「貴方に心ときめいて」

華南

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閑話7

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(今日はなんて幸せな日だったろう。
こんな日は「貴方に心ときめいて」はプレイ出来ない。
今、一推しのジェラルドを攻略していても)

テーブルに置かれている焼き菓子のラッピング。
クッキーとパウンドケーキが入っている。
頬が緩み、うっとりと魅入ってしまう。
そして思い出しては口元に笑みが零れる。
嬉しすぎて。

(一柳さんと会話が出来ただけでも嬉しいのに、こんな事までされたらもっと好きになってしまう)

一柳さん。
照れてる姿が可愛かったな。
年上なのに、なんか可愛くって。

(駄目だ、紗雪。
ますます深みにハマってしまう。
現実の恋に進展の兆しが見えたからと言って、これは)

珈琲をまた淹れて欲しいって、どう、捉えたらいいの?
私が淹れた珈琲が美味しかったと素直に喜ぶだけ?
それとも。

もっと深い意味がある……、なんて事は無いか。

(あーあ、変に期待してしまうじゃないの。
ううん、思いっきり期待してしまうわ。
だってあれはどう考えても意味深な言い方と捉えてもおかしくは、無い筈。

……。

ああ、駄目だわ……。
言葉の駆け引きなんて私にはハードルが高すぎる。
凄く思わせぶりとしか考えられないけど。
でも今日の一柳さんを見るとそんな性格では無さそうで……。
誠実で優しいそう、ううん、きっとそう。
そんな一柳さんだから、私は……)

一柳さんに心がときめいたの。

ほんわかと心が温かくなる。
お日様に包まれた様に、ぽかぽかとした、優しい気持ち。


「食べるのが勿体ない。
ど、どうしよう」

と呟いていたら、インターフォンの音が鳴る。
時計を見ると既に10時前。
こんな時間に誰が……。

(だ、誰だと言うの?
こんな時間帯に)

凄く非常識、とぶつぶつボヤきながらモニターを見ると、意外な人物に声が出ない。

(な、何故、ここに保科さんが?)

一瞬、出るのに躊躇いが生じる。
雇用主であっても、今の時間は時間外であって、非常に非常識な訪問ではなかろうか?

(い、一応、保科さんの中で私は唯のパートの社員であっても、私は女性なんだからこれはマズイのではないの?
誰かがもし保科さんの訪問を知って、この事が噂になったら)

もし、一柳さんの耳に入る事態になったら、私は。

居留守をするにしても時間帯が時間帯だ。
それに何度もインターフォンが鳴ればご近所迷惑にもなる。

重い気持ちでドアを開けると、少し目を赤くした保科さんがいきなり入って来た。
私の許可なく。

「ほ、保科さん!」

「ああ、紗雪……」

(な、何、よ、呼び捨てって。
え、ほ、保科さん。
もしかして酔っている?)

足元をふらつかせながら、中に入りベットに倒れ込む。
8畳一間に、シングルベットに、ローテーブルにテレビ台と至ってシンプルな部屋。

(保科さんのマンションとは雲泥の差と言えるこの部屋に、ほ、保科さんがベットに倒れ込むなんて。
一気に部屋が狭くなったわ)

と、玄関に落ちている紙袋が目に入る。
百貨店で見るブランド菓子の紙袋。

(もしかして私の為に持ってきてくれたの?
あ、あり得ない、絶対に!
最近の私って本当に自惚れが強いわ。
や、やだ、紗雪。
これも変な勘違いをさせる保科さんの所為だから)

「保科さん?」

(酔って気分が悪いのかな?
少し息苦しさそう)

「保科さん、大丈夫ですか?
お水、持ってきたのでこれを」

と、差し出した手を取られて。

「え……」

力強く握られて少し、ううん、かなり痛い。

「紗雪……」

何時もより色気を含んだ声。
保科さんから漂う雰囲気がいつもと違う。

(な、何?
や、やだ、こんな保科さん)

一瞬、身体がぶるりと震える。
頭の中に警告音が鳴り響く。
逃げないと駄目、だけど、保科さんの掴む手が強くて逃れられない。

かたん、とコップが落ちる。
力強く引っ張られて保科さんの腕の中に捕らわれて。

「う、んん」

何が起こっているの?

唇が熱い。
ブランデーの香りが強く感じる。
くらくらと強い薫りに思わず口元が緩む。
肉厚な舌が歯列をなぞり、口内に侵入する。

(何が起こっているの?)

自分が置かれている状況に思考がついていけない。

「あ、んん」

「紗雪……」

(キスされている。
私、保科さんにキスを……)

有り得ない状況に混乱する私に保科さんの口付けが更に強くなって。
抵抗する事さえ許されない保科さんとのキスに私は。

一柳さんとの宝物の様なひと時を、一瞬にして砕かれるのであった。
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