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おまけ/小咄

アズキソーバと牛の首

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『そういえば、アズキソーバってどんな話なの?』

ハルさんが、ザラームに聞いていた。
アズキソバ?


『や、やめろ、その話は!』
ザラームは顔色を変えて、どこかへ逃げてしまった。

『黒の王ですら、あそほど恐怖するなんて……』
『どんな怖ろしい怪談なんだろう』
ハルさんとダルさんが震えてる。


『あ、イっちゃん。”冬の国”にいたなら、聞いたことある?』

ああ。
アズキソーバ……小豆相場、か。


「うん。その話の出所、俺だし……」
『マジで!? 聞かせて!』
『どんな怖い怪談よ?』

「なんだか”牛の首”みたいなことになってるなあ……」


◆◇◆


俺は、ザラームにした、ナタデココの工場の話をして。

「さらに、怖い話として小豆相場の話をしようとしたけど、ザラームはこわがって聞こうとしなかったんだよね」
ハルさんは、納得したように頷いた。

『商売の話だったんだー。そりゃザっくんも工場増やさないわけだよ……』

そこまで怯えなくてもいいんだけどな。
あくまで堅実にいこう、って話で。


さて、どこから説明するかな。

「で、問題の小豆相場の話に戻るけど。あっちの世界には、株式会社ってのがあってね。ここは成長するだろうなって会社に投資するってことで株を買うんだ。予想通りに会社が発展すると、株の値打ちがあがって、株主も得をするっていうやつ」

『ふむふむ』
『異世界は面白いことをする』
『働かずとも儲かると? 堕落するではないか』

何だか、みんなも興味を持ち始めたようで。
集まってきちゃった。


株の値段は、時間……それこそ秒単位で変わったりする。
景気とか、色々なものに左右されて上がったり下がったりするので、見る目のない人には株の売り買いは向かない。

株式市場の様子は、休みの日以外はずっとチェックできるもので。上がった株を売って、安い株を買ってまた上がったら売る。
それを生業としてる人もいて、デイトレイダーって呼ばれてる。

株式の説明は。このくらいでいいかな? 俺もあんまり詳しくはないし。


小豆相場は、商品先物取引の一つで。
今、小豆の値段が1kg100円だとして。後で値上がりすると考えて、半年後に100円で100万分買うよ、って予約しておくわけ。

作物だから、豊作不作の年があるだろ? で、豊作になれば値が下がって、不作になれば値が上がる。

狙い通りに不作になって値が上がって200円になると、100万で200万分の小豆が手に入るから、そこで売れば差額の100万、もうかるよね。
でも豊作で50円に下がっちゃうと、100万で50万の小豆になるから、50万の損になるわけ。

これが先物取引ってやつ。


実際に取引をするのは、業者の人なんだけど。
さっき言った、デイトレイダーとかも手を出して、値が必要以上に上がったり下がったりするから、一般人は手を出しちゃだめ、っていうのがお約束。


◆◇◆


「それでね。特に食べ物関係は天候で出来不出来が変わるから、絶対素人は手を出すなって言われてるわけ。それを、俺の知り合いのじっさまの息子が、これは絶対来るからって知人に勧められて、勝手にボーナスや貯金を全部つぎ込んじゃって……」

みんなはごくりと生唾を呑み込んだ。

「価格は大暴落。五百万近く一瞬で溶かして、あやうく離婚、一家離散なとこまで行っちゃった、って話だよ」


溶かす、というのは株の用語で、種銭が株の値下がりによってゼロになることを言うんだ。
それで、小豆の価値が落ちて損するのが投資家だけならまだ自業自得ですむんだけど。

あおりを食らうのは、農家とか、食品を扱う会社で。

そのせいで色んな会社が連鎖倒産とかあるわけ。
原材料が高価だと、値上げせざるを得ないでしょ? 客は買い渋る。それで潰れる、と。

株とか相場って、一瞬で大金持ちになったり、財産を全部失ったりするからこわいよね。って話。


はい、とファっさんが手を挙げて。
『ゴヒャクマンというのは、どれほどの価値なのですか?』

あ、そこからか。えっと。
確か、30代大卒サラリーマンの。

「年収くらい?」
……かな?


『ひえええええ』
『馬鹿だなそいつ!』
『こわいそれはこわい』

遅れて悲鳴が上がった。


◆◇◆


『こわいけど、別に聞いたら呪われるわけじゃないよね。自分が気をつければいいんだし!』
ハルさんが安心したように言った。

『あ。さっき言ってた”牛の首”って、似たような話なの?』


「いや、そっちはガチだよ。”牛の首”という怪談があって……」

この怪談を聞いた人は、恐怖のあまり震えが止まらず、三日以内に死んでしまう。
というおそろしい話だ。

怪談の作者は、これを聞いた多くの者が死んでしまったことを悔やんで、供養するため仏門に入り、以後、怪談について語ることはなかったという。

この怪談を知るものはみな死んでしまったため、今では”牛の首”という題名と、それがとても恐ろしい話だったことが伝わるのみで。
詳細は、誰も知らないという。


『こ、こわい……今夜一人で眠れないかも……』
『添い寝してやろうか?』
『私がついてますから!』

アブヤドが泣きそうになってるのをザラームが宥めて。
それをラクさんが止めていた。

そこまで恐がらなくても……。都市伝説みたいなものだし。


『イチ、余もおそろしくて眠れぬので、添い寝して欲しいぞ』

ウルジュワーンが、背後からべったりくっついてきた。
何なのこのかわいい31歳。

嘘っぽいけど。
「いいよ。ぎゅってしてやるから」


◆◇◆


『あ、似たような話聞いたことあった』
ダルさんが、思い出したように。

『うちのじいさんの故郷に、”牛の頭”っていう、おそろしい怪談が、』


その時。
部屋に飾ってあった額縁が、ガタン! と大きな音を立てて落ちた。

背景に、牛が描かれてる絵だった。


その夜。
俺が一晩中、ウルジュワーンに抱き締めてもらったのは言うまでもない。




おわり
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