ドSワンコとクズ眼鏡

うさき

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「今日から一年このクラスの副担任となった、紺野壬早こんのみはやだ。三年とは高校生活で最も大事な時期であり――」

 自己紹介のついでに、クラスの生徒に高校三年生としての心構えを長々と話して聞かせる。
 このクラスは特進科という事もあって、全員が進学希望だ。
 わざわざ言わなくても分かっているだろうし、普通科と違ってそこまで校則を破る生徒もいないだろうが、それでも釘を差しておくに越したことはない。

 いまいち聞いているのかいないのか分からない反応の生徒の中、ただ一人熱心に俺を見つめる生徒の顔を見つけた。
 今朝俺に突っ込んできた、アイツだ。
 意味の分からない事を言っていた奴だが、どうやら話を聞く態度はしっかりしているらしい。

「紺野先生。始業式が始まってしまいますので、その辺で」

 ふと担任である教師にやんわりと微笑み混じりに言われた。
 腕時計を見て、すまないと教卓から退く。

 何の因果か分からないが、今朝俺に飛び込んできた生徒は今年度から副担任を受け持つ俺のクラスの生徒だった。
 始業式前のHRを終えて、一旦職員室へ戻るため廊下を歩く。
 朝からべったりスーツにジャムを付けられたせいで、始業式なのに上にジャージを着るという指導教員あるまじき姿だ。
 
「センセー、紺野先生」

 名前を呼ばれて振り返ると、今朝のアイツが俺を追いかけてきていた。

 ニコニコと人懐っこい笑顔。
 短髪で部活少年よろしく日に焼けた肌。
 身長は高く俺より頭一つ分は大きいが、その顔はまだあどけない男子高校生でいて、目元のホクロが印象的だ。
 確か名前は――。

「七海です。七海翔太ななみしょうた。ちゃんと覚えてくださいね」
「ああ、七海か。なんだ?」
「今朝はすいませんでした。身体大丈夫ですか?」

 少し驚く。
 自分の過ちを反省し、自ら出向いてくるとは見直した。
 ぶつかっても謝れない奴が多い中、どうやら七海は当たり前の事をちゃんと気遣える生徒であるらしい。

「大丈夫だ。それより朝はもう少し早く来い。特に今日は始業式だろう」
「あー、朝練ないんでついのんびりしてたらギリギリになっちゃって。明日からは部活あるんで平気っす」

 そう言って屈託のない笑顔を見せる。
 生徒には煙たがられてばかりいるから、笑顔を向けられたのは随分久しぶりのように感じた。

 だがキラリと右耳に光るピアスは見過ごせない。

「おい、これはなんだ」
「――え」

 手を伸ばして耳に触れる。
 七海の肩がヒクリと触れて、その目が驚きに丸くなる。

 ピアスを外せという意味でした行動だったが、なぜかその頬がじわりと熱を持っていく。
 なんだその反応は。

「…ちょっと驚きました。先生俺の言ったこと覚えてます?無自覚な煽りはやめて下さいね」
「――は?」

 何を言っているんだろうと思ったが、そういえば今朝運命だとかアホみたいなことを言われた気がする。
 まさか登校中に食パンくわえてぶつかったからとかいう、少女漫画のテンプレのような意味合いではないだろうな。
 というかあれは勝手に自分から突っ込んできただけだろう。

 妙な居心地の悪さを感じて手を引いたら、不意に七海の顔が近付いた。
 興味津々と言った様子でその瞳は俺を捉えていて、眼鏡の奥をまじまじと覗き込まれる。
 
「ああ。やっぱり」

 真っ直ぐな瞳は、まるで宝物を見つけた子供のようにキラキラと輝いている。

「センセー、なんでそんなキッツイ眼鏡してるんすか?せっかく可愛い顔してるのに」
「…なに?」

 ピクリと眉を動かす。
 親しみ溢れた、全く悪気のない口調。

 ニコニコとした表情はコイツの人付き合いの良さが伺えるが、ただし俺は友人ではなく教師だ。
 どう考えてもそれは生徒が教師に向かって言うべき言葉ではない。

「眼鏡ないほうが絶対いいですよ。俺朝見た時に驚いて…」
「――いい加減にしろ」

 強い口調でぴしゃりと言い放つ。
 こういう生徒は調子よく合わせるとどんどん人を舐めたような態度になるから、早々に立場というものを弁えさせたほうが良い。

「いいからピアスを外せ。それは没収だ。それともう始業式が始まるだろう。用がないなら早く行け」

 七海は俺の口調に少し呆気にとられたようだったが、大人しくピアスを外して手を差し出す。
 これでこの生徒も俺に余計な事を言わなくなるだろう。
 ウザ眼鏡、だとかどうせ心の内で思っているんだろうと思いながら、ピアスを受け取るために手を伸ばす。

 ――が、不意にその手をギュッと掴まれた。

 え?と目を瞬いて七海の顔を見上げると、何か意思の篭った強い瞳と視線がぶつかる。

「先生、俺決めました。やっぱり運命だと思うんです。だから今日から俺のこと、ちゃんと見ていてくださいね」
「…は?」
「とりあえず怒られない内に始業式行きます。先生の機嫌の取り方はすごく難しそうですから」

 手を握りしめたまま、七海が真っ直ぐな瞳でいっぱいの笑顔を浮かべる。
 まだ大人社会など知らないであろう純粋無垢な笑顔は、どこか子供の頃を思い出させるようでハッとしてしまう。

 七海は名残惜しげに俺から手を離すと、踵を返した。
 離された手には没収したピアスがしっかりと握らされていて、なぜだか指導をしたはずがさせられたような気分になる。
 
 どうやら俺は変な生徒に懐かれてしまったらしい。

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