断罪の果てに

華南

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5話

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(ふうう、疲れた……)

深くソファに体を沈めながらアリシアは息を吐く。
あの後、イグニスと庭を散策したが、会話らしい会話が全く無かった。
アリシアに一切、関心がない事は解っていたが、流石に無言は疲れる。

(でも、これで話が弾むのも微妙、なのよね)

イグニスについて、正直、愛情を抱く事は、出来ない。
どうせ、愛情を抱いたとしても、8年後にはイグニスに断罪される。
そう、マルティナとの出会いによって……。
可憐で清純なマルティナ。
男の庇護欲を唆るマルティナ。
全てが演技だと言うのにイグニスは簡単にマルティナに騙されて、心を奪われた。
マルティナは無邪気な微笑みでイグニスを復讐から解放した。
復讐が全てであったイグニスを、愛を求める1人の男として……。

思い出したくもない。
吐きそうになる、その後のアリシアの身に起きた現実を。
愛する女が側にいても、アリシアを蹂躙し穢した。
何度も何度もアリシアの中に精を吐き犯すイグニスの目は狂気に満ちていて。

「もっと、苦しめばいい!
お前はお前が犯した罪に、ずっと苦しめばいい……」

「罪って何を言っているの!
私は何も罪を犯してはいない!」

泣き喚いて無実を訴えても聞き入れてくれなかった。
果てしなく続いた一方的な交接にアリシアの心は壊れてしまった。

私が何をしたって言うの?
ただ、私は公爵家に世を受け国王の勅命を受け、イグニスの婚約者になっただけで。
私の意思では無く、決められた婚約を受け入れて、淡々と生きてきた。
イグニスの立場を弁えていたから、この婚約に何かを期待すべきでは無いと悟っていた。
事実、そうであったから……。

復讐心燃えるイグニスに、幼い私に何が出来たって言うの?
慰めて心に寄り添って、そうしようと試みてもずっと疑われた。
優しい言葉はイグニスにとってまやかし。
猜疑心の目で見られ、触れると拒絶された。

穢らわしい、と。

「母様の死の原因に直接関与してなくても、お前達、高位貴族の醜い争いに俺達は巻き込まれた。
母様命は奪われた!
俺は、お前達が心底、憎い……」

吐き捨てる様に言われた。
憎悪に満ちた目で射抜かれて……。

だから不思議でならない。
あの譫語に。

(あの戯言は何だったの?
アリシアだけがイグニスの婚約者で唯一の妻だと……)

何度も何度もかぶりを振りながらアリシアは否定する。
イグニスに、アリシアに対しての愛は存在しない。
決して愛など抱かない。
なのに動揺してしまった。
一瞬、心が揺れ動いて、そして……。

ふと我に帰る。
そして自然と呟いてしまう。

「有り得ない言葉に、何、翻弄されているの?」

馬鹿なアリシア。
期待しても叶う事なんて無かった。
なのに今更、何を。

自傷気味に笑ってしまう。
甘い考えが自分の足元を掬う元凶になる事も経験済みではないか。
運命を回避するのならイグニスとの関係に距離を置く事が一番の得策だと、ううん、違う。
イグニスに何の関心を示されたない様にひっそりと生きる事が、断罪から逃れる事が出来る。
利益にも成り得ない、役立たずな、つまらない女だと証明すれば、きっと、イグニスは。

だから……。

「過去は決して消え去らない。
私の中に根深く息づく、イグニスへの感情。
愛など、決して芽生えはしない……」

イグニスがアリシアを否定する以上に、アリシアはイグニスを否定する。
イグニスの憎しみの連鎖を打ち切る前に、アリシアがもう、イグニスに関わりたくは、無い……。

ずっと疑問に思っていた。
何度も繰り返し逆行するのはイグニスとの関係を修復するが為の事かと。
だがそれは同じ運命の繰り返ししか、無い。

「私は、生きたいの……。
17歳で断罪され、自分を否定され心を壊して世を閉じた人生を、もう、2度と歩みたく無いの。
イグニスが関わる事で繰り返しされるのなら、私はイグニスとの関係に終止符を打ちたい、早い段階で」

マルティナ・ベネディクトゥス。

私と同じ歳でまだ、子爵家には存在を知らされていない。
マルティナが子爵家に引き取られのは私が断罪される1年前。
今はまだ、その存在が明らかでは無い。

(マルティナとイグニスが出会う前に、早く、イグニスと婚約破棄を行なって2人の前から姿を消さないと。
公爵家からも多分、絶縁される。
家名に泥を塗った私をお父様は決して許しはしない。
だって、私はお父様に愛されてはいないから)

私は政治の駒としか見られていない。
私がイグニスに断罪され婚約破棄した事に激怒したお父様の形相。
冷たい目で蔑まれて、私の言葉に一切、耳を傾ける事も無かった。
異母妹であるヘレナを溺愛しているお父様。
最初、国王はイグニスの婚約者として望んだのはヘレナであった。
父の掌中の珠であるヘレナをイグニスの婚約者として差し出す事は出来なかった。

「ヘレナは身体が弱くてイグニス様の婚約者には相応しくありません。
長女であるアリシアを差し置いて、妹であるヘレナが先に婚約など、我が公爵家の醜聞になりかねません」

穏やかな笑みを浮かべながらお父様は私とイグニスとの婚約を薦めた。
イグニスの立場を知った上での婚約であるが故に、ヘレナの立場が危うくなる事をお父様は恐れた。
イグニスの足場を固める為の婚約で、へスペロス家に有益など無い。
逆に常に危うい立場に身を置くイグニスを、お父様は疎ましく思っていた。

それにもし仮にイグニスの立場が逆転し、皇太子となれば、その時、私との婚約を破棄し、ヘレナをイグニスの婚約者として据えればいい。
父にとって私は捨て駒であり、ヘレナの守る為の身代わりに過ぎないのだから……。
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