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海瑠の使命

束の間の邂逅

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「……女の子だ……!」
海瑠が言うと。


皆、え、これが? という顔をした。
そうだ。
彼らは女の子の裸など、見たことがなかったのだ。

赤ん坊でも、女の子である。
あんまり皆から見られるのもかわいそうだと、海瑠は赤ん坊をおくるみに包んでやった。


こちらでは、赤ん坊を産湯につける習慣はないようだ。濡れてもいない。
ふんわりした黒い髪も生えている。

生後一ヶ月ほどの大きさに見えた。
ミラクルすぎる。


赤ん坊は、ふにゃあ、と泣いたと思ったら。
ひくっと呼吸が止まり。


赤ん坊の顔色が、どんどん紫色になっていった。


◆◇◆


「え、どうして……?」
赤ん坊を抱き上げて。

海瑠の胸のネックレスが触れると。
宝石が光った。

そうだ。これは。身に着けたものを護ると……!

あの時。
キツネが言っていたのを思い出した。


”異次元から来た人間だろうが、”、と。
どういうことか、この世界では女は生きていられないようだ。

……ということは。
このままでは、この子は死んでしまう。

海瑠はすぐさまネックレスを外し。
赤ん坊の手に宝石を握らせ、必死に祈った。

お願いだ、赤ちゃんを助けて……!


すると。
おくるみごと、赤ん坊が浮かび上がって。
紅い宝石は、光を放ちながら砕け。

その欠片が、赤ん坊の周りを覆った。


赤ん坊の顔色は、もとの色に戻っていく。
すやすやと寝ているようだ。安らかな寝息を立てている。


皆、ほっとした顔を見せた。
そして。

どこからか、花びらが舞ってきて。
赤ん坊を包んだ。

これは。
この花びらは、女神の加護……?


赤ん坊の周囲の空間が、歪んだように見えた。


◆◇◆


「……海瑠!?」

歪みの向こうに、海瑠の母親が見えた。
海瑠には見慣れた、実家のリビングも。家族の皆が、驚いた顔でこちらを見ていたのである。


「母さん!?」
「あんた、舞台から突然消えたって、……これは、何なの?」

どうやらあちらの世界と、リアルタイムで繋がっているようだ。

広がった空間が、じわじわと狭まっていくように見えた。
女神の加護が、二つの世界を繋げてくれているのだ。


「時間がないようだから説明省略するけど。この子、おれが産んだんだ。こいつとの子!」
クリシュナの首を引き寄せる。ついでにオーランドも引っ張り寄せた。

「はあ!? ……るーちゃん! 無事だったのか!!」
兄まで顔を出した。

母親はぽかんとした顔をし、父は後ろでおろおろしていた。


「この子、こっちじゃ生きられないんだ! お願い! おれの代わりに……大事に育てて欲しいんだ!」

海瑠の母は、それを聞いてすぐに赤子に向けて手を伸ばし、腕に抱いた。

「この子の名前は?」
「え、名前!?」

しまった。
まだ決めてなかった。

海瑠があわてていると。
その肩を抱き、クリシュナが深く頭を下げた。


『シーナ。……神の慈悲、という意味を持つ。母上、私たちの宝を、どうか……お願い申し上げる』

女神以外に、王族が頭を下げることはないという。
その行為の重さを思い、海瑠は傍らのクリシュナを見た。

「クリシュナ……」


◆◇◆


「そ。シーナちゃんね? かーわいいわぁ。あんたの赤ん坊のころそっくり。クリシュナさん? ふふ、ずいぶんイケメンな旦那さんもらったものねー」
息子が子を産み、男の伴侶を得ても笑って受け入れている。豪胆な母である。

「一国の王子様なんだよ。こっちはオーランド。クリシュナの弟で、おれのもう一人の旦那さん」

名を呼ばれたオーランドは、ここぞとばかりにとびきりのロイヤルスマイルを見せた。
太陽の如き笑顔に、母は頬を染めた。


「俺は認めないぞ! ……てめえら、るーちゃんを絶対幸せにしろよコノヤロー!」
兄は泣いていた。

父は、後ろで頷いていた。
母はシーナを抱き、笑っている。


クリシュナとオーランドは海瑠を愛おしげに見て。海瑠の家族に向け、必ず幸せにする、と。しっかり頷いてみせた。

歪みがどんどん狭まり、家族らの姿が薄れていく。
残念ながら、時間切れのようだ。


「おれ、幸せだよ……! 幸せに暮らしてるから! だから、」


「まかせなさい。大事に育てるから……」
そう告げる母の声を最後に。


歪んだ空間は、まるで幻だったかのように消えた。

舞っていた花びらも。宝石の欠片も。


呆気ない別れだった。
希望の女神が、その大いなる力で。

安全な、海瑠のいた世界へ、家族の元へ。
赤ん坊を送ってくれたのだ。


あの歪みの中では、何故か言葉が通じていたようだ。
それも、女神の加護だろうか。

赤ん坊を他の世界へ送ることでその命を助けただけではなく、無事を伝えられ。家族と話せる時間をも与えてくれた女神には、感謝しかなかった。


◆◇◆


「王族にくらべれば、あれだけどさ。うちの実家って、わりと裕福だから。きっとシーナを何不自由なく育ててくれると思う。女の子だし。兄ぃとかにはもー溺愛されちゃうだろうな」
涙を拭きながら、海瑠は笑って見せた。

30にもなった弟を、未だに”るーちゃん”呼ばわりするような、弟バカな兄であった。

『ああ。優しそうなご家族だった』
クリシュナが頷き、オーランドがその肩を慰めるように叩いた。


我が子の誕生を喜んでいたのに。
あっという間にいなくなってしまった。

父であるクリシュナにとっても、それはかなりのショックだろう。


海瑠にとってもそうだ。
数分しか、この腕に抱けなかった我が子。

それでも、愛おしさはある。
自分の腹から産まれ、自分の腕の中であたためた命だったのだ。母性に近い愛情を抱いていた。


寂しい気持ちを隠し、海瑠はあえて、笑ってみせた。
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