ベタボレプリンス

うさき

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 床を鳴らすドリブル、館内に響くバッシュの音、息付く暇もない歓声。
 ここにいる観客全てを魅了させ虜にしてしまったんじゃないかと思えるほど、真島は人を惹きつけてはやまなかった。
 もう貞男はずっと泣きっぱなしだし、試合が進むに連れて同じように感動してグスグス言っている女の子達もどんどん増える。
 
「お前も泣いていいんだぞ」
「いや泣かねーから」

 特に茶化すでもなくヒビヤンに言われたが、じろりと冷静な視点でそう返す。
 もちろん真島は格好いいし、充分過ぎるほどその姿に魅せられてしまってはいるが。

 ここにいる奴らの涙はおそらくこのどうしようもなくかっこいい真島の三年間を見続けてきた奴だからこその、涙なんだろう。
 俺にはやっぱり今目の前にいる真島は、どうも他人を見ているような気がしてならなかった。
 風を切って鮮やかなボールさばきを見せ、怯むこと無く相手に立ち向かう。

 本当に格好良くて、魅了されて、瞬きすら惜しむほど目が離せない。
 真島のこの姿を一番最初に見た時と、同じことをまた思い出してしまう。
 
 俺を見ていない時の、真島はかっこいい。

 あの時感じたように俺は真島の唯一の短所であって、それ以外の何者でもないんだと思い知らされる。
 あの時はそんなの知ったこっちゃねーと思っていたが、今頃になってそれがズシリと自分に圧しかかってくる。

 真島の放ったシュートが放物線を描いて、バスケットゴールへ吸い込まれていく。
 沸き上がる歓声。興奮するような観客や部員の表情、熱気。
 真島は本当に凄い奴だった。 

 俺にとってのアイツは間違いなく長所以外の何者でもなく、こんな何もないテキトーに生きてる俺が唯一すげーなと思えるのが、真島が俺を好きになってくれた事だった。
 こんな大歓声で人を魅了出来る奴が俺の事を好きだなんて、本当になんの冗談かといまだに思う。

 ワッとまた観客が盛り上がる。
 俺もドキドキと拳を握りしめて応援していた。
 観客を裏切らないスーパースターは、その期待に応えるかのように鮮やかなプレーを魅せる。
 
 だからこそ真島の短所がなくなれば、アイツはどれほど完璧な奴になるんだろう。
 情けなくグズグズになって、どもって緊張して声が裏返って、本当に笑えるほどどうしようもない姿はきっとなくなるんだろう。
 きっと今目にしている、完璧な学園のアイドルだけが残る。

 ピーッと笛の音が響く。

 鳴り止まない歓声と拍手と、涙と鼻水を啜る声。
 最初から最後まで観客の視線を釘付けにさせていた真島は、しっかりとこの試合で勝利を飾って、最高の形で三年間の部活を引退していった。
 


 試合終了後、真島は部員やら監督やらに囲まれていた。
 色々挨拶もあるんだろう。
 その中にあの一年マネージャーの姿もあって、渡されたタオルを真島は微笑んで受け取る。
 こんな良い日に余計な事は考えたくないので、さっと視線をそらしてヒビヤンと貞男に帰るかと促した。

「えっ、そ、奏志と話せないかなっ…」

 貞男は美人台無しな顔で泣いていたが、それでも真島の様子を見て難しいと判断したんだろう。
 荷物をまとめて立ち上がる。
 部活引退ってことで部員と積もる話もあるだろう。
 俺達がそこに行って水を差すのも悪い。
 どのみち真島と話したい奴は恐ろしいほどいて、見渡す限り差し入れを持っている奴で溢れかえっている。
 
 総合体育館を出たら、日差しがジリッと暑かった。
 帰りながらまだグズグズ感動しっぱなしの貞男を間に挟んで、俺とヒビヤンでよしよしと慰めつつ歩く。

「――高瀬くんっ」

 だがそこに全速力で追っかけてくる奴がいた。
 噓だろ、と思いつつ振り返ったら、期待を裏切らない真島の姿があった。
 いや何追いかけて来てんだコイツ。

 相当焦っていたのかまだユニフォームにジャージを引っ掛けたままの姿で、俺達の前に来ると安心したように肩で息をする。

「…あ、あのっ。今日は来てくれてありがとう」
「おー、お前こそお疲れ」

 いつも通りの調子でそう返したら、真島の瞳が感動したようにキラキラと輝く。
 ぷるぷると唇を噛み締めて、俺の言葉なんかにめちゃくちゃ嬉しそうだ。

「あ…えっと、あのね。今日は…その」

 モジモジと言いづらそうに視線が彷徨う。
 安定の真島だ。
 一体さっきの体育館での姿はなんだったんだろう。
 夢か。夢だったのか。

「たっ…高瀬くんのために頑張ったんだよっ」
「…お、おう。そりゃドーモ」

 これどう反応すればいいんだろう。
 いやチームのために頑張れよ、とかツッコんだらさすがに悪いか。
 だが真島はまだ何か言いたげに続ける。

「高瀬くんが見に来てくれるって言ったから、絶対変なところは見せられないって思って…。その、高瀬くんと付き合ってる以上、かっこ悪いなんて絶対周りに思われちゃダメだし…っ」

 周りは俺と真島が付き合ってることなんか知らないから、誰もなんとも思わないと思うが。
 それにあれだけ観客を沸かせておいて、格好悪いなんて誰も思うはずがない。
 だが相変わらず俺にはよく分からないこだわりが真島にはあるらしい。

 なんだかあまりにいつもの真島すぎて、力が抜けてしまう。
 だがこの俺の知ってるいつもの真島に。
 素直な気持ちを伝えてやりたいと、そう思った。

 俺は一步前に出ると、少し背伸びをする。

「――すげーかっこ良かったよ。三年間、お疲れ様でした」

 そう言って、少し高い位置にある真島の頭を撫でてやった。
 目の前の顔がハッとしたように一度呆然としてから、急速に熱を取り入れたようにぶわっと赤らんでいく。

「ありがとうございます…っ」

 真島はこれ以上無いほど満面の笑顔で、くしゃりと笑った。

 いつのまにかヒビヤンと貞男がいなくなっていることに、俺も真島もしばらくの間気付かなかった。
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