隣町まで辿り着いたら用済みだ。
 有り金を頂いてから、殺そう。

 フェリシーの口角は無意識のうちに上がっていた。


 こうしてフェリシーは馬車に乗り込んだ。

 今から血に彩られた結末が待っているとも知らずに。
 馬車は平野の中を進んでいく。
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